第8話 私達に指名?
朝、目の前にある魅力的な二つの肉まんをどうしてやろうかと考えていた。
二つあるのだから、一つはいただいてもいいと私はいつも思っている。なんなら場合よっては二ついただく。だが一つがかなり大きい、二ついただく前に満足してしまうから一つだけ手にとって楽しむのがいいだろうか?
いやもったいない。二つあって受け取るのは私だけ、なら一つで満足してしまってももう一つを後の楽しみにとっておくのはどうだろうか。
かなり悩ましいが、問題はそれが私に差し出されたものではなく偶然私の目の前にあっただけということ。
勝手にいただけば後で怒られるのは明白、だがいつまで人の街で生活できるかわからない私は二つ同時に手に取ることにした。
「ゲットだぜ!」
「ひゃああああ!?」
叫びながら跳ね起きたヨナは、胸を掴む私の手を振りほどき尻尾で思いっきりビンタしてベットから逃げていった。
「いたた、蛇竜の鱗って結構硬いんだなー……」
「ななな、なにしてるんですかラヴァさん!」
「いや、そこにあったからなんかもったいなくて」
「やっぱり今日から床で寝ます!」
涙目で訴えるヨナに何度も謝り、もう絶対にしないという約束をしてギルドへ行く準備を始めた。
私は着替えるだけで終わりだが髪の長いヨナは時間がかかるようで、着替える前に髪を水で撫でてとかし、服の皺を伸ばして他にも体の汚れのチェックなど身だしなみにかなり気を使っている。
そして髪が乾くまでの間に朝食を準備して食べ始めたのだが、パンを咥える私を見てなにか言いたげな顔をした。
「ラヴァさんはそれだけですか?」
「うん? 私は別に気にしてないよ、どうせ任務行ったら汚れるし」
「寝癖ぐらい直しましょう。せっかく綺麗な赤髪なんですから、私がやってあげますね」
「いや、別にそんな――あぁ……」
返答を聞く前に桶に水を入れて持ってきたヨナが私の髪を濡らして整え、ついでに汚れている鱗などをタオルで拭き取ってくれた。
「お父さん譲りですか?」
「髪色? これは父さんのもあるけど母さんもかな、炎を使う魔術師だったから」
魔術師の子は親の魔力の影響を受けて成長と共に体色が変化することがある。親が強い魔力を持てば持つほどその色は鮮明になり、その家系が高名な魔術師だということの証明になるので人間たちの間では綺麗に変わった髪や目の色は一族の誇りになる。
竜人を含めた亜人は種族により体色が異なるのであまり気にされないし、私の母が魔術師だと知っているのもギルオジとサーヤさんだけだ。だからギルドでも私の髪色は火竜の血によるものだと思われていた。
「とても良い魔術師だったんですね、こんな綺麗な赤髪は初めて見ました」
「ヨナのも綺麗だよ、やっぱり黒髪はいいよね。ちょっと憧れる」
「そう言っていただけると嬉しいです。私の親も人のほうが黒髪だったんだと思います」
蛇竜の髪色は暗い緑が多い。
ヨナにも多少その特徴が現れているがほとんど黒だ。黒髪は東国の山岳にしかいなくて珍しいから、ヨナの人間の方の親はその地域の出身だったのかもしれない。
「はい、できましたよ」
「ありがと、髪を整えるなんて久しぶりだよ。村にいた時以来かな」
「もう少し長ければ結えたんですけど、少し長さが足りませんね」
「そこまでしなくていいよ、長すぎても邪魔だし」
「せっかく可愛いのに……」
整った髪をいじくりまわす私の後ろでポツリとそう呟いたヨナは、ローブを着て昨日は深く被っていたフードを被らず長い髪を一本にまとめた。掃除をしたときのようなポニーテールで動きやすそう、しかも可愛い。
「髪まとめるんだね」
「あっ……これはその、任務で動き回るのがわかったので動きやすいように。別に昨日のことを気にしてるわけでは……」
「いいと思うよ、薬草採取だけでもかなり動くし暑いもんね」
「……はい」
なんか不満そうなヨナだが、とりあえず気にしないことにして働かないことには暮らせない冒険者である私達は今日もギルドに向かった。
ギルドは今日も賑やかで、私たちのことはほとんどの人が気にもせず楽に稼げそうな任務や適当にサボっててもよさそうな任務を探している。
私もできることは薬草採取程度の低ランクの中であれ少しは報酬の良い任務をと探していると、朝の受付をやっているネルさんから声をかけられた。
「ラヴァさん、ヨナさん、お二人にご指名の任務です」
「Eランクに指名? そんなもの好きどこに――」
渡された依頼書に書いてあるのは郊外の村の警備任務。最近現れた魔物の中でも特に強力なネームド討伐任務の際に逃げ出す魔物が村に近づかないよう周辺警備をするというものだ。
ネームドとは冒険者ギルドに特別強力と指定された魔物のことで、正式にギルドから名前を付けられている。大抵A級以上のパーティを単独で撃退している実績があるからそいつ自体が危険だし、そういう奴を討伐する時は巻き添えを恐れた弱い魔物が周辺の村に逃げ込むから、それを倒して村を守る任務を他の冒険者が背負うことになる。
「今朝商人の方が来られまして、今日予定されているネームド討伐の際に行う村警備はお二人に任せたいと。ご老人でしたがなにか関係でも?」
「えっと、確か商人に会ったような……」
「もしかして昨日の?」
老人の商人と言われて思い出したのは、昨日は薬草採取の際に助けた盗賊に襲われていた人だった。名前も名乗っていなかったけど混血の竜人だったから伝わったんだろうな、報酬も他のEランク任務とは比較にならないほど良いし村にくる魔物なんて雑魚ばかり、指名なら受けない手はないだろう。
「よしやろう、ヨナもいいよね?」
「指名というのなら、少し怖いですけど受けます」
「じゃあ武器も借りなきゃね、剣とかなら貸出してるから頼むといいよ」
「では、弓をお願いします」
「わかりました、いまお持ちしますので少々お待ちください」
パーティ全員の許可が出たことで依頼書は承認され、ネムさんから任務の内容と討伐を予定されているネームドの概要を聞いて警備する村に向かうことになった。
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