「俺と決闘しろ」


 俺は神王城の中に戻ってきた。


「あ、セレーネ……」

「……おかえりなさい」


 扉の前にはセレーネが椅子を用意して座っていた。

 帰ってきた俺を見て彼女が少し安堵したように目尻を下げたように見えたのは気のせいだろうか。


「その様子だと、上層を突破できたようですね」

「ああ、勝ったよ。俺はどれくらい潜ってた?」

「三日ほどです」

「そうか……綾姫、心配してるだろうな」


 今まで三日も見舞いに行かなかったことなんてなかったし、悪いことをした。


「とりあえず、風呂に入ってぐっすり寝たいな」

「……何も言わないんですか」

「え?」


 意味が分からなくて、俺は首を傾げる。

 セレーネの方を見ると、腕を抱くように掴み、目をそらしていた。


「えっと、どういうこと?」

「私は何も言えなかったとはいえ、あなたに命の危険があることを知って、何も知らせずに送り出しました。一言二言、文句を言う権利があると思います」


 そう言ってセレーネは腕を握る手の力を強める。


「……いや、別に怒るとこなくない?」


 俺は笑みを浮かべ頬をかきながらそう言った。


「……は?」


 セレーネはぽかんと口を開ける。

 そしてすぐに我に返った。


「いやいや、何を言ってるんですか。私は、あなたが死ぬかもしれないと分かっていながら、エリアボスのことを何も知らせなかったんですよ!? 私の言ってる意味がわかってます? 私はあなたを……殺すところだったんですよ」

「でも、結果的には死ななかったし」

「そういう問題じゃないでしょうっ!」


 セレーネが声を荒らげた。


「でも、俺はエリアボスのことを知ってたとしても多分行ってたよ」


 俺は真面目な顔で答える。


「っ……!」


 目を見開くセレーネ。

 俺は一日たりとも無駄にはできない。

 綾姫の命のタイムリミットまで、あと一年しかないのだから。


「それに、セレーネだって死なないように色々と助言してくれたじゃん。回復ポーションだって持っていった分全部使い切ったし、準備しろって忠告してくれなかったらクリアできてなかったと思うよ」


 セレーネが忠告してくれなかったら、俺はあのまま油断してエリアボスに挑んでいただろう。

 そして多分、準備不足でそのまま死んでた。


「だから、セレーネは俺を殺すつもりなんてなくて、逆に生きてほしいって思ってたのは分かってるよ」

「……」

「俺はちゃんと分かってるから、自分を責めないでくれ」

「……ずるいです」

「へ?」

「ずるいって言ったんです! あなたが帰ってきたら責められるつもりだったのに、それどころか自分のことは完璧に理解されてて、掻き乱されて、私の気持ちが今どうなってるのか分かりますか!」

「え、えぇ……」


 理不尽な怒られ方に俺は困惑する。

 顔が真っ赤になったセレーネが怒鳴ってくる。

 頭に血が登っているのか耳まで真っ赤だ。


「と、とりあえず落ち着いて……謝るから」

「あなたが謝る必要はありませんっ!」

「えぇ……」


 しばらく俺はセレーネを落ち着かせるのに苦労した。


***


 それから俺は家に帰って風呂に入り一眠りすると、一度ダンジョン以外のことを済ませることにした。

 三日間もダンジョンに潜っていたんだ、やるべることが溜まっている。

 まずは綾姫のお見舞い。

 ポーションは最初に作った分をすべて持たせていたので在庫が切れることは無いだろうが、顔を見せた方が良い。


「綾姫」

「お兄ちゃん」


 綾姫はベッドの上で身体を起こしていた。


「ごめんな、色々合ってこれなくて。寂しかったか?」

「もう、私だって子供じゃないんだから、ちょっとくらいお兄ちゃんがいなくても平気だって」


 子供扱いされたのが不服だったのか綾姫は頬をふくらませる。

 昔と全く変わらない仕草で、あんまり変わってないなと俺は心のなかで苦笑した。


「ほんとか? はいこれ、追加のポーションな」

「……え?」

「どうした?」

「……前も思ったけどさ、これ、どうしたの?」

 綾姫がポーションを指差す。

「ちょっと前までは毎日買ってくるのがやっとみたいな感じだったのに、こんなに沢山……なにか危ないことでもしてるの?」

 心配そうに綾姫が尋ねてくる。

 そうか、綾姫にはそう見えるのか、と俺は思った。

 ポーションは高価だし、今まで俺がここまでポーションを買おうと思ったら綾姫の言う通り、危険なことをするしかない。

「まあ、俺も少しずつ強くなってさ、安定して稼げるようになっただけだよ」

 俺は綾姫を安心させるように頭を撫でる。

「……お兄ちゃん、変わったね」

「そうか?」

「うん、今はなんていうか……昔のお兄ちゃんに戻ったみたい」

「昔の俺って……そんなに変わんないだろ」


 記憶を掘り起こしてみるが、そんなに今と昔で何かが違うとは思えない。

 しかし綾姫は首を振る。


「ううん、ぜんぜん違う。今のお兄ちゃんの目にはなんというか、自信があるもん」


 自信。たしかにそうかもしれない。


 最近までの俺は、ステータスの低さから段田のパーティーに入る前から追い出されないように常に機嫌を伺い、他人に謙ってきた。


 多分、知らぬうちに自分の自信を失っていた。


 だが、あのスケルトンナイトを自分の力で倒したことで、自分の中に決して崩れない土台のような、それさえあれば今後何が合っても立ち直れるような軸を手に入れたような気がする。


 多分、そういう意味では俺は自信を手に入れたのだろう。

 そう考えると、俺もちょっとずつ成長しているんだな。


「……まぁ、確かに自信はついたかもな」

「でも、無茶はしないでね」

「分かってるって。じゃあ、俺はそろそろギルドに行ってくるな」

「うん、行ってらっしゃい」


 俺は椅子から立ち上がり、綾姫に分かれの挨拶をした。

 もう一度頭をなでたら脇腹を殴られた。


***


 次はギルドへと向かった。


 ギルド長に直接伝えることがあるからだ。


 俺は三日間ダンジョンに潜っていたわけだが、当然その間はモンスターを狩れなかった。

 これから頑張って狩りをしようにも、魔力と時間の問題ではじめに計画していた分は稼げそうもない。


 そのことを謝罪しに行くのだ。

 すでにギルド長には連絡は入れているので、後は正直に理由を話して謝ればギルド長も許してくれるだろう。


 と、ギルドの前にやってきたのだが、そこで問題が発生した。


「なんであいつがここに……」


 段田とその仲間が、ギルドの扉の前で立っていた。


 嫌な予感がするが、ギルド長と会う時間が迫っている。


 まあ良い、無視して横をすっと通り抜ければいい話だ。

 そしてギルドの前へとやってくると。


「星宮ぁ!!」


 俺を見つけた段田が下卑た笑みを浮かべ、俺の名前を呼ぶ。

 ここで絡まれたくなかったので俺は無視して通り抜けようとした。

 しかし、段田とその仲間は俺の進路を塞ぐように目の前に立つ。


「星宮! 俺と決闘しろ!」


 そしてそんなことを言ってきたのだった。

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