第13話 誘ってるわけじゃない?
ヨナが持ってきた茶を受け取ったレイラは一口すすって机に置き、私は寝起きで乾いた喉を潤すために一気飲みしてコップを置いた。
「昨日討伐されたネームドの処理は私のパーティがやっている。一応討伐者不明のネームドだからな、ギルバートさんが戻ってきたら正式に協会との交渉を始めるつもりだ」
「私は巻き込まないでよね、別にあれの素材とかいらないし錬金術師は見てる分には面白いけど会いたくはない」
錬金術師っていうのは魔術師以上にぶっ飛んだ思考で生きてるから、下手に近づくとマジで素材にされかねない。人と一緒に暮らしてる亜人にこそ手を出さないけど一人だったら適当な金品を差し出して体の一部を要求してくることもあるし亜人からは結構嫌われている。
私だって耐火服に使う素材の一部をお願いしに行った時に値下げをする代わりに鱗を要求された。その時は一緒にいたギルオジが止めてくれたけどあれ以来一人で協会がある北区には近づくのを控えている。
「私が見るに、お前の体は錬金術師にとっては宝の山だからな。半永久的に使える竜の素材などあいつらから見れば喉から手が出るほど欲しいだろう」
「そんなだから冒険者ギルドに街を任されるんだ、人徳がないんだよ人徳が」
「同意だな、私も協会の人権感覚については否定派だ。亜人狩りなど許された行為ではなかったからな」
私のことを混血と呼ぶ割には亜人については寛容な人なんだな。
そういえば自己紹介してないからか、名前がわからないなら混血の竜人としか呼べないよね。あとで名前だけでも教えておこう。
また一口コップから茶を飲んで一息ついたレイラは、真剣なまなざしで私を見た。
「話を戻そう。
「……前所属してたパーティがS級の昇格とかネームド討伐を目標にしてて、下手に私が単独で倒したなんて聞いたらきっと面倒なことになる。もうギルドは辞めたくないしヨナと別の目的があるからS級になりたくもない」
「ギルドからすれば由々しき問題だな。実力のあるものが最低ランクの任務しかできんとは、ギルバードさんに言って早急にAまで上げてもらいたいものだ。そうすれば私がお前を連れまわせる」
「はぁ!? 絶対お断りだ、私もヨナも君について任務になんかいかないぞ!」
確かにA級になった冒険者は一定の実力が認められて許可が出ればS級パーティに仮で入ることができる。アレンとかは申し込んで断られてたけど、S級側からの要求は実質的に拒否権がない。そもそも実力でA級になってるような上昇志向の冒険者は断らないし、パーティに所属していたとしても笑顔で送り出されてしまう。
不敵な笑みで私に近づこうとするレイラから離れて全力で拒否の体勢を取った。だが幼少期ぶりに尻尾すら巻いて逃げようとする私に立ち上がったレイラは目にも止まらない速度で近づきまた角を掴んでベットに倒れ込んだ。
「また……レイラ、君はもっと亜人の文化を知った方がいいよ」
「何の話だ? 私は亜人に対して見下すようなことはしない、混血の竜人でも力があれば大歓迎だ」
「レイラさん……竜人の角を掴むのは、その……!」
顔を赤くしておどおどしているヨナが心配そうに見ているが、やっぱりレイラはいま自分が何をしているのかわかっていないようだ。もし他の竜人に出会った時同じようなことをしたら問題になるし教えておいた方がいいかもしれない。
「レイラ、竜人の角を掴むのは子供を作る時にしかしない……それもオスがメスを組み伏せる時にするんだ。それとも知っててやってたのか? なら答えはノーだよ」
「……なに!?」
理解が遅れてやってきたレイラが急いで角を離してベットから離れていった。
一応言わなかったけど、角を掴んで押し倒すのはいわゆる"もう我慢できない"の合図だ。知らずにやると殴られればまだマシな方で焼かれたり凍らされたりすることもある。特に男の竜人だったら勘違いされて逆に襲われることもあるから知っておいた方がいい。
これ父さんが知ったらめちゃくちゃ怒るだろうなぁ……相手がレイラならまだ許してくれるか? いや人間相手なら変わらないか、黙っておこう。
「もう、二度も掴むから私のことそういう目で見てるのかと思ったよ。わかったならしないでね」
「これはすまないことをした……仕事柄亜人と関わることが少ないものでな、これからは下手に触れるのはよしておこう」
とか言ってるけどまだ指を動かして角の感触を確かめているように見える。私の角はそんなにも握り心地が良かったのだろうか。今度自分でも……やめておこう、ヨナに見られたら変態だと思われる。
「とりあえずパーティ勧誘はやめてくれよ、私は別で目的があるから再加入したわけだしギルオジも知ってるから」
「そうか、残念だな。だがギルバートさんも関わっているなら遠慮しておこう」
「ネームドも好きにしといてくれて構わないよ、あっでもあれだけ欲しいな」
「なんだ? 本来の権利は君にある、知らなかったとはいえ失礼なことをしてしまった礼に交渉は私がするから好きなものを言ってくれ」
「骨と羽の一部、弓一本作れるぐらいの量があるといいな」
「それってもしかして……」
「うん、ヨナの武器」
ご明察、ヨナの弓の素材が欲しいわけだ。
私には武器があるけどヨナが持っているのは貸与品でどこにでもあるような木の弓だったからこの機会に専用のものを作るのもいいだろう。ネームドの素材をこの街の鍛冶屋に頼んで作って貰えば討伐任務もだいぶ楽になるはずだ。
「私は何もしてないのにいいんですか?」
「一緒のパーティだからね、報酬は分けるからいいよ。あとは私の服か……これはギルオジに頼んでみないとわからないな」
「服……? ああお前は火竜だったな、耐火服が必要か。そういえばあの魔術師が……」
少し考える仕草を見せたレイラが何かを思いついたように指を鳴らして部屋の入口の方まで歩いていき、扉を開けて振り向いた。
「お前たちの装備についてだが、私に一任してもらえると助かる。明日にはどうにかなるから今日はいつも通り過ごしてくれ、ではまた明日の朝に来る」
「待って、名前言ってなかった。ラヴァだよ」
「そうかラヴァ、ではまた明日に」
そう言って出ていったレイラを見送った後、とりあえず着替えた私は待っているヨナと一緒に朝飯のチーズサンドイッチを食べてから宿を出た。
「とりあえずギルド行こっか」
「そうですね、明日も来ると言ってましたけど本当によかったんでしょうか?」
「大丈夫じゃない? まあ悪い人じゃなかったし、ちょっと常識がなかったけどあれでもS級だから」
耐火服が用意できないから今日も薬草採取しかすることはないが、一応働かないといずれ食えなくなるのでいつも通りギルドに向かった。
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