売られた喧嘩は買う
翌日、俺は高校に行くことにした。
気持ち的には素材集めをしたかったのだが、少なくとも一日は草が生えてくるのに時間がかかるらしい。
後はもう一つ高校に用事があるため、渋々俺は登校しているのだった。
といっても時間を無駄にするつもりはない。
授業の時間はこれからの計画を立てるのに使うとして、昼休みは……人のいないところで神王鍵に入るか。
高校に来た俺は直接職員室へと向かい、書類をもらう。
もらったのは冒険者用の休み届け。
ダンジョンが出来て三十年、学生でも冒険者になれる今では、冒険者としての活動は学校でも単位扱いされている。
冒険者としての活動でなら、一週間程度なら簡単に休みをとれるのだ。
それにすぐに記入して俺は担任に提出した。
「先生、休み届けお願いします」
「星宮か。ダンジョンに潜るのか?」
「はい」
「妹さんのことは知ってるが……お前はあまり冒険者に向いてないんだから」
「ご心配ありがとうございます。でも毎日のポーション代を稼がないといけないので」
一見、この担任は俺のことを心配してくれているように見える。
俺の事情もよく知っているし、それに沿った忠告もしてはたから見れば良い担任だろう。
だが、教室での俺を知っていて見過ごしている。
段田に毎日のように嫌がらせされている俺のことをだ。
この担任は極端まで事なかれ主義であり、この心配しているような口調も俺がダンジョンで怪我して入院するようなことがあれば問題になるから、それを避けたいだけだろう。
一応、生徒指導という立場のはずなのだが。
正直顔も合わせたくないのだが、機嫌を損ねて休みを取れないと困るので、一応笑顔で返事をしておく。
「そ、そうか……まあ、あまり無理はするなよ」
そうして担任は俺の休み届を受理した。
俺は教室へと戻る。
すると、がやがやと騒ぐ声が聞こえてきた。
「それでさー、まじでみっともねぇのあいつ」
「だよな、いきなり土下座とかしてまじで笑ったわ」
「背中に掠っただけでピーピー泣いてさ、情けなかったなあ」
声のトーンで、段田たちがまた俺をバカにしているのだと分かった。
いまごろクラスの女子達に向かって昨日のことを自慢話をするように話しているのだろう。
扉を開けると、案の定段田たちは女子に囲まれていた。
冒険者適性がない人間にとっては、冒険者というのは一種のヒーローのような職業に見えるらしい。
そのため冒険者の中でも将来を有望視されていて、顔もいい段田たちはクラスの人気者だった。
「あ、来た来た」
段田がこっちへと嘲笑の視線を向ける。
すると段田の周りにいる女子はクスクスと鼻で笑った。
いつもならここでヘラヘラと薄っぺらい笑みを浮かべているが、パーティーを追放されているためもう段田たちのご機嫌を伺う必要は無い。
その視線を無視して俺は自分の席に座った。
それよりも昨日集めた素材の買取価格をスマホで調べることの方が重要だ。
昨日は記憶に基づいたざっくりとした計算しか出来てなかった。
そうこうしていると俺が無視したのが意外だったのか、段田たちの視線を感じた。
しかし俺はそれすら無視した。
***
事件が起こったのは昼休みの時だった。
「おい、星宮」
昼食を買いに購買に行こうとすると、段田がいきなり俺のところへとやってきた。
背後には段田の仲間も控えている。
俺はスマホを見ているふりをして、とある操作を行った。
「なに?」
俺は面倒くさかったが無視するのも面倒が多そうだったので、しかたなく返事をして振り返る。
クラスメイトは張り詰めた空気を感じ取って、同時に教室がしんと静まり返る。
俺と段田に教室中の視線が集まった。
段田たちはニヤニヤと笑みを浮かべながら俺の前に立つ。
「お前さ、ここで土下座しろよ」
「は?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
「ここで頭を床にこすりつけて土下座しろよ。そしたらパーティーに戻してやるかどうか考え直してやる」
段田の後ろで笑う仲間を見て、俺は理解した。
(こいつら、俺を教室で土下座させて笑いものにするつもりか)
昨日こいつらの前でパーティーの追放だけは勘弁してほしいと土下座したから、パーティーに戻るためにまた土下座すると考えているのだ。
そして実際、昨日までの俺ならここで段田に土下座する以外の選択肢はなかった。
綾姫の命がかかっているのだから。
だが、今の俺はもうこいつらのパーティーに戻る必要がない。
それに、土下座したところで結局パーティーに戻すつもりはないんだろう。
こいつらは俺をバカにして、絶望する顔が見たいだけなのだ。
「べつに、戻りたいと思ってないからしないけど」
「……は?」
段田が眉根をひそめる。
「そろそろ昼飯買いにいくから、もういい?」
適当に話を切り上げて俺は踵を返そうとする。
しかし段田がそうはさせなかった。
「ちょっと待て!」
