下卑た笑み

 騒動のあと、教室に残るもの居心地が悪くなったので俺と白鷺先輩は人目の少ない屋上へと来ていた。


「話ってなんですか?」


 白鷺先輩普段、学校で俺に話しかけてこない。

 俺のようなFランク冒険者と、学校の有名人であるSランク冒険者の白鷺先輩が話していると悪目立ちするからだ。


「その、昨日のことなんだけど、ごめんね」

「昨日のこと……?」

「星宮くんの運命を占ったとき……」

「ああ、そういうことですか」


 俺は白鷺先輩が何を言いたいのかを理解した。


「ごめんね、私が変なことを言ったから……」

「それは違います。白鷺先輩は悪くないです」


 俺たちが頼んで占いをしてもらったのだ。

 俺は白鷺先輩の占う方法も、悪い結果になることも承知の上で占ってもらったのだ。

 その結果を嗤ったのは段田たちの方で、白鷺先輩はただ占った結果を伝えたに過ぎない。

 そこは履き違えちゃいけない。

 俺だって占いの結果自体に色々な思いはあれど、白鷺先輩に恨みを抱いているわけではない。


「でも、やっぱり私のせいで……」


 眼帯のせいで表情はわかりにくいが、シュンとしているのは雰囲気から分かった。

 なんとか白鷺先輩が罪悪感を感じずに済む方法はないだろうか。


「じゃあ、代わりに俺の運命をまた占ってくれませんか?」

「え? もう一回?」

「はい、昨日と変わってないか確認したくて」


 ステータスには【運命を外れし者】という称号があった。

 これがどういうことなのか俺には感知出来ないが、もしかしたら『運命観測』というユニークスキルを持つ白鷺先輩なら何か分かるかもしれない。


「……そんなので良いの?」

「良いも何も、こっちからお願いしたいくらいですよ」


 今では知り合い以外を占うことはしていないらしいが、白鷺先輩が有名になった頃は絶対に当たる占いを求めて世界中から有名人がやってきていたらしい。

 今だって白鷺先輩に占ってもらいたい人間はごまんといるだろう。


「……分かった。じゃあ占うね」


 白鷺先輩は眼帯を外す。

 金色の瞳が露わになった。


「……え?」


 そして俺を見た瞬間、白鷺先輩はそんな声を上げた。


「…………なにこれ」

「昨日と変わってますか?」

「変わってるとかのレベルじゃない……

「見えない?」

「昨日見たときはあったのに、今は最初から運命がなかったみたいに消えてる。こんなの初めて見た……」


 白鷺先輩は目を見開いたまま不思議そうに呟く。

 運命が見えない理由について、俺には心当たりがあったが、どう説明すればいいのか分からなかった。


「……ごめん、星宮くんのこと、占えなかった」


 白鷺先輩が申し訳無さそうな声色で眼帯をつけ直す。


「ああいえ、なんとなく結果は分かってたので」

「え? 心当たりがあるの」

「はい、なんとなくですけど」

「ど、どうやったの……!?」


 すると白鷺先輩が食いついて、身を乗り出してきた。

 しかしすぐに平静を取り戻し、身体を離した。


「あ、ごめん……」

「いえ……」


 いつもは冷静な白鷺先輩には珍しい取り乱し方だ。

 白鷺先輩は咳払いをすると、いつもの調子に戻る。


「それで、その……話は変わるんだけど」


 白鷺先輩が上目がちに話を切り出してきた。


「さっき、聞いちゃったんだけど……今パーティーには、入ってないの?」

「はい、昨日段田たちのパーティーを追い出されたので」

「じゃ、じゃあ……私と一緒に組まない?」

「え?」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。


「俺が……先輩と、一緒に?」

「うん、そう」

「なんでですか、俺はFランク冒険者ですよ」


 俺は冒険者として最低ランクのFランク。

 対して白鷺先輩は冒険者として頂点に位置するSランクだ。

 俺と一緒に組むメリットが無い。


「その……前から、誰かとダンジョンに潜ってみたくて」

「それなら先輩が募集すれば沢山来るんじゃないですか?」

「う……」


 白鷺先輩はなぜかうめき声をあげて固まったあと、苦しそうに言葉を紡いだ。


「……し、信頼できる人が、良いから」

「俺の冒険者としての実力はまったく信用できませんよ」

