第28話

「さて、話を戻しましょう。わたくしが、今回の騒動を『魔女狩り』と結びつけたのにはそれなりの理由がございます。魔女狩りなどと言われていますが、果たしてほんとうに、『魔女』は存在したのでしょうか?」 


 アンジェリカの問いかけに、全員が口をつぐんだ。

 

「自然現象を自在に操る魔術師が、魔法の使えない非魔術師をそこまで恐れたのはなぜ? どれほどの非魔術師たちが、魔術師に害なしたのでしょうか。魔法で対処できないほど? だとしたらそれはもう、非魔術師たちの革命です。魔術師に勝るとも劣らない力を手に入れたのです。ならばもっと大きな争いになっていてもおかしくありません。ですが、歴史にはその非魔術師が持っていたであろう巨大な力については、どこにも記載されていない。この矛盾が、わたくしは不思議でならないのです」

「――……この歴史すら、嘘だとおっしゃりたいのですか?」

「すべてが嘘だとは申しません。ですが、すべてが本当だとも思えないのです。魔術師が集結しなければならないほど驚異の存在だった『魔女』とは、一体何者だったのでしょうか。果たして現在、その魔女は一人も残っていないのでしょうか。魔術師と対立できるほどの力を持っていたはずなのに」


 応接間が、しんと静まりかえった。

 皆一様に、考え込むように俯いている。

 シェリルは今の話を、頭の中で反芻する。

 

 およそ三百年、『魔女狩り』と呼ばれる事件があった。非魔術師である『魔女』と呼ばれる者たちは、何かを理由に魔術師たちに危害を加えていた。そんな『魔女』たちから魔術師を守ろうと英雄が立ち上がり、のちの魔法連合会を立ち上げ、『魔女』たちと戦った。

 これは魔法連合会の歴史として、魔法学校で語られているのだろう。こう聞くと、魔法連合会は魔術師に寄り添った団体に思えるし、『魔女』はかなり卑劣な非魔術師の集団だったと感じる。実際、魔法連合会は今でも魔術師の憧れの的であるらしいし、『魔女』と呼ばれる者がいないことから、この『魔女狩り』という事件は上手いこと解決したと予想ができる。

 魔術師たちが恐れるほどの力を持った魔女は、完全にいなくなってしまった。

 ――ほんとうに?

 

 魔法学校に通っていないため、ディートリヒたちより一歩遅れているシェリルは、そこまで考えて、ふと止まった。

 今の話の本題はなんだったか。

 

「魔法でも対処ができないのは――薬と毒。今まさに、貴族の間で畏怖の対象となっている」


 ディートリヒの言葉に、アンジェリカは「よくできました」とでも言うようににっこりと微笑んだ。

 

「歴史は繰り返す、などとはよくいったものですね。当時がどうであったかは、もう知るよしもないことですが、少なくとも今回は、ことの発端も理由も判明しています。善良な民である薬師たちを守らなければなりません」

「まさか本当に、魔法連合会が、薬師の弾圧を画策しているとでも……?」

「残念ながら、こちらでは魔法連合会の考えも動向も、把握することができていないので、確信はありません。ですがこうして薬師であるシェリルさんに接触があった以上、何かしらの動きがあると考えた方がよいでしょう」


 アンジェリカの言葉に、シェリルは「あれ」と思った。

 王女と天才魔術師の会話に入っていいものか悩みつつ、おずおずと手を挙げる。

 

「でも、キルノック子爵は『専属薬師に』と私の店に訪れたのです。貴族が薬師を恐れ、魔法連合会が薬師弾圧を考えているのなら、おかしくありませんか? キルノック子爵は、魔法連合会の職員であるゲイビー伯爵のご子息なのですよね?」

「そこです」


 アンジェリカは、シェリルの質問を受け、待ってましたというようにぴんと指を立てた。


「疑問にするのならば、なぜこのタイミングで来たか、と考えた方がいいでしょうね」

「このタイミング?」

「シェリルさんが、ソワイエ伯爵家から除名されたタイミングだよ。その翌日に訪れるなんて、偶然というにはできすぎている」

「それだと、キルノック子爵はシェリル(わたし)が薬師だと知っていたことになりません?」

「知っていたんだろうね。殿下だって、ご存じだったんだ」


 ディートリヒは、アンジェリカとマリアンヌに言葉を投げた。

 投げられた言葉は、マリアンヌが受け取った。


「ええ。朝から晩まであなたを見張っていれば、すぐに分かるわ。シェリルさん、店に来るときと帰るときは仮面を外すでしょう? 周囲にかなり気を配っていたようだけれど、訓練された者の気配までは気づけなかったのね」

「そんな……」


 衝撃だった。

 マリンはずっと、薬師を貴族のシェリルだと知って接していたということか。

 

「つまり、キルノック子爵が店に来たのは、専属薬師の申し入れが理由ではなかったということですか……?」

「あくまで表向きの理由に過ぎないのでしょう。彼が常連ではないのであれば、裏で魔法連合会が糸を引いていたと考える方が納得がいきます」

「貴族が失踪すれば大問題だけど、庶民ひとりであれば消えたところで、ちょっとした騒ぎにしかならない。彼らにとっては、願ってもない機会だっただろうね」


 その言葉の意味を考え、答えにたどり着いたとき、シェリルはぞわりと身を震わせた。

 ディートリヒが助けに入ってくれなかったら、自分はどうなっていたのだろう。

 

「でも、魔法連合会のような大きな組織が、一人の薬師のためにそこまで動くでしょうか……」


 どうも腑に落ちない。

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