第3話 むくむくと膨れ上がる性欲


「あの……」

「なんだ。文句があるか」

「そうじゃなくて……」

 夏美の手が、そっと男の頬に伸びる。男はそれを避けようとしたが、それよりも早く夏美は男の頬を両の手でそっと包んだ。

「私ともう一回シてくれたら、そのあとは帰るから」

「何を──」

「わかってるでしょ? こういうこと……」

 夏美は、男の唇にそっと口づけた。至近距離で見つめると、男は一瞬目を見開いて驚いたようだったが、何か言わせるより先に夏美が口を開く。

「ね? わかった?」

「……だめだ」

「だめじゃないよ、気持ちいいのはいいことだよ?」

 男をその気にさせるテクニックなら、これまで幾度とあるワンナイトの経験で身につけた。男の下半身にそっと手を伸ばし、優しくあそこに向けて腿を撫でる。

「お前……何してる」

 怪訝そうな顔でこちらを見ている男を、夏美は上目遣いで見る。

「その気に……ならない?」

「……少し落ち着け」

 男が夏美の両肩に手を添え、そっと押す。夏美の肌に触れる男の手は大きく、手の表皮は硬い。無骨で大きくて、男らしさを感じてさらに夏美の気持ちは燃え上がる。

「あなた、名前は?」

「……言う必要がない」

「じゃあ私のことは、夏美って呼んで」

 夏美は男の顔に顔を近づけ、口づけを求める。鼻先が擦れ、唇も触れてしまいそうな距離だ。

 男の手を取り、自分の太ももに触れさせる。

「触って」

「……お前……」

 そう言いながらも、男の瞳が熱を持ちはじめたのがわかった。ようやくこの男の心に火をつけられたことを、夏美は嬉しく思う。

(つれない態度をしている人が落ちたときが、一番楽しい)

 もう片方の男の手もワンピースをまくり上げた太ももに乗せる。男の手から体温が伝わってくると、それだけでぞくぞくした。

 男の指先が優しく太ももを撫で、その手の大きさに「男」を感じる。

「もう一回、キスして」

 男の目を見つめてねだると、男は一瞬目を伏せ、そのまま夏美の唇をついばんだ。まぶたに色気を感じて、思わずもう一歩踏み込んだキスを望んでしまう。男の唇を舌でなぞると、男もそれに応えて舌先を絡め合う。さらにお互いの体温が上がった気がした。

(ああ、もう挿れてほしくなっちゃってるかも……前戯とかどうでもいい)

 夏美は男の下腹部に手を伸ばす。一瞬男の身体が硬直した気がしたが、それも緊張のせいだと判断し、すぐにそのものに触れた。男が裸だったから、脱がせるものは何もない。

「ちょっと待っててね」

 夏美は男から身体を離し、バッグを探る。すぐにそのパッケージを見つけることができた。

(新商品も試せるし、死んでなくて本当に良かった……ん? っていうかゴム使ってない? じゃあ一回戦目は本当になかったってことなのかな? ヤる前に寝ちゃったとか?)

 この夏美がゴムを忘れるわけがない。ゴムをつけない男とのセックスは総じてきっぱり断っている。これは、その男と付き合う、未来の女性たちを守るためでもある。密かに自分が下手な男としたあとに、前の彼女のことをちょっと呪いたい気持ちになる裏返しだ。

 性に対して無駄に誇り高い夏美は、ゴムをしないでするなど考えられない。それが記憶のないときだったとしても。

(だったら、これがこの人との初セックスか。良かった~! 一回も無駄にしてなかった)

 せっかくの初セックスを記憶なしでしてしまうなんて、あまりにもったいなくて後悔するところだった。夏美はすぐさまパッケージのビニールを切って、パッケージから1つ取り出す。ギザギザのクロージャーを破り、それを手に取った。

 そして再び男の股間に手を伸ばす……も、その手は男の手によって遮られた。

「……待て」

「え……?」

  男の唇に力が入り、少しの間を空けて小さく吐息が漏れた。それは自分の理性で、性欲を抑えているように夏美には見えた。盛り上がりのピークに水をさされ、夏美は不満をあえてあらわにしたまま男を見る。

「こんなになってるのに、止めないでよ」

「……」

「ねぇ、だめなの?」

「……いや。いい」

 男はそういうと、夏美に強引に口づけてきた。逃さないとでも言うように、両頬をはさむ手の大きさと体温の高さにくらくらする。

「お前は、いいんだな?」

 唇同士が触れ合う距離で男が言う。

「うん……シて」

 夏美の言葉で、これまであくまでも冷静を保とうとしていた男の理性が途切れた気がした。

 夏美は手際よくコンドームを男のものにつける。

「何をしている」

「これで妊娠を防ぐの。だから安心して」

「……妊娠を防ぐ?」

「うん。ほら、もう一回」

 男の意識が逸れそうなのを察して、夏美はもう一度口づける。

 男の手が夏美の秘部にそっと触れる。そこからはもう、夏美の記憶は殆どない。


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