スタンピード


 学校での一悶着を終えた後。


 俺はFランクダンジョンの入口前とやって来ていた。

 ギルド長から言われていた、冒険者ランクを上げる件のことだ。


 今の俺の冒険者ランクはFランク。

 研修期間のGランクを除いて、実質最低ランクと言えるだろう。


 俺はこのランクをCランクまで上げなければならない。

 Fランクのまま高ランクモンスターの素材を大量にギルドに持ち込んでは、神王鍵の本当の能力である専用ダンジョンに気づかれてしまう可能性が上がるからだ。


「面倒だけどやるか……」


 今回の目標は低ランクモンスターを合計100体ほど狩ることだ。

 今後のことを考えてこのダンジョンのボスの攻略も視野にいれていこう。


 アイテムボックスからいつもの装飾品を取り出し、装備していく。

 ただでさえステータスが低いんだから、ステータスを倍加してくれる装飾品は重要だ。


 今回は新しい装飾品もある。

 俺は耳にイヤリングを装着した。


──────

《百目大蛇の耳飾り》:中範囲における死角からの敵の視線、攻撃を感知する。

──────


 このイヤリングは百目大蛇という、どんな死角からの攻撃も効かない蛇の魔物を倒したときに手に入れた。

 ソロで潜る俺の視界をカバーしてくれる使い勝手の良いイヤリングだ。

 中範囲、というのはどれくらいから分からないのでこれから検証する。


 そして準備を終えたところで、俺は視線を感じた。


「なあ、あいつ見ろよ……」

「なんFランクダンジョンであんな装飾品つけてんだ? Fランクダンジョンに過剰すぎだろ」

「初心者なんじゃね?」

「どっかの金持ちの息子かも」


 Fランクダンジョンのまえでじゃらじゃらと装飾品をつけていたら、却って目立ってしまったみたいだ。

 確かに今の俺の姿は道楽で冒険者をやっているどこかの御曹司か、成金冒険者にしか見えないだろう。


 若干注目を集めているからさっさと潜ろう。

 俺はFランクダンジョンの中に潜った。


***


 Fランクダンジョンは、ダンジョンの中で一番難易度の低いダンジョンだ。

 つまりは俺にとってはあまり難易度自体は高くない。

 これは自分の腕を上げる機会だ。


「ふっ……!!」


 息を吐き出し、目の前のゴブリンを神王鍵で叩き切る。


「ギャッ!?」


 ゴブリンは悲鳴を上げながら真っ二つに割れ、塵となっていった。

 地面に魔石が残される。


「やっぱり、もうゴブリンぐらいじゃなんてことないな」


 つい何日か前まではゴブリン一匹を殺すのにもあれだけ命がけだったのに、今ではなんの苦労もない。

 目覚ましい成長だと言えるだろう。


「こいつもかなり使い勝手が良いな」


 俺は耳元の耳飾りに手を触れる。

 《百目大蛇の耳飾り》だ。

 こいつの感知の範囲を確認してみたところ、約半径二十メートルが相手の殺気や敵意を感じ取れる範囲だと分かった。


「こいつは確実にBランク以上だな」


 遠距離からの攻撃には気をつけなれければならないが、死角が潰れるのは強い。

 これからも長く使っていくことになるだろう。


「今日は運命切断はなしで、潜れるとこまで潜ってみるか……」


 ゴブリンの魔石を回収し、俺はそう呟く。

 と、そのとき大きな足音が向こう側から聞こえてきた。

 俺はそちらに視線を向ける。


「デカブツがお出ましか……」


 俺は半笑いで神王鍵を取り出す。

 暗闇から出てきたのは俺の因縁の相手。


 ゴブリンキングだった。


「前回は全く歯が立たなかったが……」


 今の俺なら、できる。

 運命切断なしでもこいつを殺して見せる。


「お前を殺して、俺が成長したことを証明してやる」


 俺は息を吐き出し、剣を構えた。

 足に力を溜め、一気に駆け出す。


 ゴブリンキングはその巨体ゆえ、力は強いが動きが遅い。

