④ あなたはそれで本当にいいの?

「なんで…私も、山村先生も、なにも悪いことしてない…」


生徒相談室で泣きじゃくる金山さんの背中をさすりながら、わたしはほとほと困り果てていました。


あの校長室での会談の後、事態は思わぬ方向に進んでしまったのです。




校長と話した翌日から、さっそく金山さん本人と山村先生に対する事情聴取が行われました。


さすがにすぐに解決するなどと思っていたわけではありませんが、そうは言ってもそのうち当事者の証言やメッセージ履歴などから決定的な証拠が得られ、山村先生は免職か自主退職となり、金山さんも悪い夢から覚めるだろう、と、誰もが思っていました。


しかし、そうはいきませんでした。


金山さんも山村先生も、”自家用車で家の前まで行った”ところまでは認めたものの、それ以上のことについては「家にはあがっていません。何もありませんでした」と一切口を閉ざし、LINEの履歴の提出もかたくなに拒否したのです。


―これではまずい…。


山村先生はともかく、”被害者”となるはずの金山さん本人がそのスタンスを突き通す以上、警察がからむような刑事事件にはなりえず、われわれも「指導」の範疇を超えるようなこと―無理に本人に白状させたり、スマホを強引に提出させたりすること―はできません。

仮にそんなことをすれば、むしろこちらが訴えられるおそれすらあるのです。


「金山さん、本当に何もなかったの?家にもあがってない?なんというか、その…言ったらいけないんじゃないかとか、そういう風に考えてて黙っていたりしない?」


「違います…なにもないです…なにもない、って言ってるじゃないですかぁ…、山村先生、優しいから、わたし、ただ好き、なだけなのに…」


金山さんが、好きになってしまった山村先生のことを守ろうとして事実を隠している、ということは他の状況からみてもほぼ明白でした。

しかし、決定打となる本人の証言がないのです。言葉を詰まらせながら答える金山さんの姿を見ると、わたしもさすがにそれ以上は踏み込めません。実際、悪いのは教員側であって、そもそも金山さんが誰かに責められるような話でもないのですから。



再び関係者が校長室に集められたときには、わたしも沢田先生もすっかり途方に暮れていました。


「決定的な証拠がないうえに、本人が『何もなかった』を貫いているんじゃ、正直、免職まではいかんだろうなぁ。ただ車に生徒乗せてたってだけになるんだから」


山村先生への聴取を終えた校長が、あきらめたように半笑いで言いました。


「じゃあ、いっても停職って感じですか?まあそれでもさすがに学校にはもういられないでしょうけど…」


「いや、それがねぇ、自主退職の意志もなさそうなんだよ、あの男は」


校長の言葉に、わたしは驚きを隠せませんでした。


「そんな…それじゃ、山村先生は免職じゃない限りまたこの学校に戻ってこようとしてるってことですか?うちの生徒に最低なことをしたのに!?」


「いやいや、私に言われてもね。そもそも処分を決めるのは教育委員会だし、この状況だと校長権限ではそれ以上何もできんよ」


校長は手をひらひらさせてあきらめた様子で言いましたが、わたしにはとんでもないことのように思えました。


生徒を自宅にあげ、一線を超える行為をおこなった、ということが認められない以上、どんなにほかの状況証拠があったとしてもその部分についてのおとがめは受けない。そしてその教員は学校に居続ける―。


―それでは、第二、第三の被害者が出てくる可能性が高まるだけではないか。


わたしは何とも言えず暗い気持ちになりました。



問題はそれだけではありません。


「ねぇ先生、ウチたち、ほんと余計なことしちゃったよぉ、どうしよう…ねえどうしよう」


職員室前の廊下に戻る道すがら、飯田さんと宮下さんが震えながら泣きついてきました。二人は自分たちの告発によって、友人である金山さんに取り返しのつかない迷惑をかけてしまったと感じていたのです。


確かにこの状況は、あくまでも表面だけみれば、同意のうえで成立している恋人同士の仲を無理やり引き裂こうとしただけのような構図にも見えました。


「あんなこと言わなければよかった…ねぇ先生、ウチら、さゆりのためだと思ってたんだよ、なんでこうなっちゃうの、お願い、全部、全部なかったことにしてよ、せんせぇ」


声を押し殺しながら嗚咽する二人に、わたしはただ「大丈夫」と声をかけることしかできませんでした。

危ない橋を渡ろうとする友人を止めようとすることに何も間違いなどないはずなのに、悪いのはすべて教員のほうなのに、なぜこうなってしまうのだろう。わたし自身も、ただただそう思うしかありませんでした。


―ねえ、金山さん。あなたはそれで本当にいいの?このままじゃあなた自身にも、ほかの生徒にも、そしてきっと山村先生にとっても、不幸なことになっちゃうんだよ。


心の中で、わたしは何度も金山さんに呼びかけました。


(エピローグへ続く)

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