第4話 逆玉から新たな出会い
政幸は、高沢好江に斉藤の気持ちを伝えて二人を取り持った。その後、政幸は今野知世と結婚して、事務所を辞め、今野物産の取締役常務になった。
仕事が出来た政幸だが、知世の心を捉えきれないでいた。それもそのはず、知世は鹿島秀樹を忘れ切れないでいた。知世と秀樹の結婚は、今野社長の猛反対で実現しなかった。今野家は、一人娘に後継ぎが出来ないということが反対の理由だった。鹿島は子供の頃の病気が元で、子供ができない体だった。知世の心は、子供が授かったあと、事業へのめり込む政幸をよそに、秀樹へと戻って行った。
政幸は斉藤に連絡を取った。斉藤は好江と結婚して、二人で元の同じ事務所に勤めている。
「幸せか」
「そうだな。彼女も税理士試験に合格したし、いずれは二人で独立するつもりだ」
「俺も会計事務所を開くつもりだ」
「多角経営か」
「離婚する。事務所の費用は、慰謝料で済む」
「奥さんに非があるのか」
「浮気だよ。結婚前からの交際だ」
「まさか、息子が浮気相手の子供って事か」
「それは違う」
「そんなの、分かるか」
「後継ぎを作れないから、結婚を反対されたらしい。俺が離婚すると言ったら、知世も両親も謝るだけで、引き止めはしなかった。出来るだけの事はするから、娘を許してほしいと懇願された。息子も2歳だし俺の事は思い出さないよ」
「そうか、離婚するか。まだ30歳だし、遣り直しがきくさ」
「結婚なんて懲り懲り、仕事に生きるよ」
「相手に息子を取られる事だし、簡単には心の整理が付かないだろう。仕事で心が紛らわせられるなら、それもいいかもしれない」
と、斉藤は言うしかなかった。政幸の人生は、由利との別れを契機に大きく変わってしまったと、斉藤は思った。
仕事に掛けた15年が過ぎた。政幸の会計事務所は、拡大傾向にあった。そんな折、政幸の身に変化が起きようとしていた。仕事のついでに、体を休めるため出発を1日早めて、空港へ車で向かっていた。そんな時に、車にぶつかるように倒れ掛けた女がいた。政幸は急ブレーキを掛けて、車を止めた。その瞬間、エアバッグは作動せず、ハンドルで強か頭を打ったようだった。一方、倒れ掛けた女は気を失っているようだった。
「大丈夫ですか」
政幸は声を掛けた。
「はい、よろけただけです」
「救急車を呼びますか」
「いいえ、病院へ行きます」
と言ったまま、また女は気を失った。
車で当てた訳ではない木田は、かかりつけ医にジャケットからスマホを出して連絡し、病院へ向かった。
気を失った女は、藤城恭子といった。恭子は、この頃沈んでいる事が多かった。今までは、極力そうした姿を見せまいと心掛けていた。少なくとも、息子の前では明るく振る舞っていた。
息子は大学を卒業して就職をし、これからという時であった。一人前になった息子から子離れしていないのは恭子の方だった。しかし、二か月前に一人息子を交通事故で亡くし、夫の藤城敏彰と二人切りになっていた。恭子は、浮気性の夫と心を通わす術をなくしていた。夫婦の間には会話も途絶えがちで、必要以外のことはほとんど話さないまでになっていた。
恭子は、夫とは成し得なかった夫婦で育児をする夢をよく見ていた。夫婦仲が冷え切っている現実の夫とは違い、恭子の夢の中の夫は、顔は見えないが後ろ姿で肩が笑っていた。恭子は、優しい夫と可愛らしい息子と三人で、家事をしたり遊んだりしている夢を見ていた。夢の中の恭子は、いつも生き生きとしていた。
息子を亡くして、恭子は傷心旅行へ出掛けて来た。また、敏彰との夫婦生活についても考えを整理したいと思っていた。敏彰には、実家へ里帰りすると言って出た当てのない旅であった。実家には、友達の家を回ってから行くと言ってある。
朝が早いので恭子は、朝食も取らずに出て来ていた。駅へ向かう途中、低血圧で朝が弱い恭子は、貧血のためかめまいがして倒れたのだった。
病院に着いて検査をしたが、身体には異常は認められなく、貧血の薬を処方された。
政幸は一息ついて眠り続けている恭子を見守りながら、戻りつつある記憶の中を彷徨っている。一方、恭子も夢の中を彷徨っていた。
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