エルフさんと同棲することになった


「ここが……」


 神王鍵の中から出来てきたセレーネは目を見開く。


「そうだ、ここが俺の世界だよ」

「国の名前は何と言うんです?」


 あ、そうだ。セレーネはこの世界のことを何も知らないんだった。


「ここは日本っていう国だ」

「にほん……」


 セレーネが反復するように言葉を紡ぐ。


「あれ? そういえば今更なんだけど、なんでセレーネは日本語が話せるんだ?」


 たまに疑問に思っていたが、セレーネとは出会ったときから会話できていた。

 セレーネはこの世界の人間ではないらしいので、日本語を習得することなんでできなかったはずなのだが……。


「私の魔法で、相手の言語を習得することが出来ます。それなりに魔力を消費しますが」

「え、そんなのかけられた覚えないけど……」

「あなたがこちらにやって来た瞬間に魔法をかけて習得しました」

「全然魔法をかけられたって分からなかった……すごいなエルフの魔法」

「それより、いつまで繋いでいるんです?」

「えっ、ああごめん」


 手元を見れば、セレーネの手を握ったままだったので俺は慌てて手を放す。


「……別に、そんなに慌てて放さなくても」

「ん、なにか言った?」

「いえなんでも」


 すんとした表情でセレーネは答える。

 耳が赤いのは気のせいだろうか。


「とりあえず中に入ろう。ここが俺の家なんだ」

「星宮さんのお家ですか」

「ああ、神王城に住んでるセレーネからすれば狭いかもしれないけど……」

「私から望んで来たんですから、そんなことは言いませんよ。さ、入りましょう」


 俺とセレーネは家の中に入る。

 セレーネは興味深そうに玄関を見渡す。


「どこにでもある一軒家でそんなに面白いものはないと思うけど……」

「いえ、建築様式も文化も見たことないものばかりでとても興味深いです……」


 玄関から上がり、俺達は家の中に入る。


「そういえば、セレーネはいつも食事はどうしてるんだ?」

「庭園に自家栽培している野菜を食べています」

「え、それで野菜だけ?」

「栄養はそれで十分ですから」

「じゃあ今から食べる夕飯は口に合わないかもな……」


 俺はうーん、と顎に手を当てて唸る。


「いえ、食べせさせてください。この世界の食事が気になります」


 しかしセレーネは首を振った。


「でも……」

「菜食主義というわけではないので大丈夫です。エルフはそんなにやわではありませんよ」

「そ、そこまで言うなら……」


 俺はセレーネに押し切られた。

 セレーネをダイニングのテーブルにつかせた後、台所でお湯を沸かす。

 その時に気がついたのだが、学校から留守電が入っていた。

 恐らく担任からだが……まぁ無視しておこう。単なる勘だがろくな事ではない気がする。

 そして数分後。


「どうぞ」


 セレーネの前にカップを置く。


 俺が出したのはカップ麺だった。

 残念ながら俺の家事スキルは壊滅的なので、料理はいつもこれくらいの簡単なもので済ませている。


 体力があればスーパーやコンビニに野菜とか栄養の整った弁当を買いに行くのだが、今日は疲れているから仕方がない。


 でも綾姫に怒られそうだから明日は野菜をしっかり摂ろう。

 セレーネは箸なんて使ったこと無いだろうし、フォークを置いている。


「これは?」

「カップ麺っていう食べ物だよ。お湯を注ぐだけで調理できるからつかれたときにはよく食べてるんだ」

「なるほど、お湯を注ぐだけで。便利な食べ物があるんですねこの世界は」


 でも、今更ながら日本に来て初めての食べ物がこれで良かったんだろうか。

 先ほどセレーネが紅茶を飲んでいたときにも感じたが、所作に品がある。

 こんな庶民の食べ物でセレーネの舌を満足させられるのかどうか……。


「食事の前の挨拶はあるんですか?」

「え、ああ、いただきます、かな」

「ではいただきます」


 セレーネはそう言ってフォークを手に取り、麺をくるくると巻き取ると、口に入れた。


「っ!」


 その瞬間、セレーネが目を見開いて固まった。

 耳もピーン! と伸びている。

 そして硬直から解かれると、パクパクと口に入れ、すぐにカップ麺を平らげてしまった。


「どうだった……?」

「……非常に美味しいかったです」

「それは良かった……」

「ですが」

「え?」

「これを毎日というのは、少々塩分が多いのではないでしょうか? それに人間のあなたには栄養が不足しているでしょう。とても健康的な食生活とはいえないと思います」

「う、それは……」


 俺は痛いところを突かれて言葉を詰まらせる。


「はぁ……仕方がないですね。明日からは私が食事を作ります」

「……え?」

「勘違いしないでください。これはあくまで主人の栄養管理です。栄養不足で体調を崩されても困りますから、それだけです」

「いや、それは分かってるけど。それ以外にないし」

「……たしかにそうですね」


 セレーネはちょっと目をそらした。

 あれ? そう言えば自然と一緒に住む流れになったな。

 まあ良いか。


「でも、良いの? 毎日食事を作ってもらうなんて……」

「別に良いですよ。この世界の食文化に少し興味が湧いてきたので」


 正直、ありがたい申し出だ。

 俺は料理なんて出来ないし、最近は自分でも栄養面はやばいと思いつつも目をそらしてきたので、セレーネが料理してくれるのはかなり助かる。

 それに、人の手料理に飢えていたところでもあるし。

 その時、電子音のメロディが流れてきた。


「これは?」


 セレーネが首を傾げる。


「さっきお風呂を沸かしておいたんだ。浴槽にお湯が溜まったことを知らせる音だよ」


 いつもはササッとシャワーで済ませるのだが、今日はゆっくり疲れを取りたい気分だったのでお湯を入れたのだ。


「そうだ、先に入る?」

「あなたはお疲れなのでは?」

「良いよ、お客さんだし今日は一番風呂に入ってくれ。俺は先にセレーネの部屋を用意しないとだし」

「そう言うならお先にいただきます」

「じゃあ脱衣所に案内するよ」


 俺はセレーネを脱衣所に案内する。

 何かを忘れていたような気がしたが、まあ問題ないだろう。


「ここが脱衣所で……あっ」


 脱衣所の扉を開けて──俺は後悔した。


「どうやら、必要なのは栄養管理だけではなさそうですね」


 大量に積まれた洗濯物を見て、セレーネはそう言った。


「これは、その……たまたま溜まってただけで、いつもはちゃんと洗濯できてるんだけど……」

「まったく……あなたは私がお世話しないと駄目そうですね」


 言葉とは裏腹に、セレーネの耳はぴょこぴょこと動いていた。

 口元はちょっとニヤけてる。


「え、それ怒ってるのか喜んでるのどっち……」

「なんですか?」

「いえ、なんでもありません」


 ジロリと睨まれたので、俺はすぐに謝った。


 こうして、今日からセレーネが家に住むことになった。

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