第3章28話:街2

演奏が終わったあと。


立ち聞きしていたギャラリーたちが拍手をした。


楽団の手前の地面に、投げ銭かごが置かれている。


幾人かは、そこに硬貨を投げていた。


楽団のメンバーたちは感謝の言葉を口にしながら、観客に礼を繰り返している。


クレアベルも500リソルほどを投げてあげていた。


1リソル=1円の価値。


つまり500リソルとは、だいたい500円ぐらいの金額である。


「さて、いこうか」


とクレアベルが言った。


私たちはうなずき、歩き出す。





街路を歩く。


「良い曲だったね!」


とアイリスが興奮したように言った。


アイリスはよほどさきほどの演奏が楽しかったのか、しきりに音楽のことを褒めている。


「そうですね」


と私は肯定する。


ウソを言ったつもりはない。


なんだかんだ、私も演奏を楽しめたからだ。


やはり音楽は良い。


また聞きたいものだ。


「あ、そうだ」


クレアベルはそのとき、思い出したように言った。


「お前たちに買ってあげたいものがあったんだ」


「……? なんですか?」


「本だよ」


「わー!? ご本を買ってくれるの? 楽しみ!」


と、アイリスがはしゃいだ。


一方、私は首をかしげる。


クレアベルが説明する。


「家にある本は、もう読みつくしただろう? だから新しいのを買ってあげようと思ったんだ」


なるほど。


それは嬉しい。


娯楽の少ない異世界では、読書は格好の暇つぶしになるし……


読書はボキャブラリーを増やしてくれるしね。


「本屋はこっちだ。ついてこい」


「うん!」


とアイリスが嬉しそうに言った。


街の本屋へとやってくる。


古書店のような趣のある、クラシカルな店であった。


カウンターの向こうで、老婆が座っている。


フロアの両側に書棚が並んでおり、本が置かれている。


アイビーのような形をした可愛らしいツル草が、カウンターや本棚に絡まっていた。


ふと見上げると、天井からはポーション瓶のようなものがいくつも吊るされている。


ポーション瓶の中には、光る鉱石が入っており、それらが照明の役割を果たしていた。


(良い雰囲気の店ですね)


と率直に思った。


棚に近づいて、陳列された本を眺めてみる。


どうやら販売している書物の数は多くない。


しかもかなり値段が高いようだ。


まあ、そりゃそうか。


異世界では識字率が高くないから、本を書くのは一流の仕事。


読むのも貴族などの富裕層がメインだから、本は高級品となっているのだ。


「お母さん……大丈夫ですか?」


「財布の心配か? 気にするな。まあ、高いのは無理だが……そうだな。これぐらいの値段のやつなら、なんとかなる」


クレアベルは指をさした。


そこには5万リソルぐらいで買える本が並んでいた。


他の本に比べれば安い。


といっても、5万リソル(5万円)なのだが。


「私、これがいい!」


とアイリスが指さした。


アイリスが示唆した本は、銀色の魚と少女が描かれた本だった。


おそらくアイリスは、表紙のイラストに惹かれたのだろう。


まあ素敵なイラストだし、私も否定するつもりはなかった。


「私も、それで構いません」


「そうか? じゃあ、この本にするか」


と、クレアベルが本を手にとり、カウンターへと持っていった。


本を購入する。


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