第4章68話:勧誘

そのときライネアさんが、チョコレート・ハウスを見上げた。


尋ねてくる。


「ところで……お前たちは、ずいぶんと珍奇ちんきな家に住んでいるのだな?」


ライネアさんの視線につられて、クレアベルも背後のチョコレート・ハウスを見上げる。


そしてクレアベルが答えた。


「これは、セレナが作ったんですよ」


「……なに? どういうことだ?」


「信じられないかもしれませんが、この家はセレナの魔法――――チョコレート魔法による創造物、ということです。すごいでしょう?」


とクレアベルが自慢げに微笑む。


ライネアさんが目を見開きつつ、つぶやく。


「それは……確かにすごいな。魔法で、家を」


「はい。ご覧の通り、ネリアンヌたちに山小屋が壊されましたからね。セレナが、当面の住みかを作ってくれたのです。セレナの魔法には度々たびたび驚かされていますが、今回は、特に驚きましたね」


とクレアベルは苦笑した。


ふむ……とライネアさんが感心したように鼻を鳴らす。


ライネアさんが言った。


「実は……ジルの件だけでなく、セレナさんについても、話があって来たのだ」


「セレナに?」


「ああ。――――セレナさん、君を是非、騎士団に勧誘したい」


「!!」


その発言に、私もクレアベルも驚愕する。


ライネアさんが、勧誘の理由を述べる。


「庶民が決闘にて貴族を打ち破るなど異例のことだ。特に、まだ子どもに過ぎない君が、ジルのような実力者に勝利するのは、にわかに信じがたい」


とライネアさんが賞賛しつつ、続けた。


「このような家を創造できる力も、実に魅力的だ。セレナさんには、ぜひ騎士団員きしだんいんとして、国や人々のために、その力をふるってもらいたいと思う。……いかがだろうか?」


ライネアさんは、真摯しんしな目つきで私を見つめてくる。


冗談ではなく、本気で勧誘してきているのだ。


しかし。


私は騎士になるつもりなどなかった。


「申し訳ありませんが……遠慮します」


「……そうか」


とライネアさんは食い下がりはしなかった。


彼女は告げる。


「しかし、騎士団はいつでも君の入隊を歓迎している。気が向いたら、王都の騎士団を訪ねてくれ。……では、私はこれにて失礼する」


用が済んだか、ライネアさんがきびすを返して歩き出した。


やがてライネアさんの背中が見えなくなったところで、クレアベルが言った。


「……お前の人生だから、あまりとやかく言いたくはないが」


そう前置きしてから、クレアベルが続ける。


「騎士になれば、騎士爵きししゃくという爵位が得られる。つまり貴族になれるんだ。こんなチャンスは二度とない。よく考えたほうがいいぞ」


わかっている。


騎士団に入れるチャンス。


望んだって、誰もが得られるものじゃない。


庶民が人生逆転する、千載一遇せんざいいちぐうの機会なのだろう。


しかし。


(騎士とか、興味ないもん)


私は異世界でスローライフをしたいと思っている。


いつか旅に出ることぐらいはあるかもしれないが、騎士になるという未来絵図みらいえずは、私にはない。


そんなことよりも、今は。


ジルをぶっ殺すことを考えなくちゃね。

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