スタンピード(他者視点)

 その日、私達四人パーティーはダンジョンに配信しに来ていた。


「ダンジョンでまったり攻略しながら雑談だよー。今日は真那がカメラでーす」

「みんな、よろしく」

「バンバン魔物殺してくぜ!」

「もー、愛莉、もう少し品のある言葉遣いにしてください」


 皆が私の胸元につけられたカメラに向かって話しかける。


 少し男勝りな口調で、大剣を担いでいるのが愛莉。彼女は見た目も口調もがさつに見えるが、可愛いものが好きだったりと乙女な一面がある。


 眠たそうな顔と魔法用の杖を持っているのが小春。小春は見ての通り面倒くさがりだが、魔法に関してはかなりのオタクだ。


 敬語でお嬢様っぽい見た目のヒーラーが清華だ。清華は見た目の通り良家のお嬢様で、いつか王子様がくることを夢見ている。


 私は槍を使っている。みんなからは「真面目そうに見えてドジすぎる」と言われるが、私はそうは思ってない。


 ダンジョンの中では普通の機械の電波は届かなくなる。

 では、なぜ私はダンジョン内の光景をネットに乗せて配信することが出来ているのか。これには理由がある。


 特殊な技術があるのだ。


 ダンジョンが出来て30年、人類の技術は向上した。

 新たな魔力というエネルギーの登場に困惑はしたものの、積極的に開発が進められてきた。

 その結果、魔力と科学は融合した、新たな魔科学が生まれた。

 そして私達が使っているカメラもその魔科学の産物で、ダンジョン内でも外との通信を可能にしたカメラだった。

 ダンジョン内では普通の電波は届かなくなるが、魔力と電波を合わせた結果、ダンジョン内からでも配信ができるようになったのだ。


 魔科学は世界の法則に反している! と主張する科学者も大勢いるみたいだけど、私みたいな一般冒険者はその恩恵を大いに享受している。



 :今日もかわいい

 :来たー!

 :わくわく

 :こんにちはー


 私は空中のウインドウでコメント欄を確認する。この空中に浮かんでいるウインドウも魔科学の産物だ。


 自分で言うのも何だが、見目の良い女性四人組の配信者、ということで視聴者は結構いる。主に男性の視聴者だけど。


 今日、私達が攻略するのはFランクダンジョンだ。

 平均Dランクの私達がゆるりと視聴者と雑談するにはうってつけの場所だ。


 このときはそう思っていた。


 配信すること二時間、私達はFランクダンジョンの下層までやって来ていた。

 ダンジョンボス目前、といったところだ。


 そこで異変が起こった。


 まずはFランクダンジョンに似つかわしくないD、Eランクの魔物。

 そしてそれらが次々と、洪水のように押し寄せてきた。

 これがイレギュラーで、スタンピードだと理解したときには撤退する機会を失っていた。

 逃げようにも魔物に囲まれ、倒しても倒しても次の魔物が襲ってくるので逃げる隙がない。


「まだまだ来てるぞ!」

「清華、ヒール!」


 私の声で、前衛の私と愛莉にヒールがかけられる。


「魔力が尽きました! これが最後のヒールです!」

「私も魔力がもう無い。次の一本で魔力ポーションは終わり」

「くっ……!」


 私は苦しい状況に歯噛みする。


 :どんどん魔物の数が増えてる

 :なあ、これやばくね

 :にげてー!

 :救援隊間に合ってくれー!

 :え、いま来たんだけどなにこれ?

 :トレンドからきたけどまじでスタンピードじゃん

 :嘘だろはやく逃げてくれ

 :スタンピードってまじ?


