第16話 二人時間
俺と雪野は二人で校内のトイレを回り、備品確認の仕事を進める。
俺としてはこの仕事が終わるまでに雪野が今後についてどう思っているのか話を切り出したいのだが……。
「温森くん……昨日の抹茶スイーツなんだけど、動画サイトで調べたらたくさんあった。どのお店も有名なお店なんだね?」
「あ、ああ」
さっきから雪野は口を開けたらずっと抹茶の話しかしないのだ。
「あんなに美味しいクレープ初めてだし、あのクレープ屋さんみたいな抹茶スイーツのお店はこの周辺にないから貴重な体験だった」
「そう、だな」
雪野はよっぽど昨日の店を気に入ったらしい。
今後の話をしようにも、雪野の抹茶語りが止まらないので話を持ち出せないままでいる。
いくらなんでも抹茶の話が長すぎるだろ……。
「温森くん、また、行きたいね」
「えっ」
4階から3階へ向かう階段を降りている時、千載一遇のチャンスが巡ってきた。
また……行きたい……か。
こうなったら、ここで聞くしかないだろ。
「雪野っ!」
「?」
「あ、あのさ……っ」
俺は雪野より上の段で足を止め、雪野は下の段から足を止めた俺を見上げるようにして、振り向く。
不思議そうに首を傾げる雪野。
別に難しいことじゃない。
また一緒に行きたいかどうか、聞くだけのこと。
普通なら簡単なはず……でも俺は、怖くなっていた。
俺には女子の気持ちが分からない。
今まで女子と一緒に行動を共にしたことがないし、何を考えているのかも分からない。
偏見だが女子は気分屋なイメージがあるし、昨日一緒に楽しく食べ歩きをしたとしても、また行きたいとは思わないかもしれない。
他の誰かと行きたくなる生き物なのかもしれない。
雪野が俺じゃなくてもいいと思うなら、俺はもう……。
ナルコレプシーの治療のためと
でも俺は、雪野の気持ちを尊重したい。
「雪野は昨日、俺と一緒でも楽しかったか?」
俺は真っ直ぐに、雪野にそう問いかける。
緊張している俺の心臓はバクバクと音を立てた。
それは雪野から発せられるその小さな声が聞こえないくらい。
「……っ……っ」
「え、今、なんて……」
俺が聞き返すと、雪野は軽快に階段を上ってきて、背伸びをしながら俺の耳元に口を近づける。
「温森くんと一緒にいると……楽しいから」
耳を撫でるように優しく入ってきたウィスパーボイス。
雪野が……楽しいと思ってくれていたなんて。
それを聞いた途端、俺は顔が熱くなる。
雪野も頬を赤らめながら俺から離れると、トテトテと階段を降りて行った。
「雪野っ」
俺は追いかけるように階段を駆け下りる。
すると雪野は3階についた途端にぴたりと止まって振り向いた。
「ぬ、温森くんはっ」
「え?」
「温森くんは……わたしといると、退屈?」
雪野は弱々しい声で聞いてくる。
「そんなわけないだろ? 退屈ならもうこんな仕事サボってるし」
「……ふふっ、良かった」
雪野は微笑むと、上機嫌にくるっとターンしてその艶やかで透き通った長い髪を靡かせた。
「ならさ、またどこか行かないか? もちろんスイーツでもいいけど……雪野が食べ過ぎるからなぁ」
「わたしを知ったかぶらないで。昨日は食べ過ぎというレベルにすら到達してない。3割くらい」
「いや、今のは大食い自慢するところじゃないだろ」
てか、あれで3割って……化け物かよ。
「ねえ温森くん、一つ提案」
「ん、どうした?」
「この前言ってた自分時間なんだけど……これからは『自分時間』じゃなくて、『二人時間』にしよう?」
「二人……時間」
「わたしも行った場所を記録したい。自分の見たものをしっかり残したい……」
こうして俺たちの『二人時間』が始まった。
【1章完結】
次回(2章)から新しい2人のお出かけがスタート!
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