② なんて大それたことをするんだろう

「さゆり、山村先生と付き合っちゃってるかも」


衝撃の告発を聞いてしまったわたしは、戸惑いながらも二人から少しずつ事情を聞き出しました。


二人によれば、金山さんと山村先生の関係が深まっていったのはこの年の春、二年生になってクラス担任が山村先生に代わってからのことでした。


山村先生は四十代の中堅教員ながら年齢より若く見える顔立ちと、バドミントン部の顧問として体つきも適度に筋肉質であるため、一部の生徒からは人気のある先生でした。ただ、担任になってすぐの時期は、金山さんも、特に山村先生に対してどうという感情も持っていなかったようです。


しかしクラス替えをしてすぐの、担任によるクラスの生徒全員との面談をきっかけに、金山さんから山村先生の話を聞くことが増えたといいます。


「山ちゃん、優しいんだよー。悩み、めっちゃ聞いてくれるもん」


昼食のときなど、三人で話しているときに金山さんからそんな発言もあったようで、飯田さんも宮下さんもこのときは「さゆり、けっこう先生のこと気に入ってるんだな」くらいに思っていたといいます。


様子が変わってきたのはそれから四か月後、八月の夏休みでした。


ある日、ちょうど用事がなくなってヒマになった飯田さんが、金山さんに「遊ばない?」とスマホで連絡したところ、金山さんから「ごめん、今ディズニー!」と返ってきました。


飯田さんは、なにげなく「いいなー!誰と?」と聞いてみました。


すると「ゆなちゃんー。あと、バド部の子二人!」とのことでした。


”ゆなちゃん”はバドミントン部のマネージャーをしている子で、どうやら金山さんはそのゆなちゃんを含めた部活の生徒数名と遊びに行っているようでした。


それだけなら何も気にすることはありません。問題はそのあとです。


「山ちゃんがね、部活のあとに送ってくれたの!」


LINEのメッセージとともに、金山さんからスマホで撮った画像が送られてきました。見ると、そこには黒のミニバンを背にしてポーズを決めている金山さんとゆなちゃん、バドミントン部の生徒二人、そして、山村先生の姿がありました。


「え、山ちゃんの車??すごっ、最高かよ」


飯田さんは取り急ぎそんな風に返しましたが、このときふと、違和感を覚えたといいます。


―あれ、なんでさゆりがそこにいるんだろう?


よく考えると、少しおかしいのです。なぜなら金山さんはバドミントン部をはじめ何の部活にも所属しておらず、マネージャーもしていないのです。

だから、”部活終わりに”バドミントン部の生徒たちと一緒に行動しているのはどこか変なのです。そのうえ、顧問である山村先生の車で移動しているというのは、なんだか辻褄が合わないような気がしました。


ちなみに、言うまでもないことですが、この時点ですでに山村先生の行動は逸脱しています。

部活の遠征も含め、公立高校の教員が自家用車に生徒を乗せて移動する、というのは、多くの場合、禁止されています。

まして、この場合は業務とは一切関係のないテーマパークに連れて行っているということなので、明らかに問題行動です。


正直、この事実だけでも山村先生の行動は完全に”アウト”でした。


が、ここまでなら山村先生と、金山さんやその他の生徒との関係についてまでは、何とも言えません。


飯田さんによると、その後、しだいに金山さんは山村先生の車に乗ってどこかに行く、ということが増えてきたらしいのです。


「さゆりがね、何かあるたびに『山ちゃんに連れてってもらおうよ』とか言うようになって。だから私たちも一回、乗せてもらったんだよね。なんだっけ、あれ遠足の帰り?」


飯田さんが宮下さんに確認を求めると、宮下さんが「あー、確かそうかも」と言いながら自分のスマホのメッセージ履歴をさかのぼり、「あ、あったあった。そうだね、遠足の帰り」と答えました。


二年生が学年行事として近場の国営公園まで遠足に行ったのは、二学期の中間テスト後のことです。

その日は現地解散だったため、生徒は最寄り駅から各自が電車で帰る、という形になっていたのですが、どうやらそのとき、山村先生はこっそりこの三人を自家用車に乗せて、学校の近くまで送っていたらしいのです。


そのことを、わたしはこのときまで全く知りませんでした。もちろん、ほかの教員も知らなったはずです。そんな行動がばれたら、当然ながら山村先生は即日事情聴取となります。


―なんて大それたことをするんだろう。


驚きと同時に、もはやあきれてしまうような話でした。


飯田さんと宮下さんによると、三人で車に乗せてもらったときの様子から、金山さんと山村先生の雰囲気が、もはやただの先生と生徒という感じを超えていたといいます。


「山村のやつさー、髪とかなでてるんだよ、さゆりの。マジキモくて…さゆりは嬉しそうにしてるんだけど、なんかもう、私たち引いちゃって…」


飯田さんの口からぽつぽつと語られるそのときの車内の様子は、わたしには生々しくて聞くにたえないものでしたが、とにかくその時点で山村先生と金山さんがただならぬ関係にあることはほぼ確実でした。


「…で、家に行ったっていうのは?」


わたしが慎重に促すと、飯田さんが緊張気味に言いました。


「こないだの月曜日ね、さゆり遅刻してきたから、なに寝坊してんのーって言ったら、その、『山ちゃん家にいたからさー』って……ね?」


飯田さんが少し宮下さんのほうを見てから、わたしを見ました。


「それって、ほら…そういうことじゃん?」


もはや予想通りの展開だったので驚かなくなっていました。その代わりに、


―ああ、これは面倒なことになった。


という思いが、にぶく胸をしめつけました。

山村先生のゆがんだ笑顔と金山さんの恍惚とした表情がぐるぐると脳内で混ざり合い、吐き気さえ覚えました。


「…二人とも、ありがとう。そうするとね」


いやな吐き気をなんとかおさえながら、わたしは居住まいを正し、二人に重要な確認をしました。


「この話、すごく大事なことだから…金山さんのためにも、ちゃんと解決したほうがいいのね。だから、このこと、信頼できる学年団のほかの先生にも相談して大丈夫かな?」


二人はやや息をのんで目を見合わせましたが、意を決したように宮下さんが、


「大丈夫です」


と答えました。


「ありがとう。それと…飯田さんと宮下さんから聞いたっていうことも、話して大丈夫かな?スマホのやり取りとか、その、いわゆる証拠が必要になることもあるから…。もちろん、山村先生には絶対に言わないようにするよ、約束する」


二人はまた戸惑ったように目配せしましたが、しばらくして、再び宮下さんが答えました。


「はい、大丈夫です。でもほかの生徒には絶対に言わないで、お願い」


(続く)

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