 コメント欄を確認する余裕はなかったが、スクロールの速さで人がいつもより多いことが分った。

 ちらっと見えた視聴者のカウント数は、すでに一万人を超えていた。

 ネットでスタンピードが話題になり、配信に人が集まっているようだ。


 すでにスタンピードの報告は入れている。視聴者も通報を入れてくれているはずだ。

 今頃ギルドにいる冒険者に緊急招集がかかって、救援隊を結成している頃だろう。

 だが、このダンジョンの下層の奥の奥まで来るにはどれだけ急いでも一時間はかかる。


 それなのに私達は限界に近かった。

 すでに回復ポーションは尽きて、体力も限界に近い。Fランクダンジョンだからと一人一つしかポーションを持ってこなかったのが迂闊だった。


 今はなんとか持ちこたえているものの、遠くない未来に全てが瓦解する。


 絶体絶命。私達を一言で現すならその言葉がぴったりだった。


 その時、愛莉の背後からゴブリンが飛びかかった。

 私からでは届かない、魔法も今からでは間に合わない。


「っ!? 愛莉! あぶ──」


 私が叫んだその時。

 ──ゴブリンの首が、いきなり飛んだ。

 まるで見えない斬撃に切り飛ばされるみたいに。


「えっ、何今の!?」


 愛莉が驚きの声を上げる。

 背後を見ると、冒険者が一人こちらへと駆け寄ってきていた。

 年は恐らく私達と変わらないくらいの、男の子の冒険者だ。


「助けが来たの!?」

「いえ、早すぎます!」

「一人!? スタンピードだよ! 速く逃げて!」


 真白が一人で来た冒険者に逃げるように叫ぶ。

 加勢は嬉しいが、Fランクダンジョンに潜っているということは、私達と同じランクか、それ以下だろう。


 一人増えたところでどうにかなるような数じゃない。

 しかしその冒険者が白い剣を振るった瞬間、数体の魔物の首が跳ね飛ばされたのを見て、私達の目は驚愕に見開かれた。


「はっ!?」

「ちょ、何今の!?」

「見えない斬撃!?」


 魔法オタクの真白が驚いている。ということはあの斬撃はまだ見ぬ新しい魔法か、スキル、高ランクのアイテムのどれかだ。


「説明は後だ! 手助けする!」


 私達の隣に並んだ男の子の第一印象は、ちぐはぐだった。

 ギラギラとした耳飾りに、腕輪。全部の指に指輪までつけて、首飾りでもつければどこかの王族です、と言っても過言ではない見た目だった。

 服装だけ見ればかなり軽薄そうだ。


 だけど、真っ直ぐな瞳が、服装とは正反対だった。


 その男の子はどこからともなく短剣を取り出した。


「範囲攻撃する! 俺の後ろに下がれ!」


 私達は我に返り、男の子の背に回る。

 次の瞬間、熱線が全てを焼き尽くした。


「きゃあああっ!?」

「な、なんだこれえぇぇっ!?」


 私達は悲鳴を上げる。

 衝撃波が収まって顔を上げてみると、そこには魔物が焼き尽くされた焼け野原が広がっていた。


「す、すご……」

「これは……魔法、なの?」


 私たちはその威力に唖然とするしかなかった。

 恐らく、あの短剣の固有の能力だ。

 でも、アイテムでこんな威力なんて、それこそ超高額なSランクアイテムに匹敵するほどの……。


「お、終わった……」

「き、キツかった……!」


 魔物がいなくなって気が抜けたのか、愛莉たちが膝から崩れ落ちる。

 無理もない。皆もう限界だった。


「これ、どうぞ」


 へたり込んだ私達に、男の子は回復ポーションをそれぞれ渡した。

 私達は顔を見合わせる。

 だって、回復ポーションはそれぞれ一つ三万円もするのだ。それを四人に配ったら約12万円。

 冒険者は他の職業よりも実入りが良いが、それでも気軽にポンと渡せるような額じゃじゃない。


 それに、今ポーションが手に突然現れたように見えた。


 そんな芸当ができるのは、アイテムボックスしか存在しない。

 だが、アイテムボックスはとても高価なアイテムだ。それに男の子がアイテムボックスを装備しているようは見えない。


 いったいこの男の子は何者なんだろう。


 いや、そんなことを考えてる場合じゃない。

 一応このパーティーのリーダーなんだから、お礼を言わないと……。

 私は立ち上がり、男の子に手を差し伸ばした。


「ありがとう、助けてくれて──」

「まだだ、来るぞ!」


 男の子はいつの間にかさっきの白い剣を取り出し、ダンジョンの奥を睨みつける。

 すると男の子の言葉通り、魔物の大群が姿を現した。


「ま、まだくるのぉ!?」

「もうヘトヘトだってのに……!」


 小春と愛莉が悲鳴を上げる。

 男の子が先んじてこちらへと駆けてきた狼の魔物を、さっきの見えない斬撃で切り捨てた。


「もう一回さっきのを打つぞ!」


