挑発の代償
(何言ってんだこいつ……?)
段田の言葉を聞いて、一番最初に俺が抱いた感想はそれだった。
「決闘……?」
眉根を潜めていると、段田は更に口の端を吊り上げる。
「SSSレアアイテムをかけて俺と勝負だ! 俺が勝ったらお前のSSSレアアイテムをもらう!」
「……は?」
もう一度聞いても意味が分からなかった。
しかし段田は俺の目の前で仁王立ちでニヤリと笑みを浮かべているし、段田の仲間も勝ち誇ったような表情を浮かべてる。
「……ちょっとまってくれ」
「ハッ、ビビってんのか!?」
「そうじゃなくて……なんで俺が決闘しないといけないんだ?」
「はぁ?」
「決闘するメリットも理由も俺にはない。お前と決闘するよりダンジョンに潜ってた方が金を稼げるし、時間の無駄だ。それとSSSレアアイテムは俺のものだ。勝手に勝負の景品にしないでくれ」
神王鍵は俺のものだし、勝負の景品にするつもりは毛頭ない。
「分かったらどいてくれ。待ち合わせがあるんだ」
俺は段田の横を通り過ぎようとしたが。
「待て!」
しつこく段田が俺を引き止めてきた。
ため息をつきながら段田を睨みつける。
「なんだよ……」
「お前のSSSレアアイテムは俺等が潜ったダンジョンで手に入れたんだろ。なら俺達にもその所有権を主張する権利がある」
冒険者のルールとして、ドロップした魔石や素材はパーティー全体に所有権が発生するというものがある。
段田はそのルールにより自分に正当性があると主張したいらしい。
だが、それは筋が通っていない。
「俺がSSSレアアイテムを手に入れたのはお前らが俺をパーティーから追放した後だ。よってお前らには主張する権利はない」
「俺達のパーティーからお前が追放されたのはギルドの手続き上で日付が変わったときだ。お前がSSSレアアイテムを手に入れたとき、お前はまだ俺のパーティーにいた」
俺は面倒くさいな、とため息を付いた。
たしかにギルドの事務手続きの問題で、俺がパーティーから追放された正確な時間は日付が変わった頃だ。
どうやら段田はその手札で自分にもSSSレアアイテムの所有権があると主張したいらしい。
こうやって自分にも権利があると思い込ませ、無理やり決闘に持ち込む気だろう。
悪知恵だけははたらく奴だ。
だが、そうくるなら俺にも打つ手はある。
「SSSレアアイテムが出たのは俺のスキルの『ガチャ』からだ。所有権が発生するのはドロップ品だ。ダンジョンのドロップ品じゃない以上、お前らに所有権は発生しないし、主張する権利もない」
これは、俺がギルド長に商談を持ちかけた日に質問して教えてもらったことだ。
もしも段田が俺の神王鍵に所有権を主張し始めたときに面倒臭いので、対処法を考えていたのだ。
「くっ……だけどな、ガチャから出たアイテムがドロップ品とは違うという明確は規定はない! ガチャから出たアイテムだってドロップ品と解釈する事もできる!」
俺は眉根を顰めた。
段田が考えたとは思えないようなセリフだ。
この理屈は本当にこいつが考えたのか?
「俺のスキルのガチャは自分の魔力を消費してアイテムを獲得するスキルだ。ダンジョンのドロップ品とは明確に区別できる」
「魔力を使ってるんなら、その魔力を回復するポーションは俺達のパーティーから出たものだ!」
「お前らから魔力回復ポーションを支給された事実はない。回復ポーションも報酬として受け取ったもので、そこにお前らの所有権はない。どちらにせよお前らは追及なんてできない」
「ぐっ……」
段田が言葉をつまらせたのを見て、俺はそもそもの問題を問いかける。
「そもそもの話として、決闘するんなら代価はあるのか? SSSレアアイテムと等価値のアイテムが。まさか、俺にだけリスクを背負わせて決闘してもえると思ってるじゃないよな?」
そう、俺が決闘に神王鍵を賭けるなら、もちろん段田も同じ価値のものを賭けなければならない。
段田がそんなものを持ってるとは思えない。
「それは……」
予想通り段田は目を泳がせる。
「はぁ……時間の無駄だったな」
こんなことなら無視して無理やり中に入ればよかった。
しかし段田はなおも食い下がる。
「待て! 俺は自分の全財産を賭けてやる! それでどうだ!」
「だから全く対価になってないって……」
もうだめだ、こいつと話しても無駄だ。
「なんだなんだ」
「アイテムを巡って喧嘩らしい」
ギルドの入口で騒いでいるせいで冒険者も集まってきたし、ギルド長との約束もある。
早く中に入りたいのだが段田とその仲間が入口を塞いでいるせいで入れない。
その時だった。
「おい、私のギルドの前で何をしている」
「ギルド長……なんでここに!?」
入口から出てきたのはギルド長だった。
ギルド長の背後には受付嬢がついている。
仕事に忙殺されているせいで、滅多にロビーに出てこないギルド長がここにいることに段田は驚愕する。
「なに、約束があるのにいつまで経っても待ち人が来ないのと、ギルドの入口を塞いでいるバカがいると聞いてね。もしやと思い来てみただけだが……案の定だったな」
ギルド長は口から煙草の煙を吐いて、段田を睨みつける。
