第4章86話:ジル視点

<ジル視点>


夕闇ゆうやみの森。


しずみゆく夕陽ゆうひに照らされながら、ジルは森の中を駆け抜ける。


「はぁ……はっ……はぁ……はっ……はぁ……っ!!」


走る。


走る。


走る。


身体が熱気に包まれている。


汗ばんで、息が苦しい。


だが、汗をぬぐうこともせず。


ひたすら逃げる。


(セレナに、関わるんじゃなかった……!)


ジルは心の中で、思った。


(復讐なんて考えず、トンズラこいてりゃ良かった……!)


後悔の念が胸の中をかきむしる。


ドレアスが死んだ。


ニッシュが死んだ。


次は……自分だ。


自分が殺される番だ。


そう思うと、背筋が凍りつきそうになった。


夕闇を走り抜ける熱気すら、一瞬で冷めてしまいかねないぐらい。


「はぁっ……はぁっ……はっ、はぁ……、はっ、はっ、……はぁっ……!」


ひたすら逃げる。


しかし後ろから、何かが追いかけてきている。


ドタドタ。


ドタドタ。


ドタドタと、人間らしからぬ異様な足音を響かせて。


ジルは理解した。


あの足音に追いつかれたら終わりだと。


自分は間違いなく殺されると。


「くっ……!!」


必死で逃げる。


だが。


足音が近づいてくる。


ダメだ。


このままじゃ、追いつかれる。


(隠れるしかねえ……!)


おそらくまだ自分の姿は捕捉ほそくされていない。


今ならまだ、隠れてやり過ごすことができるはずだ。


そう思ったジルは、しげみを突き抜けた先で、大木たいぼくの後ろに身を隠した。


荒くなった息をおさえ、呼吸を最小限にとどめる。


「……」


心臓がバクバクと早鐘はやがねを打っていた。


ジルは、そっと様子をうかがう。


ドタドタと、奇怪な足音で走ってきていたのは――――


少女。


いや、少女……なのか?


全身が薄黄色うすきいろであり。


目からは茶色の液体がどろりと流れている。


「ひっ……」


あまりにおぞましい化け物であり、ジルは戦慄せんりつしてしまう。


その少女が発声する。


「ジ、ルう、さぁぁんン!!」


ぎこちない声。


「ジル、さ、ううんんん! どぉコなン、デスか~?」


耳がおかしくなりそうな発音だ。


「アキャ―――――」


さらに。


「アキャ!! アキャキャキャヒャハハキャハアアアア!! ヒハハハ! キハハハハハ!!」


イカれたように笑い始める。


人間の笑い声ではない。


(……ダメだ)


ジルは思う。


アレに見つかったらダメだ。


そう確信する。


だからできるだけ気配を殺した。


少女が、どてどてと歩く。


(頼むからこっちに来るなよ……!)


とジルが、神に祈るような気持ちで懇願こんがんする。

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