二章 虚飾の英雄

エルフさんは冗談を言うようになった。


 モンスターダンジョンに俺は潜っていた。


 人並の大きさの蜂が、羽音を立てながらこちらへ向かって飛翔してくる。


 この魔物の名前はヒュージビー。Dランクの魔物だ。

 単体ならデカいだけの蜂で、それほど脅威ではないが、群れになった途端恐ろしいほど強くなる魔物の一つだ。


 地面には今まさに塵となって消えていくヒュージビーが大量に落ちていた。

 刺されれば大きな穴が飽きそうな尻の針を、俺は回避した。


「ふッ……!!」


 そしてすれ違いざま、ヒュージビーの腹を切り裂いていく。

 ヒュージビーの悲鳴とともに、緑色の体液が飛び散った。


 俺はすかさず剣を逆手に持ち替え、反転するとヒュージビーの脳天に突き刺した。

 その勢いのまま、地面に叩き落とす。


 ヒュージビーが痙攣したあと動かなくなり、塵となっていく。


「ふー……。ようやく運命切断なしでもこいつらを狩れるようになったな……」


 俺は地面から神王鍵を引き抜き、汗を拭う。


 段田との決闘以降、俺は実力をあげるためにできるだけ神王鍵は使わないようにしていた。

 そのおかげか、Bランクに相当するヒュージビーの群れも討伐できるようになってきた。

 もちろん、ドラゴンなどの硬いモンスターは未だに自分の力だけじゃ倒せないが。


「もうちょっとステータスがあればな……」


 俺はステータス画面を開く。


──────

ステータス


 名前:星宮尊

 レベル68


 魔力:39

 攻撃力:67

 防御力:43

 持久力:51

 敏捷性:49


 称号:【運命から外れし者】【神王鍵保持者】【森の主】


 スキル:『ガチャ』『錬金術Lv3』『剣術Lv25』『体術Lv29』『動体視力Lv9』『反応速度Lv13』『居合術Lv8』

──────


 安定の伸びないステータス。安心感すら覚えるほどだ。


 一レベルでステータスが一すら伸びないときがあるのだから、自分の成長率に涙が出てくる。

 ちなみに先日スタンピードに遭遇して、モンスターを数千体討伐したおかげでレベルはかなりアップしている。


 大体50レベルを過ぎた当たりから低ランクの魔物ではレベルが上がり辛くなるのだが、塵も積もれば山となるとはよく言ったものだ。


 スタンピードの魔物の素材の合計売却額は約3億円ほどとなった。

 あれだけ倒して3億円か……とがっかりしたが、主に低ランクモンスターのスタンピードだったので仕方がないだろう。


「もっとアクセサリーをつけるべきか……? でもこれ以上つけたらジャラジャラすぎるしな……」


 ただでさえ、現時点でも胡散臭い見た目をしているのだ。

 これ以上つけたら怪しさが天井を突破してしまう。

 でも実用性を考えるならつける以外に選択肢はない。

 どうせ周囲の評判なんか来にしても仕方がないのだから。


「まあアクセサリーについては後で考えるとして、居合術のレベルも結構上がってきたな」


 スキル『居合術』は段田との決闘のさなかで身についたスキルだ。

 このスキルは魔物よりはどちらかと言えば対人向きのスキルだが、筋肉と体重の乗せ方で一撃を格段に重くする『重撃』と併用すれば、鎧も砕けるようになってきたので魔物との戦闘でも重宝している。