「貴様は何をしている。誰の許可を得てここの扉を塞いでいるんだ。ここはお前の私有地ではない、どけ」
ギロリと睨めつけるギルド長の圧に、段田は気圧される。
そして後ろによろめき、道を開けた。
「星宮くん、行こうか」
ギルド長が顎をくい、とギルドの中へと向ける。
俺は段田たちの横を通り抜けギルドの建物の中へと入った。
「はい。遅れてしまってすみません」
俺は約束の時間に遅れてしまったことをギルド長に謝罪する。
「気にしなくて良い。馬鹿に絡まれたのだろう」
ギルド長は肩を竦める。
「嘘だろ、ギルド長の待ち人ってまさか……」
「なんであんな奴が……」
段田とその仲間が信じられない顔で俺のことを見てくる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいギルド長!」
段田がギルド長に噛みついていた。
「……なんだ」
ギルド長は面倒くさそうな顔で振り返る。
「なんで邪魔するんですか! 基本ギルドは冒険者同士の揉め事には介入しない約束でしょう!」
「彼は特別だ。私との約束がある」
「特定の冒険者だけ特別扱いするんですか! それは不平等です!」
「その通りだな。だが、それがどうした?」
「なっ……!?」
全く動じず段田の目を見つめ返すギルド長に、段田は後ずさる。
「なぜ私が星宮くんを特別扱いし、君を特別扱いしないのか、理由を教えてやろう。それは単純に君よりも星宮くんの方が金を生むからだ」
「か、金って……」
「金は最も重要な価値尺度だ。君は確かにユニークスキルを持っているし、将来金を生むだろう。しかしそれは星宮くんが生み出す金に比べれば、ただのはした金でしか無い。所詮、『剣闘術』など他のスキルでも代替できる程度のユニークスキルだ。どちらが重要か、簡単な話だろう?」
「なん……っ!?」
自身のユニークスキルを馬鹿にされた段田が顔を真っ赤にするが、ギルド長は煙草の煙を吐き出し話を切り上げる。
「理解できたか? こうしている間にも星宮くんが生み出す金が減っていく。私に相手して欲しくば金を稼いでくることだ。ま、無理だろうがね」
「ふ、ふざけ……っ」
「これ以上私の手を煩わせるなら、それ相応のペナルティを課す。それでもいいのか?」
「ぐ……っ!!」
段田は青筋を立てるほど怒り狂い、ギルド長を睨みつける。
だがペナルティをつけると言われた以上何も言えないのか、ただ睨みつけているだけだった。
もう何も言えないだろうと俺とギルド長が踵を返したところで。
「星宮ぁっ!!! この腰抜けが!!」
段田が背中に向かって叫んできた。
「そうやって逃げるのかこの『負け犬』が!! 勘違いするなよ!! ここで逃げたところでお前が『負け犬』だってのは変わらないんだからな!!!」
安い挑発だった。
ギルド長に何も言えなくなったから俺を怒らせようという魂胆が見え見えだった。
だが、どうしても聴き逃がすことのできない単語が混ざっていた。
「……なんだと?」
俺が振り返ると、段田は「成功した!」と笑みを浮かべる。
「俺が、『負け犬』だと……? そう、言ったのか……?」
「ハッ!! ああそうだよ! 決闘する勇気もねぇんならお前は『負け犬』のままだ!」
黒い感情が、湧き上がってくる。
頭を踏みつけられ、バカにされたあのときの屈辱が、怒りが、再び燃え上がり脳を焦がす。
『こいつをぶっ潰せ』と。
「……良いだろう、やってやるよ」
俺は神王鍵を取り出し、段田の下まで歩いていく。
「ギルド長、良いんですか止めなくて」
「ブチギレた冒険者を止める方法は無い。好きにやらせるしか無いさ」
後ろからギルド長と受付嬢の声が聞こえてきた。
お墨付きをもらえたならちょうどいい。
「やる気になったか!? お前みたいなFランクなんざ俺の『剣闘術』で──」
向かってくる俺に段田は喜んで剣を構える。
俺が剣を振る。
段田の構えた剣が根本から折れた。
「は?」
柄の部分だけになった自分の剣を見て、段田が素っ頓狂な声を上げる。
「お前の『剣闘術』は、武器がなくなれば体術ができる程度のスキルでしかないんだよ」
武器がなくなった段田の顔面に……拳を叩き込んだ。
「が……っ!?」
無防備な顔面に拳を食らった段田が鼻血を出して仰け反る。
俺は逃さなかった。
段田の襟首を掴んで引き戻し、腹に全力の拳を入れる。
「ごは……っ!?」
段田が空気を吐き出し、身体がくの字に折れ曲がる。
そして一本背負いの要領で地面に段田を叩きつけた。
人間は地面に叩きつけられると、しばらく息ができない。
「っ……!! っ……!!!」
「じゃあな、これでお前が今日から……『負け犬』だ」
言葉を発することが出来ず苦しみもがく段田に向かって、俺はそう言った。
あっさりすぎる決着に、周囲は静寂に包まれていた。
俺はギルド長の下へと歩いてく。
「すみませんでした。勝手に飛び出して」
「いや、構わないさ」
ギルド長は肩を竦めて、踵を返す。
そして俺は背に視線を受けながらギルドの中に入っていったのだった。
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