第7話 天使とお出かけ03


 俺と天使は高校の最寄り駅から、つくば方面の電車で一駅先にある浅草駅へ向かうことに。


「雪野、電車の乗り方は分かるか?」

「……バカにしてる?」

「そ、そんなことないけど」


 改札の前で俺が聞いてみると、雪野はムスッとした真顔で睨みを効かせる。


「乗ったことないけど、見たことはある」


 やっぱ無いのか……って見たこと?


「ここにお財布をポチッとするんでしょ?」


 雪野はバッグから自分の財布を取り出すと、自動改札機のICカードの読み取り部に財布を押し当てる。

 なんだ、意外と分かって……ん?


「……あれ?」


 天使が財布を当てても改札機のゲートが開かない。


「まさかとは思うけど……ICカード入ってないのか?」

「IC? なにそれ……?」


 あーこれ、知らないパターンだわ。


「ここにICカードっていうのをタッチすると降りる時にお金が引き落とされるんだよ」

「そんなカードがあったなんて」


 無知にも程があるだろ天使ぃ……っ!


「てっきりお財布を当てたら中のお金がチャリンって消えるものなのかと……」

「ファンタジックすぎるだろ」


 もう逆に可愛いなこいつ。


「ICカードが無いなら今日は切符を買うか」

「切符……まだあるの?」

「あるに決まってるだろ? 雪野みたいにICカードがない人だっているんだし」

「……なんか、バカにしてる?」


 どうやら天使さんは無知なことをイジられたのだと思ったらしい。


「してないから。ほら、券売機行くぞ」


 俺は不機嫌な天使を連れて券売機まで移動し、浅草までの切符を購入する。


「はい、これでさっきの改札機を通れるから」

「……あ、ありがと」


 まだ怒ってるみたいだが、ちゃんとお礼を口にする天使。

 何はともあれ、これで一件落着だな。


「……通れない」


 天使は切符の入り口ではなく、IC読み取り部に切符をペチペチ当てていた。


「はぁぁぁ………」


 ✳︎✳︎


 天使の天然ボケに付き合いながらもなんとか浅草駅に到着。


「ねえ見て、あの子可愛い〜」

「子役とか? 何か撮影あんのかな?」


 人通りの多い場所に出ると、必然的に周りの視線が天使に集まる。

 天使はその愛称通り、高校でも抜きん出た容姿をしているとは思っていたが、どうやら世間に出てもそれは同じようだ。


「ゆ、雪野、なんか見られてないか?」

「いつものことだし……慣れてる」


 慣れてる、のか。

 美少女なのには間違いないが、子役と間違われていることに関しては遺憾に思わないのだろうか……?


「気にしたら負け。わたしだって……可愛い見た目になりたくてなったワケじゃない」


 天使は何か含みのあるように言う。

 美少女ならではの悩み、なのだろうか。

 それにしてはやけに暗い顔をしていた。

 少し、話を変えるか。


「あのさ雪野、眠さとか大丈夫か?」

「大丈夫。理由は分からないけど……今はやけに眠気がない」

「抹茶が楽しみだからか?」

「それもある」


 あるんかい。

 そこから俺と天使は数分ほど歩き、目的地のある花やしき通りへ入る。


 花やしき通りは背の低い長屋の店が連なって昔ならではの街並みを醸し出す。

 さらに人力車やちょうちんが日本の伝統文化として良い味を出している。


「なんかここ、昔の景色……みたい」


 ざっくりと一番分かりやすい言葉で表現する天使。

 浅草はどれだけ世界が発展しても、自分たちの景色を残し続ける。

 歴史的にも文化的にもここに住む人たちは自分たちの生きる街に誇りを持っている。

 東京は日本の最先端が集まる都市だが、そんな東京の中でも浅草は昔の日本を味わえるスポットなんだよな。


「抹茶スイーツ、どこ?」

「この通りにあるんだが……こっちだな」


 しばらく花やしき通りに沿って歩いていると、ふと現れた薄暗い街角。

 そこを曲がってみると、その先には下町情緒が残る店がたくさんあった。

 白地に一筆書きした看板や、やっているのかも怪しく思うほど錆びついた店。

 ノスタルジックな下町情緒の中にある日常の景色。


「すっげぇ良い風景だな」


 俺はスマホをポケットから取り出すと、動画のボタンを押す。

 その場でグルッと一周回りながら、味のある居酒屋が連なった長屋を動画に収める。


「温森くん……なにしてるの?」

「ああ、これか? これは俺の自分時間を記録する作業だ」

「自分時間……?」

「自分だけの時間。俺はこれを自分時間って呼んでてさ、放課後にこの『自分時間』を楽しんだことをスマホに記録する活動をしてるんだ」

「部活動、みたいなこと?」

「まあそんなとこかな。帰宅部だけど」


 俺は恥じらいながら天使に自分時間のことを話した。

 自分時間のことを話したのは彼女が初めてだ。


「スイーツを食べるのはもちろんだけど、こうやって街並みを楽しむのも街歩きの醍醐味だからさ。俺はこうやって行った場所を必ず動画で撮ってスマホに残すのが趣味っていうか」

「……とても良い、趣味だと思う」

「ほんとか?」

「うん。わたしも、やりたい」


 天使は俺の真似事をするように、自分のスマホを取り出すと周囲をくるっと一回転して浅草の街並みを動画に残す。


「あ、温森くんが入っちゃった」

「おいおい……」

「でもいい……これも一つの、思い出」


 天使はスマホを大事そうに優しく抱きしめた。

 思い出……か。

 彼女の思い出に、俺みたいな冴えない男子が入ってしまっていいのか分からないが、嬉しそうだしいいか。


「あ……抹茶!」


 天使はとある看板を見つけるとタタタッと小走りで駆け寄る。

 居酒屋が多く連なった長屋に沿って歩いた先にひっそりとあった看板。


 そこは抹茶クレープで有名な店で、看板には

 抹茶クレープのメニュー表が貼られていた。


「やっと出会えた……抹茶LOVE」


 LOVEって……。

 やはり天使は興奮すると尖った語彙を使うみたいだ。

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