コールセンターのアルバイト
僕はとあるPC周辺機器のコールセンターでアルバイトをしている。
都内の事務所でデスクに座り、電話がかかってきたら対応する。マイナーな会社だったので電話がかかってくることはそうそう無く、問い合わせの内容もマニュアルを見ればすぐに回答できる程度のもので人付き合いが苦手な僕に取っては割りの良いアルバイトだ。
楽な仕事内容だが問題もある。それがブラックリストだった。バイトの先輩達が作ったその資料には過去のお問合せの中で態度の悪い客、非常識な値下げ要求をしてくる客、何度もかけてきては女性オペレーターにセクハラをしてくる客などが記録され、タチの悪い客にはそれぞれの対処法が書かれている。
バイト中、暇だったのでブラックリストを眺めていると中に、一際異質な客についての記述があった。
宮下さん 要注意 質問をしてくる ぜったい答えるな
なんだこれ。要注意の客への対処法は大体「丁寧に対応し怒らせないようにする」とか「すぐにリーダーへエスカレーション」とかよくあるクレーマーへの対処法が記述されているものだ。「ぜったい答えるな」はあまりにも抽象的だし対処になっていないのではないか?それに「質問をしてくる」とはなんだ?コールセンターなのだから質問はしてきて当たり前なのではないか?
様々な疑問と一縷の不安が資料を持つ手からじわじわと体に広がるのを感じ、夏だというのに身震いをした。
その日は2、3件ほど電話を取って何事もなく退勤した。
しばらく経ち、ブラックリストの謎の客のことはすっかり忘れた頃、事務所で先輩と駄弁りながら仕事をしていると電話がかかってきた。非通知だ。コールセンターに非通知でかけてくるやつは大抵面倒くさいので少し覚悟をしてから受話器を取った。
「はい、こちらABC電子お客様コールセンター担当の山本です」
「宮下です」
「どのようなご用件でしょうか?」
「目玉焼きの作り方を教えてください」
「…え?」
予想外の質問に面食らったあと、あのブラックリストのことを思い出した、この人が宮下さんだ。
年齢は70歳くらいだろうか、しゃがれた声で口元に受話器をピッタリとくっつけているのか鼻息が聞こえる。
宮下さん 要注意 質問をしてくる ぜったい答えるな
確かに質問はしてきている、だが答えられない質問じゃない。というか誰でも答えられる。業務には全く関係ないし波風立たないように答えてしまおうか。
「目玉焼きは卵をフライパンで焼くとできますよ」
そう言った瞬間、電話が切れてしまった。
「今の電話なんだった?なんか早かったな」
先輩がスマホを見ながら聞いてくる。
「別に、イタズラだったみたいです」
「ふーん」
それからというもの、僕がバイトをしていると毎回宮下さんからの電話があった。不思議なことに宮下さんの電話は毎度ちょうどよく僕が受電していた。
「右手ってどっちですか」
「お箸を持つ方ですよ」
「今日は何曜日ですか」
「今日は火曜日です」
宮下さんからの電話にはルールがあった。
まず、質問は一つだけでそれに答えられたらそのまま電話は切れる。次に、質問の内容は全て誰でも答えられるようなものだということ。
質問に答えればすぐに電話は切れるし、仕事の邪魔にもならないし僕は宮下さんから電話があると毎度ちゃんと答えていた。
いつしか僕は宮下さんの電話を待つようになっていた。なぜだか宮下さんの質問に答えたいと思うようになっていたのだ。僕は宮下さんの質問にもっと答えるためにバイトのシフトを増やすようになり、大学の授業も出なくなった。
「電話番号を教えてください」
宮下さん 要注意 質問をしてくる ぜったい答えるな
僕は即座に宮下さんに自分の電話番号を答えた。
僕はバイトを辞め、大学を辞め、一日中自宅で過ごすようになった。もちろん宮下さんのコールセンターになる為だ。携帯の番号を伝えてから宮下さんからの電話は1日に何度もかかってくるようになった。宮下さんからの電話がない時は気持ちが落ち込んで涙が出て、外にも出たくなくなった。
「1+1はいくつですか」
「空の色は何色ですか」
「タコの足の数はいくつですか」
「おたまじゃくしが大人になると何になりますか」
「まんまるの月をなんと言いますか」
「水は何度で沸騰しますか」
「1週間は何日間ですか」
「あなたの性別はなんですか」
「人の目はいくつありますか」
「人の血の色は何色ですか」
「あなたの誕生日はいつですか」
「あなたの血液型はなんですか」
「あなたの名前はなんですか」
「あなたの住所はどこですか」
「何階ですか」
「今家にいますか」
「鍵は空いていますか」
「私にくれますか」
「もらってもいいですか」
「右足をもらっても良いですか」
「左足をもらっても良いですか」
「右手をもらっても良いですか」
「左手をもらっても良いですか」
「胴体をもらっても良いですか」
「頭をもらっても良いですか」
「ありがとうございました」
宮下さん 要注意 質問をしてくる ぜったい答えるな
終
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