魔王、降臨


 荊棘エリスの館に行った帰り道、俺達はとぼとぼと歩いていた。


「お姉様、どうして……」


 誰とも会いたくない、と拒絶された清華はショックを受けていた。


「あれは、多分凛華の本心じゃない」

「私も、そう思います」


 清華は俺の言葉に頷く。


「お姉様は、むりやり意志に背く言葉を言わされているみたいでした……」

「ああ、あのエリスって奴が何か吹き込んでるのは間違いない」


 エリスが凛華に耳打ちした瞬間、弾かれたように凛華が俺達を拒絶し始めたことを思い出す。

 あいつは、何かがおかしい。

 早めに凛華とアイツを引き離さないと大変なことになる気がする。


「一旦、どうやって凛華を連れ戻すか考えないとだな」


 その時、ポケットの中のスマホが鳴った。

 取り出してみると、綾姫から電話がかかってきていた。


『あ、お兄ちゃん?』

「どうしたんだ綾姫、何か問題があったのか?」

『ううん、そうじゃなくて。久しぶりに会いたいんだけど』


 その言葉で、俺はハッとなった。

 そうだ。

 最近、ずっと忙しくて綾姫の見舞いに行けてなかった。

 俺と違って綾姫は病院に一人で入院してて、心細いはずなんだ。

 どうして見舞いに行かなかったんだろう。


「ごめん、今すぐに行くから」

『うん、待ってるね』


 俺は電話を切ると、清華と朝陽先輩に謝った。


「ごめん清華、こんな状況だけど、妹の見舞いに行かないと……」

「あ、そう言えば妹さんが入院されてらっしゃるんでしたね……私のことは気にしないでください」


 俺は綾姫の入院している病院へと向かった。

 病室の扉を開けるとそこにいたのは。


「あらあら。思ったよりも早かったですね」

「なんで……お前がここに……」


 ここにいるはずのない人間に、俺は目を見開く。

 夕日が差し込む中、俺と綾姫のベッドを挟むようにして立っていたのは……。


「こんにちは、先ほどぶりですね……星宮尊さん?」

「どうしてお前がここにいる、荊棘エリス……!?」


 どう考えても、コイツがここにいるのはおかしい。

 まずどうやって俺の綾姫の病室を知ったのか。俺はエリスの館を出発してからすぐにここにやって来た。絶対に俺のほうが先に到着するはず……。

 逸れを考える前に、エリスの言葉が俺の思考を遮った。


「ごめんなさい。どうしても貴方と二人でお話ししたくなって。あなたの妹さんに協力してもらいました──こうやって」


 荊棘エリスが手を振る。

 次の瞬間には、エリスは真っ黒な棘のようなものを握っており、その先を綾姫の首に当てていた。


「お兄ちゃん、ごめんなさい……」


 震える声で綾姫が謝ってくる。

 俺はそこで理解する。綾姫はエリスに脅されて電話をかけてきたのだと。


「なにを……ッ!!」

「ああ、動かないで。もし攻撃されたら私……誤って手が滑ってしまうかも」


 素早く神王鍵を取り出そうとした俺をエリスが封じてくる。

 恐らく棘のようなものは魔法で作り出したはずだ。こいつは冒険者で間違いない。

 そしてあんなに尖ったものを冒険者の力で刺されたら……綾姫は確実に死ぬ。

 俺が動かないでいると、エリスが口の端を吊り上げ笑みを作った。


「そう、そのまま動かないで」


 ドスッ。

 次の瞬間、地面から真っ黒な槍のようなものが生えてきて、俺の右肩を貫通していった。


「が……ッ!?」

「お兄ちゃん……っ!!」


 右肩に焼けるような痛みを感じて、俺は苦悶の声を漏らす。

 そんな俺を見て、エリスがクスクスと笑う。


「そう、そのままでいてね。回復するのも駄目よ。そんなことをしたら、今すぐにこの子の首を撥ねちゃうから」


 エリスが綾姫の顔に自分の顔を近づけると、頬に手を当て、くいと綾姫の顔を上を向かせる。

 そしてさらに杭の先端を押し当てる。


「さぁて、このまま何本我慢できるのか、試してみましょうか」


 エリスの言葉と共に、さらに三本、漆黒の棘が床から生えてくる。

 その棘が俺の身体を貫いていった。


「お兄ちゃん! 嘘っ、やだ、お兄ちゃんっ!!!」


 串刺しにされた俺を見て、綾姫が悲鳴を上げる。

 想像を絶する痛みに意識が朦朧とする。

 しかし綾姫を安心させるために無理やり笑顔を作る。


