第4話 出会い
心地良い昼過ぎの風を身に受けながら、ティーナもその場を後にしようとするが……
「あっ、やば……!?」
青年の慌てた声と共に強い風が吹き、宙に飛ばされた紙を追い掛けるように青年は走り出す。
「これは……?」
偶然、ティーナの目の前に飛ばされた紙が落ちてきたので、そっとかがみ込み二つ折りに折りたたまれた紙を広いその場で広げる。
「はぁ、はぁ、あっ…!! あの、拾ってくれてありがとうごさいます。それ、俺のです」
「あ、そうなんですね」
息を切らして走り寄ってきた茶髪の青年にそう言われ、ティーナは声の主を見て、拾った紙を元あった通りの二つ折りにし、青年に手渡す。
青年はティーナから手渡された紙を大事そうに受け取り伺うようにティーナを見る。
「あ、見ました……?」
「絵ですか?」
「あ! 見たんですね。ちょっと恥ずかしいな」
青年が描いた絵は素人とは思えない程、独創的であった為、ティーナは芸術的なお仕事をしている人なのかなと思い気になった。
「凄くお上手でした。何かそういうお仕事をされているんですか?」
「いや、今はしていないんですけど、目指してはいますね」
「そうなんですね。もし、宜しければ、今度、私も描いてくださいませんか?」
出会ったばかりの人にいきなりこんなことを言う自分は図々しいかもしれない。少しばかりティーナはそう思ったが、ダメ元でお願いしてみることにしたのである。
「えっと、貴方をですか?」
「ダメですかね……?」
「いいえ、んー、でも、貴方は俺より身分が高そうだ」
どうやら青年は、身分が高い自分を描くなんて恐れ多いと思っているようだ。
「俺は平民ですから、身分が高い貴方を描くのは少し抵抗が……」
「んー、貴方が気にしていることを私は気にしていないと思います。名乗るのが遅れましたけど、私はティーナと言います。ティーナと呼んで下さると嬉しいです」
対抗心を解くにはまずお互いの名前を知ることからだろうと思ったティーナは自分の名前を名乗る。
「そうなんですね。なら、よかったです。では、ティーナと呼ばせて頂きます。あ、俺の名前はセレクって言います」
「セレク、良い名前ですね。では、改めてよろしくお願いしますね」
「はい! こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
まだ、少しばかり距離が遠いなと感じたティーナはセレクと距離を縮める為、思いをそっと声に乗せる。
「あの、貴方さえ良ければですが、堅苦しいのなしな話し方でこれからは話したいです」
「そうですか。んー、身分が高い人に敬語を抜くのはちょっと気が引けますけど、わかったよ。あ、あと、俺、人はあんまり描いたことがないんだけど、それでもいいなら……」
控えめに敬語抜きでの会話と自分ティーナのことを描いてくれることを了承してくれたセレク。
「描いてくれるの?」
「ああ、」
「嬉しい。ありがとう……」
弾んだ声でそうお礼を伝えてくるティーナに対してセレクは優しく微笑み伺うように問い掛けてくる。
「今日は、これからやらなきゃいけないことがあるから、明日でもいいかな?」
「ええ、構わないわ」
「じゃあ、明日、ここに10時に待ち合わせで」
「わかったわ。また、明日」
ティーナのその言葉にセレクは頷き背を向けて、その場から立ち去って行く。
ティーナはセレクの姿が見えなくなるまで見送り、自分もその場を後にした。
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甲板にいる人達の声と凪いだ海の音が混ざり合って聞こえる中、穏やかな時間が流れていくように着々と過ぎて行く。
一方、操舵室では一等航海士であるイヴが船の操舵を行っていた。
「この頃、忙しくて美容を怠っているから、少し肌荒れしてそうだな」
イヴは航海士の中でも、美容や身なりのことをかなり気にしている人物であるのだが、最近、仕事が忙しすぎたせいで、本来なら普段からやっていることを怠っていた為に肌荒れが酷くなってきていた。
「イヴ、お前の肌、俺の肌より綺麗だから、全然気にしなくて大丈夫だぞ」
ため息をつきながら、元気がなさそうに肩を落としていたイヴの姿を背後に立ち壁にもたり掛かり腕を組みながら、見ていた機関長であるニックはそんなイヴに対してそう声を掛けてくる。機関長と呼ばれた彼は栗色の髪と青色の瞳をしており、かなり整った顔立ちをしていた。
操舵室に自分以外の者がいると思っていなかったイヴは慌てた声色で機関長であるニックに対して言葉を投げ掛ける。
「ニック機関長!? いつからそこに……?」
「お前が独り言を言い始める少し前から居たぞ」
ニックはそう言いイヴの近くまで歩み寄りイヴを見て優しげに笑う。
「マジですか……」
独り言を聞かれていた恥ずかしさからなのか、イヴの耳は赤く染まる。ニックはその事にあえて触れずに話を変え言おうとしていたことをイヴに伝えることにした。
「マジですよ? てか、お前、そろそろ運転交代時間だからな! 昼休憩、行ってこい」
ニックにそう言われ右肩を優しくポンポンと叩かれたイヴは嬉しそうに礼を言いニックと操縦を交代する。
赤い瞳を部屋のドアに向け、イヴは紅葉色の髪を整えて、操舵室を後にした。
「今日の海は穏やかだなぁ……」
操舵室に残された機関長であるニックはそう呟き、操舵室の窓から見える何処までも続く海を眺めながら船は航海していく。
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