「そうじゃなくて……! 人として」

「ああ、なるほど。そういうことですか」


 俺は納得する。

 ダンジョン攻略で信頼できない人間が仲間だと、戦闘に集中できず潜りにくくなってしまう。


「私と一緒に組まない? 私なら、星宮くんがソロでダンジョンに潜れるようになるまで、レベリングに付き合うよ?」

「うーん……」


 正直にいえば、俺にとってメリットはかなり大きい。

 Sランク冒険者である白鷺先輩とパーティーを組めば、段田たちと潜っていたよりもランクの高いダンジョンにも潜れるようになる。

 今はまだ神王鍵やレベルのことについては話していないが、正直に話せばAランクダンジョンにも潜れるようになるだろう。


 だけど、本当にそれで良いのか?

 いや、いい訳がない。


「申し出は、ありがたいです」

「なら……」


 先輩の口元が少し笑みの形になった。


「でも、俺が一人で強くならないと意味がないんです。だから、すみません。しばらくはソロでいこうと思います」

「そっか、なら仕方ないね……」


 白鷺先輩は残念そうにしつつも引き下がる。


「じゃあ、予約」

「え?」

「星宮くんが強くなってパーティーを組めるようになったとき、取られないように私が先に予約しとく」

「それは、ありがたいくらいですけど……」

「じゃあ、それでよろしく」


 先輩は満足そうに笑う。

 どうして先輩はここまで俺に良くしてくれるんだろう?

 その疑問だけが残った。


***


「調子に乗りやがって……っ!!」


 放課後、段田蓮は教室で仲間と一緒に悪態をついていた。


「星宮の奴、負け犬のあいつが俺に恥をかかせやがって……!」


 蓮は怒り任せに机を叩く。

 そして冷や汗をかきながらオロオロとしている仲間へと視線を向けた。


「お前らもそう思うだろ」

「ああ、そうだな」

「蓮の言うとおりだぜ」


 蓮の仲間はいつも通り蓮の言葉を肯定する。

 それで蓮の機嫌は回復すると思いきや……そうはならなかった。


「あいつ……今度あったら絶対にたたじゃおかない! ボコボコにして、土下座させたあとネットに公開してやる……」


 蓮はブツブツと尊に対する報復を呟いている。

 その時、スマホを見ていた蓮の仲間が「えっ」と声を上げた。


「なあ、おいこれ見たか……」


 蓮の前へとスマホを差し出してくる。


「なんだよ」


 こっちは苛ついているんだ、と顔に出しながらスマホの画面を見る。


「……なんだよこれ」


 そして画面に写っている文字に目を見開いた。


「あいつが、星宮がSSSランクアイテムの保持者……?」


 国から公開されているSSSランクアイテムの保持者の中に、『星宮尊』の名前があった。


「なるほどな……」


 蓮は顎に手を当てる。

 尊がSSSレアアイテムを持っていることに驚きつつも、納得していた。


「あいつが調子に乗ってたのはSSSランクアイテムを持ってたからか」


 そこで、蓮はとあることを思いついた。


「なあ、良いこと思いついたんだけどさ……星宮のSSSランクアイテム、奪ってやろうぜ」


 蓮はそう言って、ニタリと笑みを浮かべる。


「い、いやそれは無理だろ……」

「そ、そうだって。名簿も公開されてるんだぞ。奪っても俺らが犯人だってすぐにバレるじゃん」


 しかし蓮の仲間はそれを止めた。


 SSSレアアイテムは、基本的に売り買いできないからだ。

 世界でも少数しか存在しないSSSレアアイテムは、どれだけ保有しているかで国の国力に直結するからだ。

 たとえ所有者が売りたいと思っても売却先は国内のみに制限され、間違っても他国に買われないように国の管理の下、売買が行われる。

 SSSランクアイテムの所有者の名簿を公開しているのも、盗難などが発生した場合に国内外で売れないようにするためだ。


 だからこそ蓮の仲間は止めたが、蓮は尊への怒りで頭が一色に染まっていた。


「大丈夫だって、合意があればいいんだろ……? 俺のユニークスキルでボコってやれば、すぐに渡したくなるって」


 蓮は仲間にそう言って、もう一度下卑た笑みを浮かべるのだった。

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