第2話 故郷に帰るはずだった

ギルドを出れば冒険者でもない一般の竜人。あとは長く借りていた宿に戻って荷造りだけど……掃除しないと怒られるかな? だいぶ散らかしたままだった気がする。


「でも腹減ったなあ、先になんか食べておこう」


 宿とは反対方向のよく一人で行っていた食堂も目指して歩き出し、町の西にある商業区あたりまで来たところで珍しく人だかりがあった。

 商業区と言っても使うのは貿易商とか冒険者ぐらい、珍しいものもない街で何があったのだろうと人混みをかき分けて中心を見ると半笑いの男二人が私と同じぐらいの背丈の人に絡んでいた。


「あれ、竜人?」


 ローブを着ているが足元に鱗に覆われた尻尾が見え隠れしている。絡まれているということか混血か、絡んでいる男が腰に短刀を持っているせいで周りの人は見るだけで助けには行けないみたいだ。


 同種の好だ、助けてあげるか。


「君たち、竜人の子になに絡んでるのかな?」


「なんだお前……はっ、こいつも混血だぜ!」


「おいおいなに人間様に話しかけてんだよ、トカゲは道に這いつくばって歩け!」


 典型的な輩だな。しかも混血だからって竜人をトカゲ呼ばわり、私だって怒ることあるんだぞ。


「カッチーン、怒りのドラゴンパンチ!」


「あがっ!?」


 拳を固めてヘラヘラしていた男の顔面を殴り飛ばした。


 冒険者になる前から喧嘩は慣れっこだ。相手が二人がかりでも問題ない。武器を持っていても竜人の鱗は硬いからね、全然怖くないよ。


「てめっ、ぶっ殺して――ぐはっ!」


「ふぅ……はいおしまい、これに懲りたら竜人に絡むんじゃないぞ」


 短刀を取り出そうとした男の腹を蹴って地面に沈ませ、起き上がらないことを確認して絡まれていた竜人の子を方を向くと緑がかった黒い髪に金色の目、見る限り蛇竜の竜人だった。


「あ、ありがとうございます……」


「気にしないで、同じ竜人だろ? おっと、もう離れたほうがいいかも……」


 頭を下げて礼をしてくれたけど周りもざわつき始めちゃったし、いつの間にか誰かが警備隊を呼んでいたようなので蛇竜の子を連れて人のいない場所まで移動し、落ち着いてから元々行くつもりだった食堂に入った。


「ここ座って、おっちゃんおすすめ二つ!」


「あいよ!」


 厨房に注文して席に座り、流れで連れてきてしまった子の話を聞くことになった。

 混血に会ったのは久しぶり――というか人の街にはほとんどいないしなんの目的でこの街に来たのか気になったからだ。


「私ラヴァ、火竜の混血だよ。名前を教えてくれる?」


「ヨナです……蛇竜の混血で、えっと、助けてくれてありがとうございます」


「気にしないでいいって、人の街だとあんなの日常茶飯事だから。それよりなんで街に来たの?」


「あの……冒険者に、なりたくて……」


 恥ずかしそうに話すのは自信のなさからだろうか。確かに蛇竜の竜人は戦い向きとは言えないけど、冒険者になる程度ならそんなに思い詰めなくてもいいのに。


 そうだ、せっかくだからギルドを紹介してあげよう。どうせどこいっても扱いは変わらないし、ならせめてギルオジがいるところのほうがよさそうだ。


「任せてよ、私はこれでもA級パーティ……はクビになったんだけど冒険者やってたから!」


「そうなんですか! でもクビになったって、やっぱり混血は……」


「気にしないで、私の問題だったから。それにギルド加入さえすればソロでも活動できるし、遠方任務でギルドに戻ってこない人も多いから」


 冒険者になってもらえるギルドカードは身分証明証みたいなもので、活動のすべてをギルドに任せる必要はない。長期で遠方に行くこともあるし、任務を受けずに魔物を倒して適当な街で売って暮らすなんてこともできる。


 私はパーティ加入が条件だったからずっとギルドにいたけど、実は冒険者っていうのはかなり自由な職業だ。それ故にソロで危険地帯に向かったりしていつの間にかいなくなる人も多いけど、気をつけていれば若いうちは結構安泰だったりする。


「私がいたギルドはギルオジ――ギルド長とか受付嬢は種族差別しないし入れてくれると思うよ、あとは自由だからソロで好きなように冒険するといい」


「ソロ、ですか……」


 うつむくヨナは自信がないというか、怯えているように見えた。冒険者になりたいという夢はあるものの、なにか理由があってパーティを組みたいとかかな。


「ソロでいけない理由がある?」


「そんなことないんですけど、私生まれも育ちも竜種の村じゃなくて……情けないけど魔物が怖いんです。さっきも男の人に絡まれて何もできなかったし、本当にやっていけるのかなって」


 生まれも育ちも竜種の村じゃないというのは竜人としてかなり珍しい出生になる。本来なら混血は竜に見初められた人が村に嫁いだりするし、純血でも結婚して子供を授かるなら村に帰る風習がある。

 例外があるとすれば――


「落し子か……」


「……はい」


 竜の落し子――

 どの村や種にも属さず世界各地を飛び回る竜が人と交わって生まれる竜人。そういう竜人は巣ですら生まれず人もいない辺境に産み落とされて親竜に育てられることもない。

 運が良ければ野生で生きられるけど、身なりもよく言葉も話せるように育つ子はなかなかいない。


「たまたま生まれてすぐに人に拾われたので生きていられました。でもその人は冒険者で長く帰ってきてないんです、だから何か手掛かりがあればと思って」


「遠征で帰ってきてない冒険者の手掛かりかぁ、所属と名前がわかればいいんだけど」


「リーヴァス・メルクライシスといいます、ギルドに入っていたかはわかりませんけど、名前だけなら」


「よし、ご飯食べたらギルドに言って聞いてみよう! ついでに冒険者登録もするといい」


「わかりました、いろいろとありがとうございます」


 ペコリと頭を下げたヨナの体の一点、ある一点に視線を注いでしまった。そう、服の隙間から覗くとても美しい谷間に――


「お客さん……!」


「ああ、ナイスボイン!」


「ふぇっ!?」


 いつの間にか注文していた料理を運んできてくれた食堂のおっちゃんと目を合わせて、示し合わせたように親指を立てた。




――――――――――――――――――


【あとがき】

本編では書いてませんが『混血』と『純血』の違いは瞳孔や手足が竜か人かで判断されます。

より竜らしい姿が混血で人に近く角や尻尾だけがあるのが純血です


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