段田が俺の肩を掴んで止める。
「お前、俺の提案を断れると思ってんのか? 逆らったらもう二度とパーティーに戻る機会がなくなるんだぞ」
「だから、パーティーに戻りたいなんて思ってないから土下座しないって言ってんだよ。話聞いてんのか?」
「てめっ……!!」
俺の言い方が気に触ったのか、段田が拳を振りかぶって殴りかかってきた。
教室から小さく悲鳴が上がる。
しかし俺はその拳を受け止めた。
今までの俺では受け止めることすら出来なかっただろう。
だが俺の今のレベルは曲がりなりにも54レベル。
段田はたしか31レベルだったので、ステータスはほとんど同じか少し俺が劣っている程度だ。
段田の拳を掴んだまま、俺は睨みつける。
「俺がいつもみたいに媚びへつらうと思ったか? 残念だけど、俺はもうお前に二度と頭を下げることはしない」
「お前、喧嘩売ってんのかっ!!」
「売ってんのはお前だよ」
もう段田のご機嫌を伺う必要も、綾姫のポーション代を稼ぐために我慢する必要もない。
つまり、売られた喧嘩は買う。
俺は今、こいつらに徹底的に舐められている。
そして、舐められたやつはとことんまで踏みにじられることを、昨日屈辱と共に身をもって学んだ。
だから、昨日までの俺とは違うことをこいつらに認識させないといけない。
箱の指輪だけは嵌めているから、いつでも全力で戦う準備は出来ている。
念のためにスマホのカメラで録画してるから、先にあっちがしかけてきた証拠もある。
冒険者に襲われた場合、正当防衛として戦うことは法律で認められている。
段田の仲間も戦闘態勢に入り、俺は神王鍵を取り出そうとしたときだった。
「何をしてるっ!!!」
騒ぎを聞きつけたのか、担任が入ってきた。
俺は段田の腕から手を離す。
「これは一体何事だ!!」
「星宮がいきなり殴りかかってきたんです!」
「そうです! 何もしてないのにあっちが殴ってきて……!」
段田たちが嘘の証言を担任に言った。
「違います。喧嘩を売られたのは俺で……」
「星宮っ、言い訳をするな!!」
担任は不自然に俺の言葉を遮った。
「だから、俺は何もしてなくて」
「嘘をつくな! 証人がいるんだぞ!!」
俺の弁明は取り尽く島もなく却下される。
(いや、そりゃ仲間なんだから段田に有利な証言をするでしょうよ)
担任の分かりやすい態度に俺は心のなかで呆れたため息を付いた。
要は、担任は段田に肩入れすることを選んだらしい。
というか、前からずっとはっきりと態度に出さないだけで段田に肩入れしていた。
正直、担任が俺を切り捨てようとすることは予想していた。
将来有望な段田と、冒険者として箸にも棒にもかからない俺。
担任に対してどちらが大きな利益を落とすのか、といえば間違いなく段田だろう。
段田と仲間たちは俺に勝ち誇った笑みを向ける。
「あの、こっちには……」
俺が動画を見せようとしたところで、俺に助けが入った。
「星宮くんは、先に手を出してません」
透き通ったクリアな声。
銀髪と異様な雰囲気を放つ黒い眼帯。
そこに立っていたのは白鷺先輩だった。
「し、白鷺……」
担任は白鷺先輩の登場に少し気圧されている。
「星宮くんは被害者です」
「だ、だがな……」
日本でも少数しかいないSランク冒険者である白鷺先輩の言葉は、担任の性格上無視できない。
しかし他の生徒の手前発言を撤回するのも決まりが悪いと思ったのか、担任は目をそらす。
「先に手を出したのは段田くんの方でした。私が見ていました」
「……そうか、白鷺がそう言うならそれを信じよう」
「は、先生!?」
段田たちは驚いた顔で担任を見るが、おかしなことじゃない。
担任はより利益のある方に肩入れしただけだ。
ただ、これから段田に肩入れされることがあったので、少し釘を刺しておこう。
「先生、これを見てください。さっきの録画です」
「これは……!!」
「ちゃんとこっちの話も聞いてくださいね」
脅しとして弱いようにも見えるが、こっちが証拠を残すということを担任に学ばせることが目的だ。
これからは少なくともこんな無闇矢鱈に肩入れはできなくなる。
「だ、段田! 問題行動するんじゃない!」
担任は居心地が悪くなったのか、段田に注意だけすると颯爽と職員室まで逃げ返ってしまった。
「くそっ……!! 覚えてろよ……!!」
「あっ、おい……!」
「待てよ段田……!」
勝てる状況から一気に覆された段田は額に青筋を立てながら俺を睨むと、教室から出ていった。
その後を段田の仲間が追いかけていく。
教室の空気が弛緩する。
「あの……星宮くん」
「白鷺先輩?」
すると白鷺先輩が声をかけてきた。
そういえば、どうして一年生の廊下を通ってたんだろう。
「このあと、時間あるかな……?」
「ありますけど……」
「少し、お話しない……?」
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