「負け犬」の運命

 冒険者は迷宮で魔物を狩る。

 魔物は死ぬと身体が灰のような塵となり、魔石を残していく。

 魔石の大きさは魔物によって様々だが、冒険者自身が持つと荷物になったり、戦闘の邪魔になる。


 そのため回収した魔石を持つための人間を雇うことが多い。

 それがバックパッカーだ。

 だがこの職業は命の危険がある割に戦闘には参加しないため、報酬も他のパーティーのメンバーと比べて少なくされやすく、基本的に人気がない。

 だからこそ、一人で戦えない俺にはこの仕事しかない。

 このバックパッカーという役割で毎日のポーション代を稼ぐしかないのだ。


「段田たちは……まだ来てないのか」


 翌日、俺はバックパックを担いでダンジョンへとやってきたのだが、まだ待ち合わせ場所の入口の前には段田たちが来ていなかった。

 そろそろ約束の時間なのだが、全く来る気配がない。

 まあ、こうやって放置されるのも日常茶飯事だ。気長に待とう。

 そうしてダンジョンの入口付近で時間を潰していると、不意に周囲の空気が変わった。

 どうやらダンジョンから出てきた人物が注目されているようだ。

 俺はその顔に見覚えが合ったので、名前を呼んで近づいていく。


白鷺しらさぎ先輩!」

「星宮くん」


 輝く銀色の髪に、均整の取れた身体。


 しかし両目を覆うようにつけた黒い眼帯が異様な雰囲気を放っている。


 彼女の名前は白鷺朝陽しらさぎあさひ

 俺の高校の三年生であり、日本にも数少ないSランク冒険者の一人だ。

 本来なら俺みたいなFランク冒険者は会話すらできないような高嶺の花だが、俺と白鷺先輩は顔見知りだった。


「白鷺先輩は今潜ってきたところですか?」

「そう……ちょっと身体を動かしに」

「今日の調子はどんな感じでしたか?」

「私は良好。でも、ちょっとダンジョンの雰囲気がいつもと違った」

「ダンジョンの雰囲気ですか?」

「うん、星宮くんも潜るの?」

「はい、これから狩りについていきます。まあ、バックパッカーとしてですけど」

「バックパッカーも立派なしごと。もし潜るなら気をつけてね」

「はい、ご忠告ありがとうございます」


 いつもは眼帯をしているせいで表情がわかりにくい上に、あまり表情が変わらないので感情を読みにくいのだが、今の白鷺先輩は朗らかな笑顔を浮かべている。

 白鷺先輩と話していると、視線を感じるようになった。


『なんであんな奴が白鷺さんと……?』

『俺なんか一緒に潜ろうって言っても冷たくあしらわれたのに……』


 俺たちのやり取りを見ていた冒険者の声が聞こえてきた。

 正直に言って、なぜ白鷺先輩が俺にここまで友好的なのかはわからない。

 しかし以前から親切にしてくれるので、こうしてたまに話す仲になっている。

 と、俺と白鷺先輩が会話しているときだった。


「おいおい、何白鷺先輩と話してるんだよ、星宮」


 背後からやってきた段田がいきなり肩を組んできた。

 どうやらいつの間にか段田たちがやってきていたらしい。

 そしてニッコリと笑みを貼り付けて白鷺先輩に挨拶する。


「白鷺先輩、こんにちは」

「……こんにちは」


 白鷺先輩はさっきまでの朗らかな表情が嘘のように、すんと無表情になる。

 段田の笑顔が固まったのが手に取るようにわかった。

 しかし段田はめげずに白鷺先輩に話しかける。


「どうしたんです白鷺先輩。こいつに話しかけられてたんですか?」

「いや、挨拶してただけで……」

「お前は黙ってろ。ね、白鷺先輩、こいつなんかに話しかけられてウザかったですよね?」


 段田は白鷺先輩が迷惑していたと決めつけて尋ねる。


「……ううん、私は迷惑なんて思ってない」


 しかし白鷺先輩は首を横に振った。


「ハハ、白鷺先輩は優しいなぁ。あ、それよりもいまから俺たちと一緒にダンジョンに潜りませんか?」


 段田の誘いに対しても、白鷺先輩は首を振る。


「今日は、もう潜ってきたから」

「同じ学校のよしみじゃないですか」

「……でも、この後は予定があるし」


 表情の乏しい白鷺先輩だが、段田のしつこい誘いに迷惑しているのが伝わってくる。

 しかし段田はそのことに気がついていないのか、食い下がる。


