第20話 竜の水浴び
「ふぅ……久しぶりだから気持ちいいなぁ」
先にバケツいっぱいの水を汲んだ私はいつ振りかの水浴びを堪能していた。
冒険者が泊まるような宿にはいい場所でも顔を洗う程度の水しか無いから、たまにこうして川や湖を使って体を洗う。ずっとそのままでは依頼者に避けられたりするし、どんな冒険者でも最低限目立つ汚れはなくしておこうという節がある。
私だってしばらく汚れたままだと気になる。竜人にそういう文化はなかったし面倒だったりで放置する時もあったが、ギルオジに川に投げられたこともあり定期的に体は洗うようになった。
「ヨナにも言っておこう、汚れをかなり気にしてたしスッキリするだろうな」
古狩人だけど人に育てられたヨナはかなり体の汚れや匂いを気にしている傾向がある。首都の貴族のように暖かい湯を使う事はできずともこうして水浴びぐらいしないとストレスが溜まるだろうからね。
「そろそろ戻るか、ずっといたら心配するかもしれないし」
「おーいラヴァ、いつまで水を汲んで――」
「あ、ごめん。ついでに水浴びしてた」
水場から出ようとしている私の前にアドが現れた。やっぱりしばらく戻らなかったことで気になっしまったみたいだ、ヨナが一人でいるだろうし早く戻らないとな。
頭を振って水を飛ばし、置いてあった服を着るために体温を上げて乾かしていると固まったアドが直立不動のまま私のことを見ている。
「どうしたの?」
「……お前年は?」
「村では成人してるけど?」
「ギリギリセーフか……危なかった」
ギリギリアウトだと思うが気にしていないので詰めないことにする。公衆の面前で全裸だったら流石に恥ずかしいけど、水浴びの結果裸を見られるぐらい冒険者じゃよくあることだ。
わざわざ見に来るような奴は殴るがたまたま目に入ったのなら怒るようなことじゃない。アドは冒険者じゃないけど見なかったことにしてくれそうだし、私も見られなかったことにしてこの件は終わらせよう。
「水は先に汲んであるから戻ろう、採取始めるんでしょ?」
「ああ……いやその、まあいいか」
水場からテントに戻り、周りを見ていてくれたヨナが魔物や盗賊はいないと教えてくれたので水場の場所を教えて体を洗ってくるよう言うと喜んで水場に走っていった。
一応アドにはヨナは私と違って気にするからと伝えると――
「わざわざ見に行くわけ無いだろ……!」
と正論を返された。
まあアドが覗きをするようには思えないしからかい半分で言ったんだけど、これ以上は怒りそうだからドラルビーの採取を始めたアドを眺めながら待機することにした。
しばらくして会話もなく暇で、ヨナもまだ戻ってこないからドラルビーをテントに運ぶアドに気になっていたことを聞くことにした。
「ねえ、気になってることあるんだけど」
「なんだ? いま少し忙しいんだが」
「君、竜人だろ?」
会ったときから少し違和感があった。
アドは髪の色と目の色が大まかには青だが色合いが違う。水魔法使いの特徴と一致するのは髪色だけで目が深い青色をしているのは竜の特徴だ。
見た目はほとんど人間だが、竜の特徴が体に現れているのは総じて竜人。どこかで竜の血が混ざってると思っていた。
「……遠い昔の話だが、先祖が海竜の原種だ。その海竜の子供が竜種の村を抜けて人間とだけ交わり続けた結果俺みたいな竜人が生まれた」
「やっぱりそうか、でも人間として生きてるんだね」
「竜人と言ってもその力はほとんど無いからな、水の中で多少早く動けるぐらいだ。いまは祖母が魔術師だったから工房を継いで人間として生きてる」
「竜種の村にはいったことないの?」
「竜種なんて名乗れる見た目じゃないさ、行っても追い出されるだろうしそもそも先祖が村を抜けてるんだ」
作業をしながら淡々と答えるアドは本当に竜に興味がないようで、魔術師として生きている今が幸せそうに見える。姿こそ違うし血も薄いだろうけど珍しいから混血の竜人として父さんに紹介でもしようかと思ってたが、そんなことはしなくてもよさそうだ。
「魔術師のほうが便利だもんねぇ、私も魔法使ってみたいな。部屋の片付けもひょいっと」
「そんな簡単に使われちゃ魔術師が泣くだろうな。物一つ動かすだけでかなり複雑な術式が使われてるんだ、ひょいでできることじゃない」
「そうなの!? 魔術師はいつも杖を振るだけでいろんな魔法を使ってるじゃないか」
「一般的にはそう見えるだろうが、魔法っていうのはまず下地になる基礎術式があって重ねるように応用術式を――」
魔術師としてのツボをついてしまったのか、長々と説明される魔法の成り立ちから基礎、片付けをするために使われる術式の習得方法まで説明され、迫りくる眠気に負けた私はいつの間にか眠っていた。
「それで最初に説明した基礎術式が複数の物体に作用することで――」
「アドさん、もう寝ちゃってますよ……?」
「なっ!? 起きろラヴァ、いつから寝てたんだ!?」
「うわわわ!?」
「魔源定理からだな? なら応用術式の複数展開の部分まで戻って――」
いつの間にか戻ってきていたヨナが割って入ったことで、うたた寝していた私を揺さぶり起こしたアドはまた最初から説明を始めようとしたから、もう限界だった私は一旦離れて魔法についてはまた今度と言い訳して、周辺警戒を理由に距離を取って逃げた。
「魔法についての説明がガチ過ぎる……魔術師ってやっぱり変だ」
「お好きなんですね、魔法」
「好きとかいうレベルじゃないよ、魔術講師やったほうがいいんじゃないかと思ったぐらいだ」
私が寝ていることにも気づかず説明を続けてたとなると、魔術師で人間なんだなと感じる。本当は竜人だけど生き方も育ち方も人と同じで、私達とはやっぱり違うようだ。いや、ヨナは落し子だし竜人として村で生まれて育ったのは私だけか。
「ヨナ、この任務が終わったら竜種の村に行ってみない?」
「私がですか? ……受け入れられるでしょうか、落し子なのに」
「大丈夫だよ、生まれとか関係なく竜種ならみんな家族みたいなもんだって父さんも言ってたし」
「そういえば、ラヴァさんのお父さんって火竜なんですよね?」
「そうだけど……どんな竜かは村に行ってからのお楽しみかな」
「では任務が終わったら、よろしくお願いしますね!」
拳を合わせて約束し、私達は上った月を見上げながら三日後に街へ戻ることを楽しみにした。
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