プライドを賭けた決闘

(……なんでこいつらがここにいる?)


 俺が真っ先に抱いた疑問はそれだった。

 なぜなら、どう考えてもこいつがここにいるのはおかしいからだ。

 まず、俺がここにいることを何故知っているのか。

 まだスタンピードの救援隊は来ていない。つまりは救援隊と同時にここを目指してやってきたとしてもたどり着くのは速度的に不可能だ。配信を見て俺がここにいることを知ったのならなおさらだ。


 残る可能性は一つ。


「俺を尾けてたのか……」


 段田がここにいるためには、俺がダンジョンに入ったときから尾行してきた可能性以外ありえない。


「その通りだ。星宮、GPSをつけさせてもらったぜ。ダンジョンの中までは追えないが、どこのダンジョンに潜ったのか分かれば十分だろ?」


 GPSだと? そんなものをいつ付ける暇があった?

 こいつとは学校でも会ってないんだぞ。


「どうしてか分かんねぇみたいだな」


 俺の疑問を感じ取ったのか、段田がニヤリと笑みを浮かべる。


「担任だよ。あいつに頼んでお前につけてもらったんだ」

「っ! そこまで馬鹿だったか……!」


 俺は舌打ちする。恐らく、朝職員室の段階で担任にGPSを仕掛けられていたんだ。


 生徒にGPSを仕掛けるなんて、ただの犯罪だ。

 バレればただではすまないのに、あの短絡的な担任のことだ。SSSレアアイテムに釣られたんだろう。


 こいつがここにいる疑問はまだ残っている。


 段田は冒険者資格を停止されているのだ。

 ダンジョンに潜るためには、冒険者の資格が必要だ。その資格が停止されている今、ダンジョンに潜れば厳しい処罰が下されるであることは当然予想される。冒険者資格の剥奪程度で済めばまだ良い方だろう。

 資格を停止されている状態でダンジョンに潜るなんて、後のことを度外視しているとしか思えない。

 つまり……。


「後先考えてないってことか……」


 俺はボソリと呟く。


「誰、この人たち……」


 真那たちが異様な雰囲気を放つ段田達を見て後ずさる。

 俺は彼女らの前に立ち、段田に尋ねた。


「それで、何の用だよ。こんなとこまでストーカーして、何が目的なんだ」

「星宮……俺と決闘しろ!」


 段田は剣を抜き放つと、切っ先を俺に突きつけた。


「決闘? 勝負はついただろ」

「あんなものは無効だ! ステータスを上げる装飾品だとか、SSSレアアイテムなんて卑怯なアイテムを使いやがって! そんなもの、本当の実力じゃねえ!! 偽りの強さで俺に勝った気になるんじゃねぇよ!!!」

