第7話 懐かしき人の面影

「リアーナ、先に行って席を取っておいてちょうだい」


 食事に向かう途中、甲板付近に立っているセレクを見掛けたティーナは、隣を共に歩いていた侍女であるリアーナにそう告げ、セレクの元へと行ってしまう。


「え、ティーナ様……?」


 ティーナの侍女であるリアーナ の言葉を背にティーナはセレクの元へと歩み寄る。


「セレク!! 奇遇ね、また会うなんて」


 そう声を掛けてきたティーナを見て、セレクは首を傾げる。


「ティーナ? どうしてここに?」

「私、これから夕食を食べに行くのよ」

「なるほど」


 ティーナはセレクの隣に立つ青年を見て、問う。


「ええ、そちらの方は知り合い?」

「っ……!? 貴方はあの時の……!?」


 カイルが船内の中で、見掛けた自分の母親に似ていた人物だという事に気付いたカイルは驚き、声を上げる。


「えっ……?」


 セレクはそんなカイルの言葉に思わずそう声を漏らした。


(ティーナとカイルは何処かで一度会ったことがあるのか?)


 そんな疑問を抱きながら、セレクはカイルを見る。カイルは未だに驚いた顔をしていたが、セレクの視線に気付きはっと我に返り話し始める。


「母さんによく似ている人を今日、船内で見掛けたんですけど、貴方だったんですね」

「母さん……?」


 セレクは思わずそう聞き返す。


「はい。俺の母親です。今は離れて暮らしているんですが……」


 カイルの両親は理由があって、別居しており。カイルは父親の方で育てられた訳である。

 けれど、歳を重ねるにつれて、カイルは離れて暮らす母親と会いたいと強く思うようになり、父親に置き手紙を残し、この船アルディニック号に乗ったのである。


「もしかして、その母親に会いに行く為に、この船に?」

「はい!」


 ティーナの問い掛けにカイルは頷く。自分の娘と似ていると言ってきた人物がもう1人居たことを思い出したティーナは自然と表情が緩む。


「そうなんですね。貴方、名前は何と言うのですか?」

「カイルと言います。あ、個人的に堅苦しいのなしな話し方の方が話しやすいです。セレクさんも」


 カイルと名乗った青年は"セレストブルー"の瞳をティーナとセレクに向ける。


「ああ、わかった! 俺もさん付けなしのセレクでいいよ」

「了解したわ。あ、私はティーナって言うわ。ティーナとか呼びやすいように呼んでちょうだい」


 互いに名を教え合った3人は会話を続ける。


「わかった。でも、ティーナって呼び捨てにするのはまずい気がするな」

「それは、身分が高いから、ちょっと抵抗がとでも言うつもり?」


確かに、平民であるセレクとカイルに比べて、ティーナは身分が高い人間公爵令嬢である。

 しかし、ティーナは身分など関係なく1人の人間として、2人と対等に話したい、仲良くなりたい。そう強く思っていた。


「はは、カイル。ティーナは俺と出会った時も身分が高いから、自分を描いてくれないのか!って言ってきたよ」

「私、そんな言い方していないわ」


そんな二人の会話を側で聞いていたカイルは思わず笑ってしまう。


「はは、仲良いんだね、二人共。ティーナ、セレク、改めてよろしく」

「ああ、よろしくな」

「ええ、よろしく」

「あ、そういえば、さっきから気になっていたんだけど、セレクが手に持っているスケッチブックと鉛筆。何かに使う予定なのかな?」


 カイルはセレクが左手で持っているスケッチブックと鉛筆を見てそう問う。


「あ、俺、画家を目指してて、さっきも言ったけど、ティーナに自分のことを描いてほしいって言われて、また会ったら少し描いて、明日で仕上げられるようにしようかなと思ってさ」


 セレクがそう言い終わるのと同時に、カイルは思わぬことを口にする。


「へえ、じゃあ、俺も描いて欲しいな」

「え……? いいけど、ティーナにも言ったんだけど、人はあまり書いたことがないから。上手く描けるかはわからないけど、それでもいいなら描くよ」

 

 セレクは風景を描くのは得意であったが、人物を描くことは苦手であった。

 セレクの自信のなさが、目の前にいる二人。ティーナのカイルにも伝わったのか、二人はそれぞれ自分の気持ちを口にする。


「全然いいよ。二人と出会ったことを覚えておけるように、何か残る物が欲しいんだ」

「そうね。せっかく出会えたんだから、この船を降りても、二人のことを忘れることなく覚えておけるように」


そう言う二人にセレクは少し考える。全身を描くとするなら、かなり時間がかかってしまう。今、この時間内で描くことが出来る物は……


「うーん、じゃあ、顔じゃなくて、手にするか」

「手?」


 セレクの発言にティーナは聞き返す。


「そう、手だったら三人の手をこうやって置いて」


 セレクはティーナとカイルの手をそっと掴み甲板の手すりに置く。


「描くことができるだろ?」

「あ、なるほど! 良いね」

「これなら、10分で描けるし、今日中に渡せるよ」


 ティーナとカイルは何故か驚いた顔をしてセレクを見る。


「三枚も10分で描けるなんて、凄いなぁ」

「流石、セレクね」


 カイルとティーナ。そんな二人に褒められたセレクは照れた顔を浮かべながら、言葉を続けた。


「いやいや、手ぐらいそんなに時間が掛からないだろ?」

 

 ティーナとカイルはそんなセレクの問い掛けに首を横に振った。


「いや、描けない人は描けないわよ。私もそんなに早く描けないし」

「あー、俺もだよ」

「そうなのか。んー、まあ、取り敢えず、描くから、あんまり手を動かさないでくれ」


 セレクはティーナとカイルにそう告げて、スケッチブックの紙の上に鉛筆を走らせる。


 

十分後。

「できた……!!」


 セレクはスケッチブックの上で鉛筆を走らせていた手を止めて、顔を上げる。ティーナとカイルはそんなセレクが描いたであろう手のデッサンが描かれたスケッチブックを見る為にセレクが持っているスケッチブックを覗き込むように見る。

 

「凄い……! ありがとう、セレク」

「セレク、ありがとう。大事にするよ」


 ティーナとカイルは嬉しそうにカイルに礼の言葉を述べる。セレクはそんな二人を見て、少しホッとしたような顔をした後、はっと何かを思い出したかのように目の前にいるティーナを見た。


「ああ、そういえばティーナ、夕食の時間は大丈夫か?」

「あ、あ!? すっかり忘れていたわ。いけない、リアーナを待たせているんだった」


 案の定、ティーナは時間のことを忘れていたのか慌て始める。セレクはそんなティーナに優しく告げる。


「じゃあ、また、後で。俺とカイルは暫く、此処で話しているよ」

「わかったわ。じゃあ、また後で」


 ティーナはセレクに描いてもらった手のデッサンが描かれた折り畳んだ紙を大事そうに手に持ちながら、カイルとセレクの方を見て、柔らかく微笑みその場を後にした。

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