過信の末路

「殺してやるよ!!!」


 攻撃が通じると分かった瞬間、蓮は積極的に尊へと攻めるようになった。


 蓮のユニークスキル『剣闘術』を使った神速の斬撃を、尊は剣を使って受け流そうとする。

 しかし蓮の一撃は重く、尊は剣で弾き飛ばされた。


「く……っ!!」


 尊はごろごろと地面を転がる。

 すかさず蓮はそこへと追い打ちをかけた。


「おらぁっ!」


 上段からの振り下ろし。

 尊は片膝立ちでそれを受けた。

 ガキン! という金属がぶつかり合う音とともに、手に強い衝撃が伝わってくる。


 鍔迫り合いになった。


「おお……っ!」


 尊は蓮の剣を弾き、横薙ぎに剣を振る。

 しかし無茶な体勢から放ったせいで速度が乗らず、蓮はひらりと後退して俺の剣を交わした。

 後退してすぐ、蓮は尊に対して距離を詰めた。


「ははっ! おらっ! おらっ! さっきまでの威勢はどうしたんだよ!!」


 蓮はそう言って、何度も神速の一撃を放つ。

 尊は防御しようとするがしきれず、腕や脚がそのたびに切られて、血が流れていく。


「はははははっ!! 口ほどにもねぇじゃねか星宮! もっと抵抗して見ろよ!!」


 蓮は愉悦の笑みを漏らし、楽しそうに何度も尊を斬りつける。


「行け蓮!」

「星宮をぶっ殺せ!!」


 蓮の仲間は蓮へと声援を送る。

 そしてついに、蓮は決着をつけようと、大きく剣を振りかぶった。


「死ね星宮ぁ!!」


 その目は、勝利を確信した目だった。

 しかし。


 ──ぬるり。


 蓮の腕に返ってきたのは、まるで柔らかいものを切ったかのような手応えのなさだった。


「…………あ?」


 蓮は何が起こったのか理解できなかった。

 しかし次の瞬間には目の前に剣が迫っている。


「……っ!?」


 蓮は慌てて後方に飛び退き、その剣を避けた。

 冷や汗をかいた蓮は追撃を恐れて剣を構え直す。

 全身を斬られ血を流している尊が大きく息を吐きだし、剣を立てて顔の横に構え直した。


 蓮は気がついていなかった。

 この時を境に、尊の剣が変化したことに。


「はっ……まぐれだろっ!!」


 蓮はさっきのは偶然だと、もう一度剣闘術の神速の一撃を放った。


「もう見切った」


 だが、その一撃は軽くいなされた。


「……は」


 すれ違いざま、尊の剣が軽く蓮の腕を撫でていく。

 薄い切り傷が蓮の腕についた。

 それは、蓮にとっては久しい戦闘による負傷だった。


「なっ、なっ……」


 腕についた傷を見て、蓮はうろたえる。

 そんな蓮を見て、尊は呆れて笑った。


「さっきまでの威勢はどうしたんだよ。かかってこいよ」

「っ……!! オラァッ!!!」


 さっきの自分の言葉を返され、カッとなった蓮はもう一度神速の一撃を放った。

 だが、それも難なく受け流された。

 火花を散らし、剣の刃の上を蓮の剣が滑っていく。


「だからさ、その技は見切ったって言ってるだろ」


 尊の言葉と同時に、脇腹がさっきより深く斬られた。


「うっ、ぐああああ……ッ!!!」


 たった深さ一センチほどの切り傷。

 しかしそれ、は蓮が一生の中で受けた傷の中で、一番深い切り傷だった。


 痛みに蓮は苦悶の声を上げる。


「……これくらいで叫ぶなよ」


 尊の声に顔を上げると、目の前にはすでに尊が立っていた。

 ──剣を振り上げて。


「う、ああああッ!!」


 反射的に蓮はまた神速の一撃を放った。

 だが、今度は当たりすらしなかった。

 尊は半身になるだけで蓮の一撃を避けていた。


「なん……」


 蓮は疑問の声を漏らす。

 先程までの尊は、自分の一撃を避けることすら出来なかったのに。


 尊が剣を振り下ろす。

 蓮は慌ててその一撃を剣で受けた。


