第15話 蜘蛛って素早いのね

 洞窟に巣を作り生まれたときから雑食で薬草も獣も食い尽くそうとする鬼蜘蛛。この呼ばれ方は通称の言い方で本来はホーンアラネアと呼ばれる魔物だ。


 白い外骨格に角のような突起物が頭から伸びていて、相手がなんであっても獲物と判断すれば群れで襲いかかる凶暴さから鬼蜘蛛と呼ばれるようになった。


 通常ギルドに依頼されるほど大量発生することは少なく、それも魔物同士の食物連鎖の結果食われて減りまた主が生んで増やすという形で一定の数を保っている。


「見える?」


「見えます、かなり多いです……幼体も含めると数百はいますね」


 踏み入れた洞窟内は暗いのでヨナの熱源感知に任せて数を確認し、どう効率的に倒すかプランを練っていた。


「幼体でも食い物は変わらないから気をつけないとね、小さいけど群れの一部だから一緒に襲ってくる」


「この数を討伐するとなるとかなり大変ですね」


「燃やすのが一番手っ取り早いんだけど、私は火を吹く時一緒に体も熱持っちゃうからなぁ。やっぱり正面から主を倒すのが一番いいか」


 短剣を咥えて体勢を低くする。

 興奮しすぎないように落ち着いて、体温調節に集中。相手は魔物と言っても所詮は虫だ、全力を出さなくていい。火を使わず短剣と体だけで倒す、これが今回の私個人の目標になる。


「ヨナは来るやつを片っ端から撃ち抜いて、でかいやつでも頭を狙えばいいよ」


「頭……一番美味しいですよね……」


「食べることは忘れようねっ!」


 洞窟の奥から私達に気づいた鬼蜘蛛が大量に向かってきたのを見て前に駆け出し応戦する。小さいやつを片っ端から叩き潰して進み、最奥の主がいる場所を目指す。


 後ろからはヨナの援護があり死角や成体を撃ち抜いてくれるから安心して突っ込むことができた。


 熱源感知はどこであっても便利な能力だ、それにヨナは素早い鬼蜘蛛を動きを先読みして矢を当てている。狩人の子というのは戦力としてこれほどまでに強いのかと実感した。


「もうそろそろ主が出てくるかな? 群れをこれだけ蹴散らされたんだ、だいぶ怒ってるに違いない」


「奥からかなり大きいものが来ています。ただ鬼蜘蛛とは形が違うような、二足歩行?」


 二足歩行の鬼蜘蛛? ありえない話だな、八本足の鬼蜘蛛にそんな亜種は聞いたことがない。


 囚われていた魔物でもいたのかとさらに警戒して待つと、ヒタヒタと聞き慣れない足音を出しながら姿を現したのは二足歩行の人間――ではなく亜人の女の子だった。


「みんなの声が聞こえないの……どこにいったの? お友達がみんなどこかに行っちゃうの、怖い怖い外に向かっていっちゃうの……」


「ア……アラクネ?」


「外は明るいから怖いの、ここは暗いから怖くないの、みんななんであっちに行っちゃうの……?」


 白い髪に赤い目、額には六つの宝石のような目を持ち外骨格に覆われた手には鋭い爪がある。蜘蛛と人を足して人よりに割ったようなその姿はアラクネそのものだが、本来巨大な蜘蛛の胴体を持つ下半身ではない。


 見るのは初めてだがおそらくは亜種。

 竜人も混血と純血で姿が違うように、より人に近い姿に進化したアラクネがうわ言のように喋りながら近づいてきた。


「みんなの声が聞こえない、みんな苦しんでた、みんなみんなみんなみんな僕の友達だったのに!」


 目を見開いたアラクネは一瞬で目の前から姿を消し、気がついたときには私の隣まで来ていて鋭い爪がある手を振りかぶったが――私の背後を見て動きが止まりまた一瞬で洞窟の奥まで戻っていった。


「へへへへ蛇、蛇蛇蛇!? 怖い怖い食べられちゃう、みんな食べられたんだ、僕も……僕も食べられる!」


 追いかけると洞窟の隅でガタガタと体を震わして頭を抱えてしゃがみこんでいた。


 もしかしてヨナが怖いのか? 鬼蜘蛛からしたら天敵だろうけど、姿を見ただけで亜人のアラクネがこんなに怖がるなんて食物連鎖っていうのはわからないものだな。


「このアラクネさんが巣の主ですか?」


「違うと思う。アラクネは亜人だ、いくらなんでも魔物は産まない……ってことは大量発生の原因は別か」


「食べないで……美味しくないの、蜘蛛は美味しくないの……ていうかなんで食べるの!? 毒があるのに、食べたら内臓だって壊れるのに……!」


 さっきまでとは打って変わって怖がり震えるアラクネに近づいてみると気配に気づいたのかまた一瞬で姿を消して振り返ると反対方向の隅っこで震えていた。


 足が速いなんてレベルじゃないな。初速から目で捉えるのは不可能な速さだ、アラクネは足が速いなんて聞いてたけどこの亜種はさらに素早さに特化したタイプなのか。


「討伐は……しなくていいですよね、魔物じゃないですし」


「そうだね、ただどういう扱いをするべきか……魔物と一緒にいた亜人なんて初めて見たよ。ギルドに連れて行くべきかな?」


「お話はできるみたいですし、聞いてみます。すいません……私冒険者ギルドの――」


「あっヨナ、君が近づいたら!」


 予想通りヨナの接近に気づいたアラクネがものすごい速度で移動を始め、もはや目には映らず音だけ聞こえるという異様な状況になった。


「あわわわ、止まってくださいー!」


「食べるもん! 蛇は僕達を食べるもん! 止まったら食べられる、食べられたくない!」


 この場合正論を言ってるのはアラクネの方かな。天敵を前にして止まれと言われて止まる奴はいない、逃げるというのは当たり前の行動だ。


「聞いてくれ、私達はギルドからきた冒険者だ。この子は君を食べないから止まって話を聞いてくれないか?」


「食べない? でもあなた達いっぱい殺した、みんな殺された……!」


「あれは魔物だよ、君は亜人だろ? 同じ蜘蛛でも意思疎通だってできないじゃないか」


「友達だもん……確かに何言ってるかわからないし僕のこと齧るし寝てたら糸でぐるぐる巻きにされてたことあるけど友達だもん!」


 それは友達じゃない、たまたま巣に自分から来てくれた餌だ。


「わかったよ、じゃあ友達になろう。私は言葉もわかるし齧らないし糸を巻き付けたりしない」


 そう言うと天井で止まったアラクネの子が糸にぶら下がりながら私の目の前までゆっくりと降りてきた。


「友達、僕と? 気持ち悪くないの? みんな僕のこと気持ち悪いって言うよ、足が二本しかなくて人間みたいで変だって」


「同じだよ、私も足が二本しかない。街に住んでる人はみんな同じさ、一緒においでよ」


「一緒? 一緒……だね?」


 差し伸べた手を硬い震える外骨格に包まれた手が掴んだ。


「できれば私とも……」


「蛇ぃぃ!? 近づかないで食べないでぇー!」


 ヨナと関係を深めるには少し時間がかかりそうだ。

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