 11レベル程度だった俺が死に体で走って同じ程度の速度だったやつだ。

 今の俺ならこいつよりも遥かに速い。


 つまり最適解は速さで翻弄し、素早く仕留めることだ。

 自分に向けて走ってくる俺に、ゴブリンキングが棍棒を振りかぶる。

 しかし俺はそれよりも速くスライディングでゴブリンキングの股の間をすり抜ける。

 股の間を通り抜けざま、脚を切りつけた。


「ゴアアアアアアッ!!!」


 ゴブリンキングが悲鳴を上げ、浅くない傷から血が吹き出す。


「攻撃は通じる……!」


 前回は切り傷とも呼べないようなかすり傷しかつけることが出来なかったが、今の俺なら十分攻撃は通じる。

 脚を斬られて怒り狂ったゴブリンキングが、俺に向かって棍棒を叩きつけようとした。


 俺はそれを回避し、棍棒を持っている腕を切る。


 ゴブリンキングがまた悲鳴を上げた。


 腕の筋肉を切断されたゴブリンキングが棍棒を取り落とす。


「まだ俺にはお前を一撃で倒せない」

「ゴアアア……ッ! ゴアア……ッ!」


 ゴブリンキングは残った腕を振り回す。


「だったら、何度も切りつけて、殺すだけだ」


 ゴブリンキングの肉は硬いうえに厚い。

 俺の力じゃ骨まで断つことは出来ない。

 だから、俺は筋肉を切断することにした。


 腕を、脚を、身体を、筋肉を断っていく。


 ゴブリンキングが悲鳴を上げる。

 ゴブリンキングの両腕が力なく垂れ、膝が地面についた。

 俺はゴブリンキングの肩の上に立ち、首に刃を当てた。


「終わりだ」


 首を切ると、血が噴水のように湧き出た。

 大量の血を失ったゴブリンキングは地面へと倒れ、塵となっていく。


「よし……」


 地面に降り立った俺は拳を握りしめる。

 やはり、俺は強くなっている。

 こいつを倒したことでそれが証明された。


「だけど、なんでこいつがここにいるんだ……?」


 俺はゴブリンキングの魔石を回収しながら疑問を呟く。

 このゴブリンキングという魔物はDランク以上の魔物だ。

 Fランクダンジョンであるここで出現するはずのない魔物なのだ。


 その時だった。


「悲鳴……!?」


 ダンジョンの奥から悲鳴が聞こえてきた。

 俺は急いでそちらへと向かう。


「なっ、これは……!」


 俺は目の前の光景に驚愕する。

 なぜなら、そこにはダンジョンを埋め尽くすような大量の魔物がいたからだ。


「スタンピードか……!!」


 スタンピード。

 それはダンジョンにおけるイレギュラーの一つ。

 本来よりも遥かに大量の魔物が洪水のように生み出される現象だ。

 厄介なのは本来のダンジョンのランクよりも上の魔物まで生み出されること。

 さっき出会ったゴブリンキングはその一体だろう。


 そして先程の悲鳴の主であろう、女性四人組のパーティーがそのスタンピードに応戦していた。


(どうする、外に助けを呼びに行くか……!?)


 俺は一瞬、外に助けを呼びに行こうとしたが……踏みとどまった。


(いや、俺なら助けられる……!)


 彼女たちは今は戦えているが、これほど魔物がいれば近い内に魔力も体力も枯渇する。

 助けを呼びに行っている時間はない。

 だが、俺ならこのスタンピードを殲滅できないとしても、彼女らを助けることはできる。


「普通は見捨てるんだろうけどな……」


 大抵の冒険者なら彼女たちを見捨てているだろう。

 スタンピードはほとんど災害と同じで、大量の冒険者が協力して対処するようなイレギュラーだ。

 本来なら彼女たちは不運だったと切り捨て、外にスタンピードを知らせにいくのが普通の対応だ。


 だけど、俺は見捨てない。


 俺は神王鍵を構え、駆け出した。

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