モンスターダンジョン上層エリアボス

 神王城の中に入ると、セレーネが本を読んでいた。


「おはようございます。今日は早いんですね」

「おはようセレーネ。今日から一週間学校を休むことにしたんだよ」

「そうですか。それで、今日のご予定は?」

「今日はモンスターダンジョンの上層をクリアしようと思う」


 今日、俺はモンスターダンジョンの上層をクリアする。

 俺は一刻も早く一日三億円以上稼げるようにならなければならない。

 もうすでに二日も足踏みしている。

 一日でも早くモンスターダンジョンの上層を早く突破し、中層へと進まなければならないのだ。


「そう、ですか……」


 俺がその予定をセレーネに告げた瞬間、様子がおかしくなった。

 どこか動揺しているようにも見える。


「どうかしたのか……? どこか体調が……」

「……いえ、なんでもありません」


 体調が優れないのかと問いかけるとセレーネは我に返り、首を振った。


「モンスターダンジョンの上層を突破するとなると、準備が必要ですね」

「え、このまま潜るつもりだけど……」


 昨日二本使ったが、魔力ポーションはあと六本ある。

 隠密の指輪を使って魔物との戦闘を避けていけば、十分魔力は足りるはずだ。いや、有り余るだろう。

 しかし俺の言葉を聞いたセレーネは俺をキッと睨みつけた。


「何を言っているんですか。ダンジョンは何があるのか分からない場所。身の丈に余る力を手に入れて、そんな基本的なことを忘れたんですか?」


 どこか責めるような、厳しい口調だった。

 態度がきついセレーネだが、これほどまで冷たい声で責めてくることはなかった。

 初めて見るようなセレーネの表情と声色に俺は面食らっていた。


 だが、セレーネの言うとおりだ。

 確かにダンジョンは何が起こるのか分からない。

 一昨日もイレギュラーモンスターに遭遇して死にかけたんだ。

 セレーネの言う通り、神王鍵という強すぎる力を手に入れて油断していた。

 神王鍵がなければ俺はただの弱い冒険者なのだ。

 そのことを思い出せ。


「ごめん、その通りだ。しっかり準備しよう」

「はい、そうしてください」


 セレーネがいつものすまし顔に戻った。


「工房に行ってポーションを受け取ってください。もう出来てるので」

「あれ? 薬草の栽培には一日かかるって言ってなかった?」

「あなたが寝に行ったあと成長を早める魔法を使ったんです」

「なんでそんなこと……」

「それは……」


 セレーネがわざわざそんな労力を使う必要なんてないのに。

 俺の質問にセレーネは少し言葉を詰まらせると、まるで予め用意していたかのように早口で喋り始めた。


「あなたは早く強くなりたいんでしょう? その足しになればと思っただけです。せっかく久しぶりに神王鍵に人間がやってきたのに、魔力不足で死なれては寝覚めが悪いでしょう」

「セレーネ……ありがとう」


 俺がお礼を言うと、セレーネは少し頬を染めて視線を逸した。

 耳も赤くなっている。


「まだ最初なので数自体は少ないですが」

「いや、十分すぎるくらいだよ。ありがとう」


 その後、俺は工房に寄ってある限りの魔力ポーションをアイテムボックスに入れた。

 万が一のことも考えて、回復ポーションも作ってある分を全てストックしておいた。


 これで魔力ポーションは合計二十六本、回復ポーションは二十本となった。


 最後に、宝物庫に寄って装飾品を全てアイテムボックスに放り込む。

 箱の指輪に放り込んだほうが後々管理がしやすい。

 今までは後から来た俺が宝物庫の装飾品をアイテムボックスに放り込むのは、なんとなく罪悪感があって出来なかったが、どうせ俺以外には誰も使う人間なんていないんだからと開き直ることにした。