「……へぇ」

「俺ともう一度勝負しろ、星宮! 装備もなし、SSSレアもなし、剣だけの完全な実力でな!!! プライドをかけた真剣勝負だ!!!」


 なるほどな、と俺は心のなかで呟いた。


 偽りの強さ。確かにその通りだ。


 俺は今、装飾品でステータスを底上げしている。それを偽りの強さと言うなら、俺はその通りだと思っている。

 装備込みで実力だと言う奴もいるだろうが、なにより俺が自分の実力だと認めていない。


 その意味では、段田とのあの一戦は本当の意味で勝利したのか、と聞かれれば俺は「違う」と答えるだろう。


 目の前のこいつは、俺の考えを理解している。


 その上で、問いかけてきている。

 もう一度勝負しろ、と。

 プライドをかけて勝負。つまりは全てをかけた勝負だ。


「何言ってるの……無茶苦茶じゃない」

「そうだぜ、一回負けたんだろ? じゃあ素直に負けを認めろよな」

「その通り。こんな勝負受ける必要ない」


 段田の話を聞いていた彼女らが、呆れた様子でそう言った。


 彼女らの言う通り、こんな安い挑発に乗る必要はない。


 しかし俺は──。


「良いぜ、その勝負、受けてやる」


 俺は前へと歩みだした。


「尊さんっ!?」

「何考えてんだよ!」


 四人が驚愕したような声を出す。


「なに?」


 段田が眉を動かす。


「だからその勝負受けてやるって言ったんだよ。装備は全部なし、SSSレアもなしでな。プライドをかけた勝負なら……もう言い訳はできねぇだろ」


 四人が言った通り、こんな勝負受ける必要なんて全く無いだろう。

 だが、ここで下がれば、俺の中で一つ大切なものが失われる。

 そういう確信がある。


 どの道、いつかは超えなければならなかった壁だ。


 未だに、俺の脳裏にはこいつに頭を踏みつけられた無力感と屈辱がこびりついている。


 こいつを実力で、真っ向からねじ伏せない限り、俺はきっと永遠にそれらから解放されることはないだろう。

 俺が本当の意味で『負け犬』でなくなるには、本当の実力で勝つ以外にないのだ。


 だから、俺はこの勝負を受ける。


 それに、もう無理だ。

 こいつを目の前にしただけで、頭が沸騰しそうなくらい怒りで染まって、ぼこぼこにしてやらないと気がすまない。


 ここで、こいつのプライドも、心も、全部へし折ってやる。

 二度と立ち上がれなくらい、ぐちゃぐちゃにしてやる。


「はっ! まじかよ勝負を受けやがった! おい、二言はねぇだろうな!」

「ああ、二言はない」


 段田が額に手を当て、高笑いを上げる。


「バカが! お前みたいなやつが装備無しで俺に勝てると思ってんのかよ!!」


 俺はそんな段田を見て、小さく笑みを漏らした。


「……お前はさ、勝てるから勝負するのか、それとも勝つために勝負するのかどっちなんだ?」

「あ?」

「分からないなら良い。決闘のルールを確認するぞ。武器は能力なしの普通の剣のみ。ステータスを上げる防具や装飾品などはなし。一対一だな」

「ああ、それでいいぜ。それと、この際だから全部賭けようぜ。負けたら持ち物を全て失うってことでいいよな?」

「もちろんそれでいい。前回は見逃してやったけど、今回はちゃんと回収するから覚悟しとけよ」

「……クソが。その余裕、すぐに崩してやる」


 俺はさっきガチャで当てた剣をアイテムボックスから取り出す。

 そして段田の仲間に向けて剣を見せた。


「おいお前、鑑定魔法使えただろ。これ、確認しろ」

「あ、ああ……」


 段田の仲間が俺の剣に鑑定の魔法を使い、特殊な能力が無いかを確かめる。

 そして俺は段田の剣を知識の指輪を使って確かめた。

 ちゃんと普通の剣らしい。まあ、段田が使ってた剣は俺が折ったから新調したんだろうが、流石に特殊能力つきの剣は買えなかったか。


「ほ、本当に決闘するの……? そんなの無理だよ。だって……」


 俺が鑑定していると、真那が尋ねてきた。


「ごめん、でも俺は絶対に受けなきゃいけないんだ」

「それなら……仕方ないけど……」

「変なことに巻き込んでほんとに申し訳ないんだけど、あいつらが変な動きをしないように見張っててもらってもいいか?」


 段田の仲間は二人。それもDランクが一人と、Eランクが一人だ。

 対してこちらはDランクが三人と、Cランクが一人。しかもDランクの三人もCランクでもおかしくないような腕利きだ。段田の仲間とは長くパーティーを組んできたし実力は把握している。

 もし何かあったとしても簡単に抑え込めるだろう。


「まかせとけ! あたしがちゃんとあいつらを見張っててやる!! こう見えて荒事には慣れてるんだぜ!」

「はい、了解しました! 尊さんがんばってください!」


 愛莉と清華はノリノリで承諾してくれた。


「……仕方がないか。恩もあるし」

「リーダーがそう言うなら私は従う」


 続いて真那と小春も承諾してくれる。


「ありがとう。この借りは必ず返すから」


 俺は四人にお礼を言って、段田たちに向き直る。


「おい、少しでも変な動きをしたらすぐにSSSレアアイテムで首を叩き切る。切れ味はお前らも知ってるだろ? いいな?」


 万が一がないようにと、俺は段田の仲間を脅した。

 すると段田の仲間は真っ青になって何度も頷いた。

 もともと乗り気じゃないような顔をしていたし、半ば無理やりついてこさせられたんだろう。

 これで懸念もなくなった。


 アイテムボックスにつけていた装飾品をすべて収納していく。シュン、と音を立てて装飾品が消えていった。

 そして装飾品をしまい終えると、俺は最後に残った箱の指輪を外し、ポケットにしまった。


「これで、剣だけだ。──かかってこい、『負け犬』」


 俺は剣を立て、顔の横に構えた。


「ぶち殺してやるよ、星宮ぁ!!!」


 段田が獰猛な笑みを見せ、剣を構えた。

 ──次の瞬間、段田が目の前に迫っていた。


「っ!!」


 俺は剣を横に構えて防御する。

 しかし……。


(重っ……!?)


 段田の斬撃は重かった。

 剣で防ぎきれず、剣が俺の左肩を切り裂いていく。

 浅くない傷から血が吹き出す。


「ぐ……っ!!」


 俺は痛みに顔を顰めた。


「尊さんっ!!」

「大丈夫かっ!?」


 清華たちが悲鳴を上げる。


「お、おおっ……!!」

「勝てる、勝てるぞ蓮!!」


 清華たちとは正反対に、段田の仲間が歓声を上げた。

 肩の傷口を抑え、荒く息を吐く俺に、段田は愉悦の笑みを浮かべた。


「は、はは……! ははははっ!! 勝てる! 勝てるぞ! あいつの言ったとおりだ!!!」


 段田は高笑いを上げると、剣の切っ先を俺に向ける。


「やっぱり馬鹿だろお前! 『剣闘術』が使える俺に、『ガチャ』なんてゴミスキルしかないお前が勝てるわけねぇだろうが! SSSレアアイテムがなけりゃ、お前なんて雑魚なんだよ!!!」

「……」


 俺は肩の傷口を押さえる。

 さっきの斬撃、全く見えなかった。

 油断していた訳では無いが、段田の『剣闘術』はやはり……強い。


 見えないほど神速の斬撃。

 一撃の重さでも勝ち目はない。

 傷ももらい、このままでは……俺は負けるだろう。


(だけど……)


 だ。

 俺は深く息を吐き出して、剣を構えた。

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