SSSレアアイテム:『神王鍵』

「うおああああああッ!!!」


 全力を込めてゴブリンの頭蓋に短剣を叩き込む。

 ゴブリンは小さな悲鳴を上げて塵となっていった。

 後には小さな魔石だけが残される。

 その時、目の前にウインドウが表示された。


『おめでとうございます! 12レベルにレベルアップしました!』


 久しぶりのレベルアップの知らせを、俺は無感動に眺めていた。


「これで十二匹目……」


 魔石を拾い集め、ダンジョンの隅に落ちていたのを拾った巾着に詰め込む。


「こんなんじゃ全然足りない。もっと経験値がいる……」


 俺は人よりもレベルアップによって上がるステータスの幅が小さい。

 だからこそ、誰よりもモンスターを狩って経験値を稼がなければならない。

 すでに十二匹ゴブリンを狩っているが、幸いにも巾着にまだまだ余裕がある。

 経験値を求めて俺はダンジョンの中を歩いていった。

 しばらくすると、目の前に巨大な扉が現れた。


「なんだこの扉……? こんなのあったっけ」


 事前にこのダンジョンの情報を調べていたが、その中にはこの扉の情報なんてなかった。


「まさか……宝物庫?」


 宝物庫。

 それはダンジョンにまれにランダムで生えてくる部屋だ。

 扉を開けるとなかは金銀財宝で溢れかえっており、その中には一億円以上もする、超高価なマジックアイテムなどが混じっていることもあるという。

 今の俺の装備ではすべての財宝を持ち帰ることはできない。

 だがそのマジックアイテムだけでも持って帰ることができたなら……。

 俺はごくりとつばを飲んだ。


「……よし、危なければ引き返す。それでいい」


 俺は自分に言い聞かせて扉に触れた。


 ──その直後、俺はその選択を後悔することになる。


 石の扉には魔法でもかかっているのか、俺が押すとひとりでに開いていった。

 扉が開き部屋の中へと俺は入っていく。


「あれ、なにもない……?」


 部屋の中は大きな広間になっているだけで、俺が望んだ金銀財宝などは一つもなかった。


「はぁ……ハズレ部屋か、もしくは先客が全部持っていったな。ついてない……」


 ため息をつきながら踵を返し、宝物庫から出ていこうとしたその時。

 バタン。

 扉が閉まった。


「は? ……おい、どういうことだよ!」


 俺は扉に駆け寄り、扉を開けようとした。

 しかしさっきと違って、いくら押してもびくともしない。


「なんだよこれ……」


 その時、背後で何かが燃えた。

 振り返ると、広間の中央に大きな炎が燃え盛っていた。

 そしてその炎の中から、赤い巨体が姿を現す。


「嘘だろ……」


 思わずそう呟いてしまった。

 なぜなら、炎の中から出てきたのは──レッドドラゴンだったからだ。


「な、なんでこんなところにドラゴンが……!? そうか、イレギュラー……!!」


 レッドドラゴンはBランク以上のダンジョンに生息する、ボスモンスターだ。

 本来なら、ドラゴンがD級のダンジョンにいるわけがない。

 だが、ダンジョンでは何が起こっても不思議ではない。

 本当に極稀に、こうしてそのダンジョンの適正レベルをはるかに凌駕したモンスターが出現することがあるのだ。

 そして最悪なことに、イレギュラーモンスターの「そのダンジョンの適正レベルを遥かに凌駕したモンスターが現れる」という性質上、遭遇した冒険者は、大抵が死ぬか大怪我を負っている。

 今回はこの部屋も含めてイレギュラーということだろう。


「くそっ、どうする! どうする……!」


 この部屋からは逃げられない。

 隠れるような場所もない。

 残る選択肢は……。


「やるしかない……ッ!」


 俺は短剣を鞘から抜き放つ。

 どれだけ無謀に見えてもやるしかない。

 俺はここで死ぬわけにはいかないのだから。


「う、おおおおおおおっ!!」


 自分を鼓舞するように雄叫びを上げ、ドラゴンへと走る。

 そして左前足へと近づき、短剣を思い切り足へと刺した。

 しかし……。


「……あ」


 パキン。

 ドラゴンの鱗はただの短剣なんて通さず、逆に短剣の方が折れてしまった。


 俺は後ずさる。

 上を見てみれば、ドラゴンの瞳が俺を捉えていた。


 次の瞬間、左前足で俺は吹き飛ばされた。


 多分、それはドラゴンにとっては攻撃ですらないただの動作だった。

 人間が羽虫を手で払うような、ただそれだけのことだった。

 だが俺にとってはトラックに跳ね飛ばされたのに等しかった。

 壁に叩きつけられ、崩れ落ちる。


「カハ……ッ!?」


 肺の空気が全部絞られるような感覚。

 ドラゴンがこちらに身体を向け、ゆっくりと近づいてくる。


「ヒッ……」


 逃げなきゃいけないのに、恐怖と痛みで竦んで身体が動かない。

 こんなところで死ぬのか、俺?

 誰にも気づかれずに、イレギュラーモンスターに遭遇した不幸な冒険者として。


 まだ段田たちを見返してすらないのに。

 そんなの……。


 その時、脳裏に白鷺先輩の「冒険者としてすべての運命が『負け』に繋がっている」という言葉がフラッシュバックした。


「ふざ、けるな……ッ!!!」


 俺は全身の力を振り絞って立ち上がる。

 脳みそが煮えくり返りそうな怒りとともに。


「全員ぶっ潰してやるッ!!! 俺を馬鹿にした全てを!!! 運命とかいうお前も!!!」


 何が負け犬の運命だ。

 運命なんて知るか。

 俺は自分が負け犬だなんて認めない!


「負け犬の運命なんて、そんなもの俺がぶち壊してやる……ッ!!」


 俺はユニークスキル『ガチャ』を発動する。

 魔法陣が俺の目の前に現れた。

 目の前にはすでにドラゴンが迫ってきている。

 このとき、俺は『ガチャ』からいいアイテムが現われろ、なんて考えていなかった。


 狂気的に、ただ一心に。


 ただ、「来い」と、それだけを考えていた。


「来い……ッ!!!」


 魔法陣に手を突っ込む。


 ──その瞬間、俺は魔法陣の中で確かに何かが割れるような音を聞いた。


 手に掴んだものを勢いよく引き抜く。

 そして、すべての力をこめてそれを振り抜いた。


「ああああああッ!!!!」


 ──ドラゴンの首が、切れていた。


 それどころか空間に刃物で切ったような跡が走っている。

 次の瞬間轟音とともに、その亀裂に向かって空気が流れ込んだ。

 暴風が吹き荒れる。


「く……っ!」


 俺は風で飛ばないようになんとか柱にしがみついた。

 しばらくして暴風が収まり、俺は顔をあげる。


「……なんだよ、これ」


 俺が視線を向けたそこには。


 首を一刀両断され、今まさに塵と化しているドラゴン。


 手にどこか神聖さを感じさせる、白く輝きを放つ剣。


 そして目の前に表示されたウインドウ。

 そこに書かれていたのは。


『おめでとうございます! あなたは運命を打ち破り、SSSレアアイテム:『神王鍵』を手に入れました!!』


 という文章だった。

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