「う、ぐ……っ!」

「なんで、って顔だな」


 鍔迫り合いになり、尊は蓮に話し始める。


「お前のユニークスキルは、確かに強い。でもさ、単調なんだよ、お前の攻撃は」


 尊は蓮の剣を弾き、無防備になった蓮の身体を薄く斬りつける。


「がああああッ!!」

「馬鹿の一つ覚えみたいにあの技ばっかり。確かにあの技は速いし重い。強力な技だ。でもな、あれだけ見せられれば嫌でも目は慣れるし、受け流し方も分かる」

「ふうぅぅぅぅッ!!!」


 蓮は尊の首を狙い、剣を振る。

 尊はそれを軽く受け、剣を弾いた。


「お前のは剣術じゃない。ただスキルを使って同じ型の攻撃を放ってるだけだ。技に研鑽も無ければ、応用させることもない」

「う、うあああああ!!!」


 蓮は必死に、半狂乱で尊に対して剣を振る。

 しかし、そのどれもがいなされ、受け流され、弾かれる。

 自分の攻撃が一度たりとも、掠りさえしない。


「お前はさ、今まで勝てる相手とだけ戦ってきたんだろ。本気で命をかけて戦ったことは一度もない。でも、別にそれはおかしなことじゃない。ダンジョンに命がけで潜る時代はもう終わったんだから」

「かは……っ!?」


 蓮は息を吐き出す。

 見れば、自分の腹に尊の拳が突き刺さっていた。

 動きさえ捉えられなかった。


「──でもな、それだと文字通り死に物狂いで努力してきた奴には勝てないんだよ」


 尊が蓮の耳元でささやく。


「っ!!!」


 蓮は恐怖を感じて飛び退いた。

 十メートル以上蓮との距離を取る。


「ちょうどいいな。試すか」


 そんな蓮を見て、尊はそう呟いた。

 そして剣を真横に倒し、顔の横に持ってくる。


 ──それは、蓮と同じ構え方だった。


 蓮は咄嗟に剣を立てて防御した。

 ただの勘だった。

 だがそれが蓮を救った。


?」


 次の瞬間、尊が蓮の目の前へと迫っていた。


 言葉を発する暇さえなかった。

 剣を持つ手に力を込める。

 蓮は吹き飛ばされた。


 地面を転がり、顔を起こした蓮は呆然と呟く。


「……なんで、それは」

「『なんで俺の剣闘術が使えるんだ』か?」


 自分の台詞を先に言われ、蓮は目を見開く。


「簡単な話だよ。お前の技を見る機会は飽きるくらいあったからな。あれだけ何度も見てれば、真似ごとだってできるようになるさ」


 そう。尊は蓮の『剣闘術』を間近で何度も見てきた。

 それこそ目に焼き付くほどに。

 長期間技を見続け、その身に技を直接受けることで、技の模倣すら可能にしたのだった。


「お前の神速の一撃は二つの技で構成されている。瞬時に距離を詰める足運び。そして重い一撃を打つための筋肉の使い方。名前はつけてないみたいだし、それぞれ『神足』と『重撃』って呼ぼうかな」

「な、そん……」

「それで、これがその応用。『神速』を使った居合切りだ」


 殺気。


「う……っ!?」


 蓮が慌てて剣で防ごうとすると、剣が手から弾き飛ばされた。

 反動で蓮は尻もちをつく。


 カラン、とダンジョンの地面に剣が落ちた。


 見えない斬撃。

 尊は今の一撃を放つ前の状態で静止している。


 いつ斬撃を放ったのかも、どうやって打ったのかも分からない。


 自分のスキルのはずだったのに、自分でも知らない一撃を放たれた。


 脳裏に蘇ったのは、ギルド長に言われた『お前のスキルは他のスキルで代替可能だ』という言葉。


 あのときはそんな言葉を信じていなかった。

 自分のスキルは世界に一つの、最強のスキルだと思っていた。


 この瞬間までは。


 蓮が見上げた先で、尊が前髪をかきあげる。


「ありがとう段田。お前のお陰で俺はまた強くなれたよ」

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