第26話 氷の女王

 それから再び宮殿内の案内に戻り、ようやく居住棟の説明が終わりに差し掛かったところで、居住区と中央を結ぶ外廊下に面して作られた中庭に来ていた。

「そしてここが、中庭です。中庭はいくつかありますが、ここは……」

 ソンジはそこまで言って、はっと息を呑んだ。

(え? 何……)

 そう思い、噴水のある中庭をよく見ると、噴水の奥に何やら人がいるようだった。

「ナツミ様、今日は一旦ここまでにして──」

「ソンジ」

 慌てて居住棟に戻ろうとするソンジに、冷ややかな声がかかる。

 振り返ってみると、噴水の向こうに一人の女性が立っていた。

「……これはまずいことになりましたね」

「まずいって……」

「早く来い。その客も連れて」

 その氷よりも冷たい声音で、ソンジの言うまずいことがなんとなくわかった気がした。

(もしかして、これが、あの氷の女王って言われる恐ろしい王妃様……?)

「行きましょう」

「はい……」

 ソンジに言われ、やむなく噴水の向こうにいる声の主の元へと向かう。

 姿を見せてみると、中庭に置かれたコーヒーテーブルにまだ8,9歳と見える男児と、凄まじく美しい女性がいた。

 その女性は冷徹な表情をしつつも、にこりと口角を上げて二人を出迎える。

「それがアイザックの客という女か。噂には聞いておったぞ」

 気品のある声音だが、それでいて底冷えするような冷たさを持っている。寒いはずがないのに、夏美も思わず震えてしまいそうだった。

(氷の女王って言われる理由がよくわかる……!)

「こちらはアワノ・ナツミ様でございます。ナツミ様、こちらは王妃様でございます」

「は、はじめまして、粟野夏美です……」

「可愛い娘だな。私のドレスは少々大きいようだが」

「えっ……」

 王妃にドレスの肩部分を触られ、緊張でどきりと胸が締め付けられる。

「申し訳ございません、突然の来客だったゆえ、王妃様がお召にならなくなったドレスしか急ごしらえできず……メイドの服を着せるのもためらわれたので……」

「構わん。新しいドレスは注文したか?」

「はい。明後日には届く予定です」

「そうか。よく採寸してもらうといい」

 王妃は夏美の着ているドレスの襟周りなどに触れながら微笑む。その際に長い爪の先が一瞬首筋に触れただけで、息が詰まるほどの恐怖に駆られた。

「アイザックは無愛想であろう、ナツミ」

「は、はい……」

「飽きたら私の元へ来てもよいぞ? 茶でも飲んでいくか?」

「いえ。王妃様。このあと、また予定がございますので、今日のところはご勘弁を」

 ソンジはそう言って王妃から夏美を引き剥がし、自分の背後に隠すようにしてくれた。

「そうか。つまらん。女同士で話をしたかったのだがな」

「それはまたの機会に。では、私達はここで」

 ソンジは夏美が怯えているのを知って、話をさっと切り上げてくれたのだろう。深く礼をするソンジに合わせて、夏美も頭を下げる。というか、直視していられないほどの恐ろしさを感じるのだった。

 深く礼をしてからその場をそそくさと立ち去る。まだ背後に、視線を感じるようだった。

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