第16話 笑ってる時が一番怖い

 結局洞窟の中には主になる鬼蜘蛛がいなかったから大量発生の原因はわからなかったが、アラクネの亜種がいたという報告をするためにギルドへ連れ帰ることにした。


 そろそろギルオジが帰ってくると思うし、この子もギルドで見れるなら面倒を見てもらおう。亜人でも関係なく入れてくれると思うし任せておけば問題ないだろう。


「そういえば名前は? 私ラヴァ、こっちはヨナ」


「名前……シロイロ、そう呼ばれてた」


 これ名前じゃないな。白髪だからそう呼ばれてただけで実際は名前もないんだろう。でもこの子はそう言ってるし名前じゃないなんていうのも残酷だ。見た目に合ってて可愛いし短くしてシロということにしよう。


「よし、じゃあシロ。私達はいまからギルドに戻るから一緒に行こう」


「ギルド……外? 明るいの怖い、暗いところがいい」


「大丈夫だよ、怖くないって。私達もいるしギルドでちょっと話して宿に戻るだけだから」


「怖い……ラヴァ友達でしょ、一生ここにいよう? 洞窟で二人で過ごそう、ここなら安全だから」


 腕に縋り付いて奥へと引っ張ろうとするシロに抵抗して外に連れ出そうとすると、かなりの力で引っ張られ出した。素早さに特化している亜種だと思ってたけどアラクネ本来の力強さもあるようだ。


「怖くないから! 私がここにいることになったらヨナも一緒だよ、朝起きたら食べられてるよ!」


「食べないですよっ!?」


「やだ食べられたくない洞窟出る!」


 私を引っ張るシロの目が少し怖かったが、ヨナがいてくれたおかげで一生洞窟生活を免れることが出来た。洞穴に巣を作る竜もいるけど私はそんな経験ない、日の光にはできれば毎日当たりたいと思っている。


「うーん、やっぱりこっちの方が良い」


「私は洞窟も落ち着くので意外とありでしたね」


「眩しい……やっぱり外に出たくない」


 洞窟を出た私達は日の光に各々の感想を言いながら背筋を伸ばした。


 シロは手で目を全部覆いながら俯いているが、怖いというよりもそもそも日の光が苦手なんだろう。しばらくは歩くからどうにかしてあげられないかと思っているとヨナが脱いだローブを私に手渡してきた。


「シロさんに……少しは光が遮れると思うので、私が近づくと逃げちゃいますから」


「ありがとう。種族柄怖がられるけどすぐ慣れると思うよ、ヨナは優しいから」


「はい、少しずつ話したりできればと思います」


 しょうがないことだけど、避けられてるのは気にしちゃうよな。すぐ慣れて話したりできるようになればいいけどしばらくは難しそう。あとはヨナが鬼蜘蛛とか虫類を食べているところを見られないようにしないと。


「これ使って、眩しいでしょ? ヨナが貸してくれたから」


「ありがとうラヴァ、少しだけ暗くなった……」


 ローブを着てフードを被ると額の目がほとんど隠れるみたいで俯いていたシロが前を向いて歩きだしてくれた。ヨナの服、というのも気にはしていないみたいで本人じゃなければ問題ないようだ。このあたりから慣れるよういろいろ試してみるか。


「じゃあギルドに戻ろうか。シロのことはサーヤさんに説明するとして、ギルオジが帰ってきたら処理してもらおう」


「大量発生の原因調査はいいんですか?」


「うーん、主がいないのに増えた理由もわからないしそれは専門の人に任せたほうがいいかも。洞窟自体に変な点はなかったし、シロは鬼蜘蛛がいっぱいいた理由わかる?」


「えーっと……僕が洞窟に来たときは少なくて、少し前に遠くの森で大騒ぎが起きて、その後いっぱい洞窟に集まってきて……」


「森で大騒ぎか……あっネームド討伐任務!?」


「そういえば確かに、北から逃げてきたのがこっちに集まったんですかね?」


「そうかもしれない、細かい調査は後にして可能性としてそう報告しておこう」


 棚から牡丹餅といった様子でたまたま鬼蜘蛛と生活を共にしていたシロのおかげで大量発生の原因について大体の目星がついた。調査つきの任務はギルドへの報告義務があるからわかりませんでしたとは言いづらいし運がよかったな。


「よしギルドへ戻ったら報告して、まあちょっと色々聞かれるだろうけど宿に戻ってゆっくり休もう。朝に任務に行くと昼飯食べられないことが多いしお腹も空いたよ」


「そうですね、少しだけ何か食べましょうか。その、シロさんはなにか食べられるものってあります?」


「うっ……えと……肉食、草は食べない」


 アラクネは肉食の種族なのか、いやでも亜人は人と食生活が変わることは珍しいしただの好き嫌いの可能性もあるな。帰ったらギルドでアラクネついて少し調べてみるか、本当にそれしか食べられないならいいけど嫌いという理由で食べないのなら体に悪い。


 しばらく獣道を歩き街に入ると、アラクネの亜種という珍しさもあってシロには目立たないようにフードをさらに深く被って顔を隠してもらいギルドまで向かった。


「サーヤさんただいま、ちょっと大事な話があるんだけどどこか空いてる部屋ある?」


「大事な話……ああ、またなにかあったんですね」


 後ろにいるシロをチラチラと見ながら言うと、察してくれたサーヤさんに三階の応接室に通された。この部屋は二階の待機室と違って音が漏れづらいようになっているし、角にあるから盗み聞きされる心配もない。

 サーヤさんが察しのいい人で助かった。受付で話したらまたおっさんたちになにか言われるか、そうでなくとも変な噂が立つかもしれなかったからね。


「マスターがまだ不在ですが、しょうがないのでこの部屋を使います。それで今回は誰を連れてきたんですか?」


「説明が難しいんだけど、簡単に言えば希少種……かな?」


 怖がりながらもローブを脱いだシロを見てサーヤさんが目を丸くする。

 それもそうだ、亜人と姿の違う亜種というのはそれはもう珍しい。一目でアラクネと分かる上半身に人に近い下半身。外骨格に覆われた手足の爪は糸を紡ぎ切る蜘蛛の手でこれがアラクネ以外の種族でないことは明白だ。


「アラクネの亜種……もしかして西の洞窟で?」


「そうだよ、でもこの子は大量発生に関係ないからね。原因たぶん前の討伐任務の余波みたい」


「情報源はその子ですか、とりあえず報告はそれで受け取ります。ですが亜種を連れ回すのは推奨できません、今夜はギルドに全員泊まってください」


「泊まる……? 一緒、ラヴァと一緒! 違う蛇もいる!?」


 なぜか喜んでいるシロだが、途中でヨナも一緒であることに気づき喜んだ表情から一転してその場でしゃがみ込んでしまった。


「私とシロだけいればいいんじゃ……?」


「何かあったときのためです。ヨナさんがいればアラクネは下手に動けないでしょう」


 サーヤさん、いろんなところの依頼をまとめて精査する受付嬢なだけあって亜人の習性もしっかり知ってるな。


「今晩中にマスターがお帰りになられます。その子をどうするかはその後の話です、いいですね?」


「わかった、わかったからその笑顔をやめて。私はこういう時に笑うサーヤさんが一番怖い……」


「なぜですか、私は怒ってなどいませんよ?」


 ぐいぐいと距離を詰めてくる笑顔のサーヤさんは、怒っているギルオジの数倍は怖いことをとある過去の経験から思い出し私は壁まで後ずさるのだった。

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