「大丈夫、だ……綾姫、心配するな……ぐっ!?」


 更に一本俺に棘が刺さる。

 気絶しそうになる意識を俺は気合いでこらえる。

 ここで倒れれば、綾姫が殺されるかもしれない。


「あぁ! 今にも気絶しそうな痛みのはずなのに、倒れれば妹さんが殺されるかもしれない。だから頑張って我慢しているのね!」


 俺の様子を見て、エリスが感激の声を上げる。

 まるで悲劇を嘆く語り部のように。

 しかしその表情には全く真逆の、凛華と清華を見ている時よりもさらに恍惚とした笑みを浮かべていた。


「なんて美しぃ……なんて強固な家族愛……! やっぱり、人間の感情は最高だわ……!!」


 愉悦の笑みを浮かべているエリスに、俺は力を振り絞って尋ねる。


「なにが……目的だ……」

「……? 目的、そうねぇ……」


 俺の質問にエリスはキョトンとした表情になり、頬に人差し指を当てて首を傾げる。


「ただの勘ね。いずれ私の、いえ、私達の邪魔になりそうっていう予感。あとは美しい家族愛が見られそうだった、から?」

「どういう……意味だ……」

「知らなくていいわ、どうせこの後死ぬんだもの」


 エリスは恐ろしいほど冷たい笑みを浮かべ、そう言った。

 その時感じたのは、強烈な違和感。

 同じ人間の形をしているのに、考え方が、価値観が根本から違う別の生き物と対峙しているような、そんな感覚だった。

 エリスが右手を上げる。あれを横に振れば、さらに床から棘が生えて……俺は死ぬ。


「さて、この後はあなたをじわじわと殺して、この子が壊れていく様を見届けましょう」


 エリスが右腕を横に振る。

 死ぬ、そう思った時。


 ガキンッッッッ!!!


 俺の真横を風が通り抜けていったと思ったら、次の瞬間には金属音が響いていた。


「せん、ぱい……?」


 顔を上げると、日本刀を持った朝陽先輩がエリスに切りかかっており、エリスはそれを手元の棘で、余裕の笑みを浮かべながら受け止めていた。


「ごめん、遅くなったね」

「あらあら、折角素敵な家族愛を楽しんでいる途中だったのに。無粋ねぇ……」


 俺を串刺しにしていた棘が消え、俺は床に膝から倒れ込みそうになる。


「尊さん……っ!」


 先輩についてきていたのだろう、清華が倒れそうになる俺を受け止めた。

 数秒の鍔迫り合いの後、先輩が弾かれたかのように……見えた。

 しかし実際はそうではなく、先輩は弾かれたかのように見せかけて綾姫を抱きかかえていた。


「な、何が起こってるの……」


 ふわりと床に降ろされた綾姫が呆然と呟く。


「尊さん、回復しましょう」


 清華が妖刀『廻灼』を俺の首に当ててくる。

 しかし……


「いや、このままでいい」


 俺はそれを断った。

 そして油断なく日本刀を構えている先輩に質問する。


「先輩、どうしてここに……」

「何かがおかしいと思ったの」

「館でのことも、いきなり尊くんに電話がかかってきたのも。そして……彼女の魔力が多すぎること」

「そう、彼女は魔力が多すぎる。ううん、それも正確じゃない。多いと言うよりは、魔力そのものみたいな……まるで

「あら? バレちゃった?」


 朝陽先輩の言葉を肯定するようにエリスがクスクスと笑った。


「Sランクになると勘が鋭い人間がいるっていうのは本当なのね。私の偽装まで見破るなんて」


 その瞬間、空気が震えた。

 いや、正確にはそうじゃない。

 エリスから発される莫大な魔力に、気圧されたのだ。

 Aランクダンジョンに潜ったときよりも更に濃密な、息がつまりそうなほど重い空気に、俺と清華は自然と呼吸が浅くなっていた。


「ああ、バレてしまってはしょうがないわね。人質も消えてしまったことだし……そうねぇ、これだけ集まってるんだから、一気に片付けてしまいましょうか」


 なんだ、これは。

 エリスから影が伸びていく。

 黒い影は壁一面を覆い、そして天井と床を伝い、最後は俺達を丸ごと飲み込んだ。

 そして俺達が影に飲み込まれた瞬間、エリスに変化が訪れた。


「なんだ、それ……」


 エリスの頭部には。

 まるで魔物のような角が生えていたのだ。

 驚愕する俺達に、エリスは口の端を吊り上げ、こう言った。


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