第25話 剣を振るう姿

 訓練場に到着すると、すぐに剣を取って相手と向かい合うアイザックの姿が目に入った。他に訓練している者はいない。

「ここは貴族専用ですからね。兵士たちはまた別の場所で訓練していますから、あまり人がいないのです」

「そうなんですね……」

 アイザックは真剣な表情で相手と対峙し、相手に隙ができるのを見計らっていた。その真剣な表情をじっと見つめる。

 これまでも剣を戦わせていたのか、アイザックの頬を汗が伝っている。

(うわ、なんか新鮮……!)

 いつもとはまた違う鋭さを持った真剣な眼差しに、つい夏美も見とれてしまう。一瞬相手の気が緩んだ隙を見て間合いを詰め、何度か打ち合った末に相手が剣を落とした。

「か、っこいい……」

 思わず口からこぼれた言葉に、夏美ははっとした。それを聞いていたソンジが微笑む。

「昔から、アイザック様が稽古で手を抜いたことはありません。かっこいいでしょう?」

 からかうようなソンジの表情に、すっかり心を見透かされていたのがわかり夏美は恥ずかしくなる。

「アイザックのことだから、あんまり真剣にやってないんじゃないかとか思ってた私が馬鹿でした」

「ふふ、昔は私がよく稽古の相手をしたものです」

「そうなんですか? そっか、ソンジさんもお強いんですもんね」

「今ではあの方に勝てる気がしません。こう見えて、アイザック様はとてもお強いんですよ。剣も銃も、腕前はぴかいちです」

「へぇ~……」

 汗を拭い、もう一度相手との間合いを取って向き直ろうとするアイザックを見つめる。

 アイザックが相手の方を振り向いた瞬間、こちらの姿に気がついたようでアイザックが顔をしかめたのがわかった。

「アイザック様~! 私もナツミ様も、応援しておりますよ~」

 楽しそうにソンジが叫ぶ。

「どこかへ行け」

「嫌でございます。さあ、もう一度見せてくださいませ」

 ソンジの嬉しそうな姿に、アイザックも追い払うことはできないと思ったのだろう。ため息をついてから、相手を見つめる。

 その瞬間にはすでに周りのことなど目に入っておらず、相手のことしか視界にないのがわかった。それほど、アイザックのまとう空気が変わった。

 次はアイザックのほうから仕掛けた。すぐさま間合いを詰め、上からおおきく振りかぶって、相手の体勢を崩すほどの重い剣撃を与える。相手がよろけた瞬間にその身体にタックルして、そのまま相手が倒れたのを目で追い、仰向けに寝転がった相手の顔に剣先をつきつける。

「決まりましたな」

「すごい……本当にあっという間ですね」

「ええ。一瞬の気の緩みも許されませんからね」

 剣をさやにしまったアイザックがこちらへやってくる。

(な、なんかめちゃくちゃかっこよく見える……!)

 汗を拭いながらこちらへ歩いてくるアイザックを目で追いながら、夏美はそんな事を考えていた。

「何をしに来た」

「応援しに来たのですよ。ね、ナツミ様」

「はい。なんか、いつもと印象違ったね、アイザック」

「何が違う」

「ナツミ様が、かっこいいとおっしゃってましたよ」

「ちょ、ソンジさん! 何言ってるんですか!」

「本当のことでしょう?」

「それはそうですけど!! 普通本人に言わないですよ!」

 ソンジと夏美のやり取りを見て、アイザックがはぁ、とため息をついた。

「俺ももうじき稽古が終わる。先に帰ってろ」

「はーい。まだまだ他のところもナツミ様にご案内しなくてはなりませんしね。行きましょうか」

「はい……じゃ、じゃあ……稽古頑張ってね」

「ああ」

 夏美はアイザックに小さく手を振り、先に歩きだしていたソンジのあとを追った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る