① あの子、担任の家行ってるみたい

「ねえ、先生。ちょっと相談があるんだけど…」


事の発端は十二月。

翌月の共通テストに向けて三年生は受験勉強真っただ中、その他の生徒は冬休み前の浮かれモードで、授業なんてそっちのけで仲間や恋人とクリスマスの過ごし方について考えているような時期でした。


わたしは二年生のクラス担任だったので受験学年ほど忙しくはありませんでしたが、それでもやはり長かった二学期も残り少なくなってくると、生徒と同じようにだんだんと気持ちも開放的になってきて、終業式まであと何日、と日々数えるようになっていました。


そんなある日。

今日の授業もなんとかこなした、さあ今から部活の指導に行かないと。

そんなことを考えながらホームルームを終え、職員室に向かおうとしたとき、クラスの女子生徒二人、飯田さんと宮下さんから、思い切ったように声をかけられました。


「ねえ、先生。ちょっと相談があるんだけど…」


二人は表情こそ笑顔ではあるものの、その口元は引きつり、目も声も、全く笑ってはいませんでした。

普段は明るく人懐っこいほうで、廊下で会えばたいした用がなくても「やっほー」などと笑いながらあいさつしてくるような性格だったので、その内容を聞く前から、なにか様子がおかしい、と感じられました。


「なあに?進路の相談?」


「ううん、ちょっと、その…ここでは言えない話っていうか」


あえて軽い感じで聞き返したものの、二人の答えはやはり、尋常ではありません。

わたしもその瞬間、あ、なんかやばい話だな、と悟りました。


「あ…っと、そうなのか。じゃあとりあえず、職員室…だとダメか。先生いっぱいいるし。あそこにする?保健室の隣の。生徒相談室」


二人の様子から、なるべく静かな場所で聞くべき話だということが予想されたので、わたしは人の来ない部屋を提案しました。

二人は一瞬だけ目を見合わせ、軽くうなずくと、


「うん、ありがと」


と言って、少しだけ顔の緊張をゆるめました。



そしてわたしはその後、三人だけの生徒相談室で、とんでもない話を聞くこととなりました。


「先生、さゆりって知ってるでしょ?三組の。金山さゆり。ほら、ウチらとよく一緒にいる子」


金山さんのことはもちろんわたしも知っていました。あまり目立つ生徒ではありませんが、整った顔立ちに、教員に注意されない程度のナチュラルメイクがうまく、きれいで穏やかな子だなという印象でした。


「そのさゆりがさぁ、その……」


飯田さんがいったん言いよどんで、助けを求めるように宮下さんを見ます。宮下さんが軽くうなずいて、続けました。


「そう。さゆりがね、これ本当、言っていいのかわかんないんだけど…最近ちょっとやばそうなんだよね」


「やばそう?やばそうって、何が?」


わたしは既に二人の様子からただならぬ話であることを悟っていたこともあり、やや前のめりにその先を促しました。


「えっとその、あの子さ、前から担任の山村と変な感じになってたんだけど…

 この前、たぶんあの子、家まで行っちゃったみたいで」


「―えっ」


一瞬、頭の処理が飛んでしまいました。


が、すぐにその意味を理解しました。


もうこの時点で、二人が何を言おうとしているのかは明白でした。


「家、って、山村先生の家? それってまさか―」


宮下さんが、飯田さんに素早く目配せをしてから、言いました。


「さゆり、山村先生と付き合っちゃってるかも」


(続く)

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