いつか何処かで。

猫野 尻尾

第1話:さよなら・・・イッちゃん。

一話完結です。


昔、僕が理容美容専門学校に通ってるた16歳くらいの時、学校だから毎日

通ってると自然に友達ができるでしょ、男友達も女友達も・・・。

で、美容師の中にふたりほど性同一性障害の子がいてね。


美容師ってのは職業柄かそう言の子が当たり前にいたりする。


僕と仲良くなった子も理容師じゃなく美容師の卵で隣のクラスにいた。

僕は昼休みとか美容の教室に入り浸っていた。

ほぼ女の子しかいないクラスだから、そっちのほうが楽しいからね。


おばさんもいたりするけど・・・おばさんは若い子と違って面白いネタ

が豊富。

おばさんの大半は旦那さんが美容師をしていて結婚してから奥さんも

店を手伝うため美容師になるってパターン。

よくあるんだ。


僕と仲良くなった、その子はしゃべり方も仕草も歩き方まで女の子だった。

髪を長くしてツインテールに女の子が着る衣装を着て。

当然と言えば当然・・・彼女は自分の中では自分は女性だと思ってるわけ

だから・・・女性として目覚めてる。


僕は彼女は最初男性だって分からなくて疑うことなく女性だと思っていた。

見かけはま女性そのものだから、男だとはついぞ知らずに・・・。


でも、付き合っているとやっぱり、ちょっとしたところで男なんだって思う

時があったりする・・・それは多分男の習性みたいなものがどうしても

出るんだろう。


それにしゃべるとね・・・声が女性より若干低い・・・。

まあ彼女が性同一性障害だからと言って一度結ばれた友好関係が簡単に崩れる

わけじゃない。


どうして、その子と仲良くなったかって言うと・・・その子、ギターが

めちゃ上手かったんだ。

で、僕もその時期無性にギターに興味があった時期だったから弾き方とか

テクニックをその子に教えてもらうようになって、それで仲良くなった。


お互い会えるのは学校と、夜だけ、昼間はインターン生だったから、

学校から帰ったら店での仕事が待ってる。

だから夜に会って、公園でギターの練習をよくした。

まるで取り憑かれたみたいに。


さすがに寒い冬は公園なんかで練習はできない。

だから学校のストーブの前で練習にあけくれた、たとえ5分でもギターに

触れていたかった。


兄からもらった安物のアコースティックギターを宝物みたいに大切に

抱えてね。

その子といると本当に楽しかった。

話も面白かったし、自分がギターの腕が上達していくことも楽しくて

彼女と一緒に夢中になった。


その子のおかげで僕はギターのテクニックがどんどん上達していった。

で、待望の新しいギターも買った。

いいギターを手に入れると不思議なもので、これが一気にギターが上達する。

だからいいものを持ちなさいって言われる意味がよく分かる。


趣味が合うってこともあって、当時はその子が一番仲が良かった。

仲がいいという意外、ふたりの間で何かがあったわけじゃない。


見た目は女の子だからね、ドキッとさせられることもあったけど

僕の恋愛対象はあくまで女性だから・・・男性じゃなくて。


って言うと、これまた奇妙なことになる。


その子は見た目は女性なんだから、僕の恋愛対象になるわけ。

しかも本人からしてみれば内面も女性だからね。


彼女の中では男の存在はどこにもないわけ。


僕は恋愛に性別は関係ないって考えの男なので、好きになった人がすべて

だと思ってる。

それが誰であっても・・・兄弟であっても動物であっても・・・。

感情の持って行きようは違っても、それは紛れもなく愛情以外のなにものでもない。

男と女を超えた関係が築けたらそれが最高の理想だって思う。


でも僕と彼女の友情関係は長くは続かなかった。


結局、その子は美容師をやめてミュージシャンになるんだって言って

ギターと夢と希望を抱えて上京して行った。


僕を置き去りにして・・・って言うとただならぬ関係だったみたいに

聞こえる。

それで僕の恋は終わった・・・恋なのかどうかは微妙だけど。

ほんとに恋だったのかな・・・愛と言う感情とただの好きって感情を

混同してただけかもしれない・・・今もそれはあやふやで分からない。


その子とはそれ以来一度も会ってないけど、その後ミュージシャンに

なったという知らせも来なかったし、テレビや雑誌でも彼女を見ることは

なかった。


ただ不思議なことに毎年、彼女から律儀に年賀状だけは届いていた。

僕が嫁をもらって住所が変わっても、年賀状の交流はずっと続いていた。

内容を見る限りは元気そうだって毎回安心した。


ミュージシャンになったって言う喜ばしい報告はずっとないまま年月は過ぎ去った。

なんとなくではあるが彼女の私生活をあれこれ深くは追求する気にはならなかった。

話したかったら自分から話すだろう。


一応、携帯の番号も知らせておいたが、一度もかかって来ることはなかった。

僕からもかけることはしなかった。


ミュージシャンになりたいって思ってる人なんて掃いて捨てるほどいるだろ?。

実力があってもチャンスに恵まれないとメジャーには登れない世界。

その中でチャンスを掴む人ってどのくらいいるんだろうって、彼女の

年賀状を見ながら思ったりした。


そして今年の正月に届いた年賀状の中に彼女の年賀状はなかった。


それからしばらくして、訃報を知らせるハガキが届いた。

名前を見たら見覚えのなる名前・・・彼女と同名な名前が記載されていた。


《父◯◯儀 かねてより入院療養中でしたが去る〇月〇日 56歳にて永眠

いたしました。

ここに故人が生前賜りましたご厚誼に対し厚く感謝申し上げます。

尚 葬儀につきましては 昨今の状況を鑑み近親者のみにて執り行いました。

ご連絡が遅れましたことを深くお詫び申し上げます。

事後の御報告となりますが 略儀ながら謹んでご通知申し上げます》


男性名義だったから送り主は彼女の息子か・・・。


でも父になっている・・・戸籍上は男子だからか。

それにしても56歳って・・・若すぎるよ・・・イッちゃん・・・。


なんだか無性に悲しくて自然と涙がこぼれた。


そうか、直接線香すらもあげてやれないのか・・・。

日頃、彼女とは遠くに離れていたから、そう頻繁には会えなかったけど、

できるかぎり会っていろんな話をしたかったって、疎遠になっていたことを

後悔した。

でも、彼女は歳を取った自分の姿を僕に見せたくなかったんじゃないか

とも思った。

それは僕も同じだから・・・。


そうやって親しかった人は、ひとりまたひとりと僕の前から消えていく。

その都度、僕はとても大切なものを失って行くような気がする。


さよなら・・・イッちゃん。

いつかあの世で君と会えたらまたギターを弾いて一緒に歌えるといいね。


おしまい。

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いつか何処かで。 猫野 尻尾 @amanotenshi

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