魔法連合会とヴァリテル王国

第21話


「――拝啓 シェリル様


 元気にしているかしら?

 何度かソワイエ伯爵邸に伺ったのだけれど、『シェリルはいない、どこにいるかも知らない』の一点張りで、シェリルの居場所を教えてもらえないの。でも、伯爵夫妻の反応からするに、本当にシェリルがどこにいるか知らないのかしら。あんな声明を出したとはいえ、娘なのだから、こっそり援助したっていいはずなのに。そもそも、私もディートリヒ様も、そんなこと望んでいないのよ。どうにかならないのかしら?


 本当はシェリルと直接会ってお話しをしたいのだけれど、仕方がないのでお手紙に書くことにします。長いから、読んでいられないと思ったなら、ネルヴェア伯爵邸までいらしてちょうだい。丁重におもてなししますからね。


 あの夜会の後、ネルヴェア家は大忙しだったわ。ディートリヒ様は謝罪など不要とおっしゃっていたけれど、こちらとしてはそうもいかない。毒を仕込んだのは私たちでなくても、毒の混入を許してしまったことに変わりはないもの。それに、夜会に参加してくださった方々にも警察の事情聴取が入ったみたいで、その説明と謝罪に追われています。


 ああ、それで犯人は見つかったのかって? 残念、まだなにも掴めていないそうよ。あの給仕係の男がもちろん重要参考人なのだけれど、尋問する前に亡くなってしまったそうよ。獄中での服毒自殺みたい。ディートリヒ様とあの男は面識もなかったようだし、ますます犯行動機が分からないわね。この男の単独犯だったのか、別に指示した人間がいるのか……。今のところ確証もなく、真相は闇の中。


 ともかくそんな複雑な感じの事件みたいで、レスター家が指揮を執って捜査にあたってくれています。ネルヴェア家も、援助を惜しまないつもりよ。そのおかげでディートリヒ様も大忙し! 学校で会うことすらままならないの。ディートリヒ様に媚薬……もとい毒を盛るなんて恐ろしいことを考える人物が、この世の中にいるなんて考えると、恐ろしくて飲み物も食べ物もろくに喉を通らないわ。一刻も早く、犯人を特定しないと。シェリルもどうか気をつけてちょうだい。


 そのせいか、最近では「薬師を規制した方がいいのではないか」という声も上がってきているの。薬師という職業は、今までは完全放置で無法地帯だったようだけれど、こうして実害が出てしまっては、この声を無視するわけにもいかないでしょう。ネルヴェア伯爵家に毒を持ち込ませてしまった落ち度はあれど、魔法で薬や毒は見抜けない。見抜けなければ、どうにもできないわ。今後も起こりうるということね。そう考えると、薬って恐ろしいと感じてしまうわ。それを扱う薬師が怖いという声も、理解できるわ。治癒魔法具もある今、すべてが魔法で賄えているのだから、危険物質になり得る薬師を野放しにしておく理由もないわよね。もちろん、治癒魔法具が高いという問題があるから、すぐに薬師という職業をなくせとは言わないわよ? 薬師のおかげで救われている命もあるでしょうから。


 とにかく、あの夜会での一件は、こんな感じで社交界を大きく騒がせています。

 それとね、シェリルが大変なときにこんな話をするのもどうかと思ったのだけれど、近況報告の一環のつもりで書いておくわね。実は先日、魔法連合会から私宛てに、推薦状が届いたの。魔法連合会への入庁が確約されるわけではくて、体験入庁みたいな感じよ。様々な仕事を体験して、体験者が魔法連合会にふさわしいか見極められるの。まだ無事に学校を卒業できるかも分からないし、私みたいな未熟者が魔法連合会に入庁するなんておこがましい気もするけど、このお話、受けるつもりでいるわ。この体験入庁を通してふさわしいと見初められれば、魔法連合会への入庁が約束されたも同然だもの。


 私に届いたということは、ディートリヒ様にも絶対届いているわね。もしかしたら、魔法連合会の中で会えるかも。とてもわくわくしてきたわ。

 これは今まで誰にも――シェリルにも言ったことがないのだけれど、魔法連合会に入庁できたら、人間の魔力について研究をしたいと思っているの。なぜシェリルだけが魔法を使えないのか、どうしたら魔法を使えるようになるのか、研究したいの。だって、おかしいでしょう。魔法を具現化できるほどの魔力があるのに、魔法を使えないなんて。絶対、理由があるはずよ。みんなはその疑問を持たずに、シェリルのことを『出来損ないだから』『無能だから』なんて好き勝手に言っているのは知っているわ。それに対して、シェリルが嫌な思いをしているだろうことも。私だって聞いていて気持ちのいいものではなかったけれど、助けることもできなかった。そんな勇気も、力もなかった。きっと、そんな世界に辟易したから、いなくなってしまったのね。私は絶対、魔法連合会に入ってこの魔力の謎を解明してみせる。二度と、シェリルを『出来損ない』だなんて言わせない。

 そしたら、ねえ、また戻ってきてくれる? シェリルがいないと、とてもさみしいの。何でかしら。子供の頃からの親友だから? それ以上になにか、私たちの間には深い繋がりがある気がしてならないの。


 この手紙も、誰に預けてどこに出したらいいのか分からなくて、とても困っているの。お願いよ、私にだけでいい、あなたの居場所をこっそり教えて。誰にも言ったりしないから――」


 手紙の最後は、インクがかすれて消えかかっている。握りつぶしたのか、深い皺が刻ま

れている。誰にも届くことのなかった手紙だ。


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