第7話 片付けは苦手なんだ

 不本意な事実に気づきつつも晩飯を食べ終わった私たちは日も落ちて暗い街を歩きながら宿を目指しつつ、ちょっと遠回りして覚えておいた方がいい場所を案内していた。


 この街は大まかに歪な六角形をしていて東西南北に各三つずつの区画がある。

 食堂と宿を結ぶ道からは遠すぎる北区と一度寄った魔法街のある東区は口だけの説明になったが大体はヨナも理解してくれたようで、気になるのはやはり東の魔法街らしい。


「東の魔法街は二区が一般向けだから今度行こうか。魔術師の人は偏見がないし私たちが歩いてても危ないことは少ないよ」


「少ないってことは……もしかして」


「いやまあ……竜の鱗は珍しいから素材として売ってくれって言い寄られて、断ったら夜道で尻尾を切られそうになったり、角を削られそうになったこともあるけどそんな危ないことはないよ」


「十分危険ですよ!?」


 魔術師っていうのは結局のところ変人の集団だからなぁ。

 稼ぐなら冒険者の方がいいし、安全を取るなら街で商業なり貿易なりした方がいい。そんな選択肢を捨てて危険な素材採取や実験を繰り返す魔術師を選んでるんだからそれなりにこだわりがあるのはわかるけど、今日の依頼者のように夜通しの研究で寝てないとかざらだ。人生を魔法に賭けすぎて竜人含めた亜人を素材だと思ってる人もいなくもない。

 行くときは一人じゃなくて私もちゃんと着いていこう。


「北区の錬金協会は? あそこも結構面白いよ、たまに公開錬金とかしてるし」


「錬金術はちょっと、難しそうで……」


「確かにそうか、見てる分にはよくわからないものをかき混ぜてるようにしか見えないもんね。でもパンを鉄みたいに固くしてパンの剣作ってたのはめちゃくちゃ笑ったけど」


「なんか……めちゃくちゃなことばかりしてるんですね、この街の人」


「対外的なパフォーマンスだからね、冒険者の街なんて言われてるけど魔術師も錬金術師も自分たちの成果を見てもらいたいんだ。飲んだくれが街の代表とかありえないだろって酒場でぼやいてる人はいっぱいいいるよ」


 表立っては言えないが私からすればこういう競い合いは面白い、本人たちからしたら死活問題なんだろうけど。


 魔術師も錬金術師も金を稼ぐには成果を出さなきゃいけない、でも成果のために金がいる、なんていう矛盾の中で生きてるわけだし。こういう道を選ぶ人は至って変わり者だ。


「さあ、ここが宿屋だよ!」


「このお店が……ずいぶんと大きな場所ですね」


「そりゃあこれでも元A級だったからね、ギルオジにも宿探し手伝ってもらって見つけた宿だし、しばらくはここで過ごせるよ」


「そういえばギルド長さんとはどういう関係なんですか?」


「それは中で話そう、夜になると流石にちょっと寒い」


「ふふっ、火竜の方がですか?」


 宿について緊張が解けたのか、寒そうなふりをする私を見て始めてヨナが笑ってくれた。ちなみにもちろん寒くない、言ってる通り火竜だし私は全裸で雪山でも平気だ。


 それにしても何度か冗談言ったりしてたけど、やっと笑ってくれたなぁ。髪が長くて見えづらいけど笑顔が可愛い、もっと笑って欲しいな――なんて思ってたのに泊まっていた部屋の扉を開けた瞬間、ヨナの顔は絶望に変わってしまった。


「こ、これ……部屋ですか?」


「ごめんごめん、そういえば今朝起きてそのまんまだった。とりあえずベットは使えるから先に――」


 かなり散らかっている部屋の中を進んでベットの上にある脱ぎっぱなしの服をどかすと、まだ入口で立ち止まっているヨナが少し震えているように見えた。


「――メです……」


「なんて?」


「こんな部屋ダメです! 服は脱ぎっぱなし、ゴミは置きっぱなし、食器も洗わず放置してるじゃないですか!?」


「そりゃ私家事とかできないし……死ぬわけじゃないんだからそんな」


「死にます! 竜人だって人らしい生活しないと体を壊すんですよ、掃除しますのでどいててください!」


 やけに強気なヨナの圧に押されて部屋の隅に追いやられ、ローブを脱いで長い髪を結んだヨナが驚くほどテキパキと部屋の掃除を始めた。


 落ちていたゴミは袋にまとめられ、脱ぎっぱなしの服は区別して籠に入れて、放置された食器は輝くほど綺麗に磨かれ、あっという間に私の部屋は住み始める前のような新品の部屋の様子を取り戻していった。


「こうして汚れが固まらないように水につけて……聞いてますかラヴァさん!」


「ポニテ可愛い」


「えっ!? そんな、これは掃除の邪魔だからまとめただけで……じゃなくて洗い方を覚えてください!」


 顔を赤くしたヨナをからかいながらも掃除の仕方を教わり、ある程度自分でも片付けをしたところで使えるようになった椅子に座った。


「というわけでオカン」


「ヨナです、ラヴァさんのお母さんじゃありません」


「ギルオジ……ギルド長との話だっけ? そんな大層な関係じゃないけど気になる?」


「気になります。サーヤさんからギルド長は高名な冒険者だと聞きましたし、ラヴァさんはとても仲が良さそうだったので。まるで親子みたいでした」


 殴られて投げ飛ばされてめり込まされる父親かぁ……火竜の父さんと比べても竜のほうがマシかもしれないな。


「ギルオジとは昔ね――」


 こうして私は人の街にきて初めて他人に出生の話をした。ややこしいところや父さんの話は多少端折って、ギルオジとの出会いや人と関わりたくて竜種の村を出たこと。本来なら帰るはずだったことも伝えて、それをヨナはとても真剣に聞いてくれた。


「火竜のお父さんとギルド長さんがお知り合いだったなんて、それに竜種の村に会いに行けるほどの間柄だなんてすごいですね」


「初めて会った時は髭を引っ張って、その後尻尾を掴んで振り回された。来る度ひどい目に合ってたよ、父さんも母さんも止めないしさ」


「それはラヴァさんが悪いのでは……?」


 なにを言うんだ。子供の遊びに笑って付き合うのが大人だろ、それがちょっかいかける度に殴る投げる振り回す、挙句の果てには埋められたこともある。いま思い返してもギルオジが私を娘のようだと言っているのが信用できない。


「まあギルド長になってから会えなくなったし、結局顔見たくてこっちに来たところもあるんだけど」


「お好きなんですね、ギルド長さんのこと」


「す、好きじゃないよ! ただ小さい頃から遊び相手だったから村に来なくなって手持ち無沙汰で、あそこは何もなくて暇だったし……もう寝るよ!」


「はい、では私は床を使わせてもらいますね」


「え? ベット広いから二人で寝れるけど」


「いえいえ、私はお部屋を使わせてもらえるだけでありがたいのでベットは……」


「さむいなー、最近の夜はさむいさむい。誰か一緒にベットを暖めてくれる人いないかなー」


 わざとらしく体を擦りながらチラチラとヨナの方を見ていると、根負けしたのかベットまで来てくれた。


 うん、これでいい。蛇竜は寒さにあまり強くないらしいし、床で寝たりしたらそれこそ体を壊すだろう。ちょっと無理してでも呼んでよかった。


「失礼します……」


「どうぞどうぞ!」


 二人で一つのベットを使う。

 人の街に来てからこんなことはないと思っていたが、久しぶりに少しだけ暖かい気持ちで夜を過ごすことが出来た。

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