 そして全ての準備を終えた俺は、石の扉の前に立っていた。


 セレーネが確認するように、さっき言ったことを問いかけてくる。


「上層のボスを倒したら、分かってますよね」

「ああ、テレポートで戻ってくるよ」


 モンスターダンジョンだが、俺の勘違いが発覚した。

 モンスターダンジョンから安全に戻ってくる方法はないのかとセレーネに質問したところ、「普通にファストトラベルを使えば良いんじゃないんですか

?」と言われたのだ。

 ファストトラベルなんて聞いたことがなかったので質問したところ、どうやら神王鍵の中にあるダンジョンは全てその場からテレポートで帰ってこれるらしい。


 最初に聞いたとき、俺は頭を抱えた。

 普通のダンジョンに潜るときは、行きと帰りで物資や体力を配分しなければならない。

 他のダンジョンと似ていたため、無意識にその選択肢を除外していた。

 とにかく、これでどのダンジョンでも帰りの体力を考えなくても良くなった。


「じゃあ、行ってきます」

「……武運を祈ります」


 今までとは違う、送り出す言葉をかけてくるセレーネ。

 俺はそのことが少し気にかかったが、思考を振り払って進むことにした。


 モンスターダンジョンの上層の攻略は、順調に進んでいた。

 基本的に隠密の指輪で進み、どうしても遭遇してしまった時や魔石やドロップ品が高価な魔物だけ狩って、エリアボスの部屋まで進む。


「多分、この神王鍵にはカリキュラムがあるよな……」


 歩きながら、俺は気になっていたことを考える。


 セレーネの発言、そしてこの神王鍵のシステムから察するに、ここには神王鍵の所持者を育成するためのカリキュラムが存在する。


 まずは問題に直面させ、どうすればその問題を解決できるのかを考えさせる。そしてそれを何回も繰り返し、どんどんと所有者を強化させていく。


 ここにはそういう流れが存在する。


 そもそもの神王鍵の目的が所有者を育成することなので、この推測が間違っているとは思えない。

 つまり、今回のモンスターダンジョン上層のエリアボスも……。


「到着したか……」


 目の前に大きな扉が現れた。

 両脇に炎の明かりが灯されており、怪しい雰囲気を放っている。

 俺はその扉を開け、中に入って行く。

 扉の中は円形状の広場になっていた。


 ここ数日で何度も見た光景だ。


 そして広場の真ん中には、一人の人間が立っていた。

 鎧を全身にまとい、地面に剣を突き立てている。

 騎士のような風貌だが……その鎧の奥には骨が見えている。


 中に入っているのは人間ではなくスケルトンだ。

 こいつの名前はスケルトンナイト。

 Dランクモンスターだ。


「これがエリアボスなのか……?」


 高ランクモンスターしか出てこないモンスターダンジョンと、エリアボスのランクのギャップに俺は眉根を顰める。

 何か仕掛けでもあるのかと部屋の中を見てみるも、不審な点は見当たらない。

 あるとすれば、スケルトンナイトを中心として床に半径五メートル程の円が描かれているくらいだろうか。


 そして俺が部屋の中へと入った瞬間。

 音を立てて扉が閉まった。

 イレギュラーモンスターに遭遇したときのことがフラッシュバックし、俺は急いで扉に駆け寄る。


「まさか……! クソ、開かない。閉じ込められた……!」


 俺は全力で押すが、扉はびくともしなかった。


「……いや、落ち着け。大丈夫だ」


 深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 そうだ、あのときと違って相手はDランクのスケルトンナイト。それにこっちにはドラゴンすら一撃で倒した運命切断という武器だってある。


 まだ慌てる状況じゃない。


 ……そのはずなのに、なぜか違和感を感じる。


「……とりあえず、スケルトンナイトを倒すか」


 俺はスケルトンナイトに向き直る。

 何かがおかしい気がするが、こいつを倒さないと前に進めず、帰ることもできない。


 俺は床に描かれた円の中に踏み込んだ。

 するとスケルトンナイトが地面から剣を引き抜いた。


 俺は運命切断をスケルトンナイトの首に放とうとした。


 しかし。


「……発動しない?」


 神王鍵が反応しない。

 魔力はあるはずなのに運命切断が放てない。


「どういう……ッ!?」


 その瞬間、スケルトンナイトが目の前で剣を振りかぶった。

 俺は反射的に神王鍵でその斬撃を防いだ。

 金属がぶつかる音とともに、俺の腕に強い衝撃が加わってきた。


「ぐ……ッ!!」


 俺は弾き飛ばされた。

 地面を転がる俺に、スケルトンナイトは追撃するように追い打ちを欠けてくる。

 横薙ぎが迫る。


「く……っ!!」


 俺は尻もちをついたまま、剣を立ててガードした。

 しかし剣はスケルトンナイトの横薙ぎで弾き飛ばされる。


 火花が散った。

 体勢を崩され、正面ががら空きなった俺にスケルトンナイトが剣を振りかぶる。


 濃密な死の気配。


 だが、その時スケルトンナイトの手が止まった。

 そしてスケルトンナイトは剣を下ろすと、元いた位置へと戻っていく。


「どうして……」


 なぜスケルトンナイトの攻撃が止まったのかと、俺は原因を探る。

 すると俺の左手が床の円の外についていた。

 俺がスケルトンナイトの横薙ぎの剣を防いで体勢が崩れた拍子についた手だ。


「少しでも円の外にいれば攻撃してこないのか……?」


 俺は立ち上がり、円の外に出る。

 そして神王鍵を確認する。

 やはり反応がない。この部屋では運命切断が使えなくなっている。


 そこで、全てが繋がった。


 ランクに見合わないモンスター。使えなくなった神王鍵。そしてセレーネの言動。

 ──ここには、カリキュラムのようなものが存在する。


「はっ、まじかよ……」


 思わず口から乾いた笑いがこぼれ出た。

 俺はこのエリアボスの意図を理解した。


「運命切断なしで、自力でこいつを倒せってことかよ……!!」

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