第18話 命を狙われるということ

 髪を結われ、身だしなみを整えたところで衝立を出ていく。

「おや、よく似合っておりますね。しかし、やや大きすぎますか……そうでしょうね……」

 ドレスを着た夏美を見て、ソンジが目を細める。確かに少し袖も丈も長いようで、エレナがすぐさま仮止めに来てくれた。

「こんなドレス、私が着ていいんですか? すごく高そう……」

「アイザック様の客人が貧相な服を着ていたら周囲に示しが付きませんから」

(まぁ、来賓っていうくらいだもんね……)

 このドレスを目の前にしたら、現代にいた頃に着ていた服なんてどれほど高価なものでも貧相に見えてしまうのかもしれない。

 ぎゅうと締め付けられたコルセットの苦しさと、全くと言っていいほど露出がないことを除けば夏美は、このドレスでいつも心ときめかせながら街を歩きたいと思うほどである。

「今日は仕立て屋を呼んでありますから、その者にナツミ様専用のドレスを作らせましょう」

「えっ、いいんですか!? 私、お金持ってないんですけど……」

「その点はご安心ください。アイザック様のお客様ですから、アイザック様がお出しになります。ねえ?」

「……ああ」

 ソンジはアイザックに対してだいたいどこか茶化すような口ぶりだ。側近と言っても、ただの主従関係ではないのだろう。

「そろそろ仕立て屋が来る頃です。仕立て屋を呼んできますから、こちらでお待ち下さい」

「はい……」

 ソンジがそう言って部屋を出ていくと、アイザックは近くにあったソファに腰を下ろす。

(この状況……なんでアイザックは、ここにいるんだろう?)

 なにか自分に要件があるのだと思っていたのに、何も言わず黙って座っている。

「ねえ……何か私に用でもあったんじゃないの?」

「なぜだ」

「なぜって……そこにいるから」

 そう言うと、アイザックは立ち上がり、夏美の耳に顔を寄せてくる。

「……特にない。様子を見に来ただけだ」

「そう……ならいいけど」

「だが」

「ん?」

「……お前が昨日のようなことを他人に持ちかけないか、見張っておく」

「はい!? そんなことしないよ、犯罪なんでしょ!?」

「信用できん。俺がいないときはソンジから離れるな。必ずソンジの目の届くところにいろ」

(うーん、なんだか全く信用されてない……!)

 それだけいうと、何も言えなくなった夏美を一瞥し再びソファに腰掛けた。裾直しをしていたメイドたちは、仕事を終えたらしく一礼して部屋を出ていく。

(き、気まずい……)

 二人きりになった部屋で、立っているのも妙な気がしてアイザックの正面に置かれているソファに座る。

 アイザックは目を閉じてなにか考えているのか、うつむいていた。夏美は気まずさを払拭すべく、話題を考える。

「ねぇ……」

「なんだ」

「その……命、狙われてるってソンジさんから聞いたけど……」

「……そうだが」

「怖く、ないの……?」

(よりによってなんで私、この話題チョイスしたんだろう。怖いに決まってるでしょ……)

 そもそもこの話題が王族相手に対してふさわしくもない。はらはらと返答を待つようにして見守る夏美から、アイザックは目をそらして答えた。

「もう慣れた」

「え……」

「そもそも第一王子の病は幼い頃から患っているものだ。そう長生きできる体質だと思っていない」

「じゃあ幼い頃から、命を狙われてたの?」

「そうだ」

(そっか……王子って、大変なんだな……)

 自分とは生きてきた人生が違いすぎて、何も言えなくなってしまう。

(牢獄に閉じ込められたときはもう死ぬと思ったけど……それがもうずっと続いてるってことだもんね)

 あの一瞬でさえ耐えきれないほどだったストレスを、ずっと抱えていることがもう夏美の想像の域を超えた。

(私だったら、絶対耐えきれないよ……)

 そう暗い気持ちになった瞬間、部屋に軽快なノック音が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る