 そんなことを考えていると。

 ぐらりと視界が揺れた。


「……くっ、流石に疲れてきたか」


 今日は朝からモンスターダンジョンに潜っており、合計10時間モンスターを狩り続けている。

 回復ポーションでだましだましやって来たが、身体の疲れを誤魔化せなくなってきたようだ。


「一応ノルマは達成してるし、帰るか……」


 今日倒したモンスターの魔石と素材の売却額は合計で3億円に届いている。

 本当はまだ今まで稼げなかったぶんを取り返したいのだが、これ以上は体力がもたない。

 そう判断した俺は神王城の中へと戻っていった。


***


「おかえりなさい」

「ああ、ただいまセレーネ」


 神王城の中に戻るとセレーネが待っていた。

 俺がダンジョンの中から戻ってくるとセレーネが待ち構えているのが、もはやすでに日常となっている。


「今日もお疲れ様です。もうすでにお食事とお風呂の用意は出来ていますよ。食事にしますか? お風呂にしますか? それとも……私?」


 セレーネがこてん、と首を傾げて聞いてくる。

 まるで新婚若奥さんみたいなセリフだが、もちろん俺は冗談だと分かっているのでいちいちドキドキしたりはしない。

 一緒に暮らすようになってからだんだん打ち解けてきたのか、セレーネはこんなふうに冗談まで言うようになった。

 ただ、彼女は真顔で冗談を言うので、時々本当なんじゃないかと思ってしまうけど。


「疲れたしお風呂にしようかな……」

「………………ちっ」

「え? 今舌打ちした?」

「いいえしてませんが」


 おかしいな、今完全に舌打ちしたように聞こえたんだけど……気のせいならいいか。


「ひとつ屋根の下で暮らしていて、どうしてこの反応なのか気になります」

「いや、ひとつ屋根の下で暮らしてるからこの反応なんだけど。いつもの冗談でしょ?」

「……いつもは鋭いのに、肝心なところで鈍いんですね」


 鈍い……? 本当に何の話だ。

 とりあえず責められてるから話しを逸らそう。


「というかそのセリフどこで覚えたの」

「インターネットで見ました」

「うちのエルフが毒されてる……」


 そう、このエルフさん、結構この世界への溶け込み方が尋常ではないほど早く、この世界の文明すべてに興味を抱くので、すでにインターネットや機械類を使いこなしている。

 そのせいでネットに毒されているのが今の俺の悩みだ。


「さっさとお風呂に入ってきてください。お湯は沸かしてありますから、温くなってたら自分で追い焚きでもしてください」

「はーい」


 セレーネに促されるまま俺は家に戻ると風呂に入り、セレーネが作ってくれた夕食を食べる。

 すると睡魔が襲ってきたので俺は早めに寝たのだった。




 翌日、ぐっすり寝たことで疲れは持ち越さなかったみたいだ。

 今日は久しぶりに学校に登校するつもりだ。

 冒険者として休学できるものの、最低限の出席日数は必要なので一週間に一回程度は登校しなければならない。

 制服を着て一階に降りると、セレーネが朝食を用意してくれていた。


「おはようセレーネ」

「おはようございます……もう」


 セレーネは呆れたようにため息を付くと、こちらへと寄ってきた。


「ほら、ネクタイが曲がっていますよ」


 セレーネが制服のネクタイを直してくれる。


「ああ、ありがとう」

「身だしなみが悪いと、近所付き合いをしてる私の評判が悪くなるんですからね」

「え、近所付き合いしてるの?」


 聞き捨てならないことが聞こえたので俺は聞き返す。


「日本では近所付き合いが大切だと聞いたので。あなたはろくな近所付き合いも出来ていないでしょう?」

「いや、でも耳とか……どうしてるの」

「最近のファッションだと言えば皆さん納得してくれますよ」

「そんなもんなのか……」


 まあでも隣人がエルフだと考えるより、そういうファッションだと思ったほうが説得力があるか。


「日本の人々は素敵ですね。よそ者の私でも優しくしてくれます」

「まあ、セレーネは美人だしな」


 美人にはなにかと得をしやすいのは事実だろう。

 その点セレーネは絶世の美少女といっても過言ではない。


「……不意打ちで褒めてきますね」

「あ、嫌だった……?」

「嫌とは言ってません。さ、そんなこと言ってないで早く朝食を食べてください。遅刻しますよ」

「ああ」


 俺はセレーネの朝食を食べる。

 そして朝食を食べ終わり、学校へと行こうとしたちょうどその時、ギルド長から電話がかかってきた。


「はいもしもし」

『星宮くん、今からで申し訳ないが、ギルドに寄ってもらえないか? 報告することがいくつかあってね』

「分かりました。すぐ向かいます」


 俺はそう言って電話を切った。

 今日は高校に行くつもりだったのだが……まあ、ギルドに呼び出されてたと言ったら融通してもえるだろうしいいか。




 俺はギルドへと向かった。


 そうして、ギルドに入った瞬間、視線を感じた。

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