第10話

 満月の夜、月の王は予告通りにやってきた。

 翁から話を聞いた帝は姫を守ろうと周到な準備をした。


 しかし、帝が用意した数千人の護衛も、月の船が放つ光にどんどん戦意を奪われていく。


 どうせ月の世界の者にはかなわない。

 姫はうなだれた。


 でも、私も思い出が欲しかった。

 私にさぞかし執着した男がいたこと。その男は危険もかえりみず、私を守ろうとする。手元に置こうとする。


 自分の財のすべてをかけて警護まで付けて。

 その男、私に入れ込んでいる男は、この地の最高位の男、帝だ。


 姫は隣に立つ男を見上げた。

 帝は空に浮かぶ月の船を忌々しそうに睨んでいる。


「姫、奥へ参るぞ」


 帝は姫の腕を乱暴につかみ、大股で歩き出す。

 姫は一瞬つまづきそうになりながら、帝についていく。


 これが私のこの星での最後の思い出になる。

 胸キュンの思い出だ。


 月の人の間にもこの話は伝わるだろう。

 胸躍る恋の武勇伝として。


 かぐや姫の名は双方の世に広がる。

 私は、美しき貴い姫として人々の胸の中に生き続けるのだ。


 そんな下世話なことを考えながらも、姫の心はぬれねずみのように小刻みに震え続ける。


 帝との別れを怖れながら。


「さあ早く」


 帝は足を早めた。ずさっと足音がして、二人の行く後を護衛が埋めていく。

 この人と離れたくない。離されたくない。おかしくなりそう。いっそ、死んでしまいたい。


 私がいなくなったら、あなたはすぐに新しい人を見つける。

 あなたが好きになれば女は拒否しない。


 この国に生きている限り、拒否もできない。


 くやしい。苦しい。ものすごく。


 私以外のものになるなら、いっそ殺してしまいたい。


 一緒に暗い夜に沈んでほしい。他のだれかを悦ばすなら、いっそあなたの「根」を絶ちたい。


 翁が私の入っている竹を切り、割ったときのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る