「えー、そんなこと言わずに! ちょっとだけじゃないですか!」


 その時、俺には白鷺先輩が小さくため息を付いたように見えた。


「じゃあ、かわりに占ってあげる。それでいいでしょ?」

「ええ、マジですか!?」


 驚いた声を上げる段田。


「白鷺先輩に占ってもらえるなんて!」

「今日はツイてるな!」


 パーティーメンバーも嬉しそうな声を上げる。

 それもそのはず。

 白鷺先輩の占いは、確実に当たるのだ。

 その仕掛けは白鷺先輩が持つユニークスキル、『運命観測』。

 白鷺先輩は他人の運命を観測することができる。

 つまり、運命を見てるわけだから白鷺先輩の占いは絶対に当たる、ということだ。


「順番にならんで」

「よっしゃ! 俺一番乗り!」


 段田がいち早く俺を押しのけ、白鷺先輩の前に並ぶ。

 そのとき白鷺先輩がピクリと眉を動かした気がしたが、俺の気のせいだろう。

 白鷺先輩は頭の後ろに手を回し、眼帯を外す。

 すると見惚れてしまいそうなほど神秘的な、金色の瞳が顕になった。


「ユニークスキル、発動」


 白鷺先輩が『運命観測』を発動した。

 そして段田を見て、小さく頷く。


「ん、冒険者としての運命が『勝ってる』。このまま『剣闘術』を極めればAランクは確実」

「ほんとですか!? よっしゃぁ!」

「まじか……」

「やっぱ才能はピカイチだなお前……」


 絶対に当たる占いで、Aランク冒険者になることが確実だと言われた段田はガッツポーズを取る。

 他のパーティーメンバーの言う通り、段田は冒険者としての才能は突出しているのだ。

 そして俺以外のパーティーメンバーも『勝ち』をもらい、残るは俺の番となった。


「じゃあ、次は星宮くん」


 白鷺先輩が俺を見る。

 俺はゴクリとつばを飲み込んだ。

 ここでもし、冒険者としての得意分野が見つかれば、俺もいつか……。

 しかし、白鷺先輩は眉根を寄せた。


「……私は、占いの結果はすべて真実を伝えるようにしている。だから、真実を伝える。……君は、冒険者を辞めたほうがいい」

「……え?」

「冒険者としてすべての運命が『負け』に繋がってる。……このままだと、いつか大怪我をするかもしれない」


 俺は、白鷺先輩の言葉が飲み込めなかった。

 冒険者として、すべての運命が『負け』に繋がっている。

 それを白鷺先輩が言うということは、致命的に俺が冒険者に向いていないということだ。


「そんな……」

「ぷっ、ははははははっ!」


 その時、段田が笑い声を上げた。


「ま、まじかよ……! 全部の運命が負けって……!」


 段田は身体を折り曲げ、笑う。

 後ろを見てみれば、他のパーティーメンバーも笑っている。


「冒険者向いてなさすぎだろ……!」

「お前ずっとFランクだもんな……!」


 段田たちはゲラゲラと笑い声を上げ、俺をバカにして嘲笑う。


「しかも全部の運命が「負け」って……! じゃあ、お前──負け犬じゃん!」

「っ!」


 俺は流石に我慢の限界を超えそうになった。

 段田へと怒りがあふれそうになったその時。


「なにを、笑っているの」


 冷たい声が空気を遮った。

 声の主は白鷺先輩だ。


「私の『勝ち』と『負け』は便宜上そう使ってるだけ。それ以上でも、それ以下でもない。星宮くんは、負け犬じゃない」

「いや、でも」

「次に彼を笑うようなら……許さない」

「……はーい」


 まだ不満そうだったが、流石にSランク冒険者に叱られて気まずくなったのか、段田は口を閉じた。


「ごめんね、星宮くん」

「あ、いえ……占ってもらったのはこちら側なので」


 ペコリ、と頭を下げてくる白鷺先輩に俺は首を振る。

 このとき、俺は白鷺先輩に意識が向いていた。


 だからこそ段田が俺を横目に見て、白鷺先輩に気づかれないくらい小さな舌打ちをしていたことに、俺は気が付かなかった。


***


 そして俺たちがダンジョンの中に入り、中層辺りまでやってきたときのこと。


「おい、星宮。お前さ、ゴブリンと戦ってこいよ」


 段田が急にそんなことを言ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る