ギルド長の苦難
ギルド長という仕事は、多忙の一言に尽きる。
次から次へと業務が舞い込んでくるのだ。地位を銀行で例えるなら支店長クラスとはいえ、仕事量はほぼブラックだ。
しかも、現在はスタンピードが発生したという情報まで入って、ギルドは大忙しだ。
スタンピードは際限なく魔物が湧き出てくる災害。
ダンジョンから溢れた魔物は現実世界にも出てくるので、魔物が狩り尽くされるまで気が抜けないのだ。
すでにギルドにいた冒険者を集め、スタンピードが起こったダンジョンへと送ったが、これからも随時投入する冒険者を探してこなければならない。
スタンピードが終わっても上に提出する報告書を作成したり、スタンピードが起こった原因を調べなければならないし……これから増える仕事に、ギルド長は頭痛をこらえる羽目になった。
「不安定な冒険者職から安定した公務員に転職、そう思っていたんだがな……」
ギルド長はそう言って煙草を吸い、煙を吐き出した。
あまりにも多忙が過ぎる。これがないとやってられない。
冒険者時代は煙草なんて吸っていなかったのだが、今では、ヘビースモーカーだ。
しかしその一服の時間にも、波乱は舞い込んでくる。
「た、大変です!」
ノックとともに大慌てした様子のギルドの受付嬢が入ってきた。
彼女はギルドの中でも優秀な受付嬢で、自分の秘書としても扱っている右腕のような存在だ。
その彼女は手にタブレットを抱えていた。
「どうした」
「これを見てください」
受付嬢がタブレットを見せてくる。
画面には動画配信サイトの、とある冒険者の配信が写っていた。
「これは冒険者の配信か? どうしてこんなもの…………って、おいおい」
ギルド長は自分の目に映った見覚えのある顔に、乾いた笑みを漏らした。
そこに映っていたのは……大量の魔物の群れの中で戦う星宮尊の姿だったからだ。
「これはどういうことだ、なぜ彼が配信に出ている」
「配信に巻き戻し機能がついていたようなので確認しましたが、どうやら配信主である四人組の女性パーティーがスタンピードに遭遇。窮地に陥った彼女らを星宮さんが助けた、ということになるようです」
「同時視聴者数5万人……ああ、頭が痛くなってきた」
視聴者数のカウントには5万人という数字が表示されており、今なお上がり続けている。
SNSや配信の記録を確認する限り、今回の騒動は四人組がスタンピードというイレギュラーに遭遇し、それが拡散され人を集めていたところ、星宮尊が助けに入りそのSSSレアアイテムと謎の短剣を存分に振るったことで、「これはなんだ!?」とさらに拡散されていったようだ。
このスタンピードでの暴れっぷりも一役買っているようだ。
運が悪いにも程がある。
スタンピードにかち合うのもそうだが、まさか助けに入った相手が配信しているとは。
情報を隠さなければならない彼にとっては最悪な展開だった。
「SNSでもかなり話題になっています。超強力なアイテムでスタンピードの魔物の大部分を殲滅し、見えない斬撃で魔物の首を跳ねていく謎の冒険者として、さまざまな議論を呼んでいるようです」
「……」
ギルド長は無言で煙草の煙を吐き出す。
「……見なかったことにしても構わないだろうか」
「駄目です」
ギルド長はなかったことにしようとしたが、受付嬢は厳しい口調でそれを禁止する。
しかたなく思考を切り替えて、これからの戦略を練った。
「まあ、あのSSSレアアイテムに関してはよしとしよう。能力もダンジョンを使ってはいないようだし。だがなんだこのふざけた威力の範囲攻撃を出す短剣は。私だって聞いていないぞ。……彼にはまだまだ聞かないといけない情報がありそうだ」
「有名になってしまった件はどうするんですか? 情報の隠蔽などはしないんですか?」
「いや、もうこれだけ有名になってしまえば、彼がSSSレアアイテムの所持者であることは早晩広まってしまうだろう。諦めるしかないな」
もうこの配信は全世界へ向けて配信されてしまっている。
この視聴者の中には彼の顔を知っている人間もいるだろう。
そうすれば、すぐに彼がSSSレアアイテムの持ち主であることは広まる。もう隠すだけ無駄だ。
これから始まる他のギルドとの腹の探り合いに、ギルド長はまた頭を痛めた。
「だけど」
ぽす、と背もたれに体重を預ける。
「彼のこと、『あいつ』が欲しがりそうだなぁ……」
そう言って、ギルド長はとあるクランのリーダーを思い浮かべたのだった。
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