第21話 連れらしくしておく

「本日は、お連れ様がいらっしゃるようで。私、上院議員のフラネルと申します」

「あ……」

 フラネルが挨拶をするためにこちらに視線を向けてきたが、夏美はさっきのアイザックの挨拶は不要だという言葉を思い出してためらう。

「それは私の客人だ。挨拶は不要だ」

「そうですか。それは失礼」

 フラネルの視線からかばうように夏美の一歩前に出たアイザックの背中を見る。近づいてみると思うよりも背が高く、細身の割には肩幅もあるようだった。

(なんか、こういう姿見ると男の人って感じ……)

 いまだにさっきのときめきの香りをまとって、夏美はときめきゲージを下げきれないでいた。それ、と呼ばれたことにすら気づかない。

「それより、税法の見直しの件はどうなった」

「税法の件、ですか? 当然否決でしょうな。その様子だと、まだお聞きになっておりませんか?」

「……それにまつわる書類は届いていない」

「おや、それはそれは。担当の者に申し伝えておきましょう」

「ああ」

 フラネルが、口角を上げて目を細める。

「しかし……私には翌日には書類は届きましたがね。議会でもあまり発言なさらないので、連絡係の者も出席されていたと思わなかったのでは?」

(えっ、これって……嫌味……?)

 夏美は反応を伺おうとアイザックの横顔を見上げた。しかし涼し気な表情を崩さない。

「しかし、大変ですなぁ。母親が妾とあっては、後ろ盾も不安でしょうに。国王陛下は、何を考えていらっしゃるやら。不純な血は、それだけでも王たるに値しません」

(不純な血って……そういえば、ソンジさんが言ってたな。純血派があるとかどうとか……)

 現代日本にいても政治にはほとんど興味もなかったし、他国……異世界の政治など夏美には1ミリもわからない。しかし。

(それにしてもこの人、失礼すぎない? 本人に言うことじゃないでしょ……そんなにアイザックの立場って弱いの? 仮にも次期国王なのに……)

「……そのような戯言を言いに来たのか?」

「ここは交流の場ですぞ。会話をするのが大目的ですから」

「そうか。であれば俺の方に会話をする気はない。去れ」

 アイザックが鋭くフラネルを睨む。フラネルは薄ら笑いを浮かべて、軽い会釈をした。

「そろそろ自分が王座に値する人間だという証明を、なさってはいかがですかな。まぁ、議会の面々があなたに納得することなど来ないと思いますがね」

 睨まれたのを根に持ったのだろうか。フラネルは最後に特大の嫌味を残して去っていった。

「アイザック……大丈夫……?」

 いたたまれなくなって声をかけるが、アイザックはもう何事もなかったかのように澄ましていた。

「いちいち気にするな。慣れている」

「でも……」

「一人でも俺の姿を見たんだ。参加するという義理は果たした。帰るぞ」

「えっ、あ、うん……」

 夏美は踵を返して歩き始めたアイザックの背中を追う。

(アイザックは気にするなって言うけど……なんだか、もやもやする。アイザックは本当にこれでいいと思ってるのかな……?)

 これほど気になってしまうのは、あの夜少しだけアイザックに自分の心の大事な部分を預けたからだとは、本人は気づいていない。

(私なら、何がなんでも見返そうって思っちゃうけどなぁ……)

 声をかけてくる貴族に一言「ああ」とだけ返して歩き続けるアイザックを見ながら、夏美はそんな事を考えていた。

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