 そして男の子がもう一度、さっきの短剣を取り出した。


「ま、またぁ!?」

「連発できるのかよアレ!?」

「どうなってるんですか!」

「と、とにかくみんな備えて……!!」


 私は皆に衝撃波へ備えるように告げる。

 炎の嵐が吹き荒れた。


「まだいるのか……!」


 しかし男の子は苦い口調でそう言った。


「うそ、まだいるの!?」

「もう一回だ!」


 三度、炎が魔物を焼いていく。


「うそだろ……まだいるのか」


 男の子は乾いた笑みを漏らした。

 短剣の熱線でほとんどの魔物は焼き尽くしたものの、それでもまだ数百体の魔物がこちらへと迫ってきていた。

 私はさっきのをもう一度打たないのかと質問する。


「ねえ、さっきのは!?」

「生憎と弾切れだ!」

「嘘でしょ!?」

「迎え撃つしかない!」


 男の子は白い剣を取り出す。

 それに愛莉が信じられない口調で叫ぶ。


「おいおい、冗談だろ……!?」

「倒しきれない数じゃない!」


 そうして、男の子は短剣を逆手に構えた。

 短剣の刀身が白く発光する。

 傍から見ても、その刀身が高熱を纏っているのが見えた。

 男の子はその短剣で魔物を真っ二つに断ち割った。

 そしてまた魔物の首を十体以上跳ね飛ばす。


(嘘でしょ!? あの熱線に加えて、もう一つ能力があるの……!?)


 あの熱線だけでも規格外の能力なのに、それに加えてまだ能力があるなんて、確実にあの短剣はSランク以上の超高レアアイテムだ。

 いける、この男の子の強さがあれば、あの大量の魔物だって倒しきれる。


「や、やるしかないわ!」

「あとちょっとの辛抱だな!」


 私達は武器を構える。

 すると男の子は群れの中に突っ込んでいった。


「なにを……!」


 そんなことをすれば、一瞬で……。

 私は目を見開いたが、予想は外れることとなった。


 男の子は、自身に迫りくる魔物をすべて殺していった。

 死角からの攻撃にも完璧に対応して、短剣で切り、首を飛ばし、白い剣でまた切る。


「つ、強……」


 愛莉が呆然と呟いた。

 私も、他の二人も同じ感想を抱いていた。


 あの男の子は、強い。


 あれだけの魔物を一人で相手取って、危なっかしさが一つもない。

 最初は私と同じランクかそれ以下だと思っていたが、もしかしたらBランク、いやAランクくらいの強さがあるかもしれない。


 そして男の子が最後の一匹を倒す。


「ほ、ほんとに倒しきっちゃった……。しかもほとんど一人で」


 驚きと同時に、疲れが襲ってきた。


「お、終わったぁ……」

「し、死ぬ……」

「もうへとへとです……」

「疲労困憊……」


 私達は膝から崩れ落ちる。


「お疲れ、これ」


 すると男の子がまたポーションを四つ差し出してきた。


 いや、待ってほしい。

 これで合わせて24万円だ。

 それをどうしてこう気軽に渡せるんだろう。

 あの強さと、持っているアイテムと良い、不思議なことが多すぎる。


 本当にこの男の子は何者なんだろう。


 謎が多いが、不思議と嫌な感じはしない。


 清華なんか男の子をポーっとした目で見つめている。

 どうやら窮地を救われて落ちてしまったみたいだ。

 でも、その気持も分からなくもない。

 確かにあのときあの状況で現れた男の子は……かなり格好良かった。

 女の子なら誰だって、この男の子が白馬の王子様に見えるだろう。


 すると一息ついたからか、視界端のあるものが目に入ってきた。

 それは視聴者のコメントを見るためのウインドウと……。


 ──『10万』と表示された、視聴者数のカウンターだった。


「あっ」

「どうしたんだ、真那」


 愛莉が私に尋ねてくる。


「配信、つけたままだった……」

「えっ?」


 男の子が素っ頓狂な声を上げる。


 :うおおおおお!!!!

 :助かったー!!!!

 :なんだあの短剣!?

 :それよりも首飛ばしてた斬撃なに!?

 :絶対高レアアイテムだろあれ!

 :こいつ何者なんだよwww

 :強すぎだろ、誰こいつ。こんな冒険者いたっけ

 :つ、強ぇぇぇぇx!!!

 :なんだアレ!?

 :一人で倒しきったのか!?

 :スタンピードを一人で!?

 :強すぎんだろ

 :ちょっと待てそのアイテムの説明プリーズ

 :助かってよかった……

 :どうなってんのこれ

 :コメント欄が速すぎて見えない

 :誰この人!?

 :もう祭りじゃん


「ど、どうしよう……」


 目で追えないほどの速さで流れるコメント欄に、私は唖然とするしかなかった。

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