傘おばさん
私の最寄駅には、傘おばさんがいます。
雨が降っている日、朝から晩まで顔を隠すように赤い傘を差して駅の改札口前に立っているのです。
奇妙なことにそのおばさんは傘を持っていない人に自分の傘をあげようとしてくるので、皆から気味悪がられ、近所では有名でした。
息子の学校ではそのおばさんは電車の事故で死んだ夫の帰りを待っているだとかその人の顔をみると地獄へ行くとか、
そういう尾鰭のついた噂が広まっており、
学校側も駅を使う子供は怪しい人には着いて行かないようにと児童に説明していたようです。
ある夕方、仕事が終わり最寄駅へ着くと外は天気予報になかった土砂降りの雨でした。夫も仕事中で迎えをもらうこともできません。
どうしよう、困っていると視界の端から声をかけられました。
「傘、あげますから」
声の方へ顔を向けるとそこには傘おばさんがいました。
汚れて茶色がかったスニーカー、シワだらけのTシャツにずぶ濡れのジーパン。傘を持つ手にはいくつもの痣がありました。
ですが、その顔だけは傘に隠れて見えません。
「結構です」
そう言って足早に逃げようとすると左手に激痛が走りました。
「痛っ!」
見ると傘おばさんは傘を持っていない方の手で私の手を爪を立てて握っていました。
恐怖と驚きで私は思いっきり手を振り解き、雨の中を走って逃げました。
途中、後ろを振り向いてみましたがおばさんは駅の改札口あたりから離れず、傘を持ったままこちらに体を向け続けていました。
家に帰り、震えながらタオルで体をふいて、ある考えがよぎりました。
あの時、傘を受け取っていたら私はどうなっていたのだろう。
そのあと、傘を持っていない夫を迎えに行くために駅へ車を走らせると、改札口で傘おばさんから傘を受け取っている男の人を見かけました。
私の最寄駅には、傘おじさんがいます。
雨が降っている日、朝から晩まで顔を隠すように赤い傘を差して駅の改札口前に立っているのです。
奇妙なことにそのおじさんは傘を持っていない人に自分の傘をあげようとしてくるので、皆から気味悪がられ、近所では有名でした。
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