第39話 高2 ・ 12月

12月。

2時間目の授業が終わるとすぐに、目の前を松久保琢磨が通り過ぎて行った。


松久保は文化祭の後くらいから、精彩が全くなくなっていて、

まわりの奴らが何度も励ましていたけど、明るさを取り戻さなかった。

そして、紗季と別れたっていう話が聞こえていた。


「きゃ!」

「ごめん!」

教室の入り口で女子と男子がぶつかったようだった。


ドクン!

熊谷悠里と松久保琢磨がぶつかっていた!


ドクン!

「ごめんね。」

「・・・ああ。」


悠里は、ちゃんと松久保を見て軽く謝ると、

すぐに俺を見て笑顔になってくれたから、すごく安心した。


「ごめん、金吾。国語の教科書を貸してよ。家に忘れてきちゃった!」

松久保は悠里を茫然と見つめていた。


「よかったらノートもいる?」

「ちょっと見せて!やった!今日の授業はここだよ。」


「ふふん!じゃあ、高くつくぜ!」

「字が汚くて読みにくいから、半額だね!」

「じゃあ、貸さん!」


「うそ、うそ。また、ハーゲン奢るから!」

「じゃあ、よかろう!」

「ありがとう、次の時間に返しにくるね!」


そう言って、悠里はまだ教室の入り口に立ちすくんでいる松久保に

一瞥することなく、弾むような足取りで出て行った。


ふふん!


松久保のことはどうでもいいけど、文化祭の後、悠里への告白が激増していた。

何度か、全然知らない男から、「一目ぼれしました!」って告白されたそうだ。


確かに、あのメイド姿は反則級の可愛さだったけど、

俺たちにとっては最低の告白だよ。


クリスマス、大みそか・お正月、そしてバレンタインデー。

付き合っていたら最高に楽しいイベントが目白押しだ。


悠里のことが好きだ。これは変わらない。

裏切られる恐怖よりも、悠里が他の男と付き合うかもってことが怖くなってきた。


もう、告白しちゃうか?

だったら、どのタイミングがいいんだろう?


悠里はうんって言ってくれるだろうか・・・


★★★★★★★★★★★★★


期末試験の初日が終わって、帰る途中、電車を降りたところで声を掛けられた。

「金吾!」

夜木紗季だった。


2年の1学期の時は、よく松久保に会いに俺たちのクラスに来ていた。


しかし、2学期になってからは、紗季は俺のクラスに来ることが無くなって、

松久保の方が紗季の教室に行くばかりだったらしい。


そして、11月の文化祭の後くらいから、松久保琢磨の元気がなくなっていた。


その後、紗季も元気がないって噂が聞こえてきて、

ついには紗季と別れたって噂が流れていた。


実際、紗季と松久保が学校内で会っている場面が見られず、

さらに二人とも軽音楽部を辞めたそうだ。


その紗季はキレイな茶色の長い髪をバッサリと切っていた。


いつも太陽のように明るかったのだが、

浮かべている笑顔は無理しているのがバレバレだった。


先月までの紗季なら、無視して歩き去っただろう。

だけど、今の紗季を見たら、一度くらい話してもいいかなと思わされた。


人が少ないところと言うことで、入学式の日に別れ話を切り出された公園に向かった。


黙り込んで後ろをついてくる紗季の足音はそれまでの颯爽さが全く無くなっていた。


俺は紗季のことをどう思っているんだろう。

フラれたことはもう、しょうがないと思う。

悪漢どもから助けたのは紗季だって知らなかったし、

ぼこぼこに殴られたのも紗季には関係ないし・・・


ただ、やっぱり、フラれたあとの、冷たい言葉、態度が思い起こされた。

『悪いんだけど、周りに、カレに、誤解されたくないから、もう紗季って呼ばないでね。』


全く悪いと思っていなくて、出来の悪い子どもに、釘を刺すような口調。

『誤解されたくないから、ただのクラスメイトの距離感にしてね。』

そしてウキウキと去っていく後ろ姿。


まだ痛かった。まだ恨んでいた。

俺って、結構しつこいよな・・・


誰もいない公園について、向かい合うと紗季は深々と頭を下げた。

「まずはありがとう。危ないところを助けてくれて。

それから、ごめんなさい。

自分のことしか考えてなくって、貴方をひどく傷つけてしまった。」


「・・・お見舞いに来てくれた時におばさんに伝えたんだけど、

お礼はちゃんとおばさんに頂いたし、謝罪はもうちゃんと消化したからいらないよ。」


俺の答えを聞き終わってから紗季は頭を上げた。

「うん。分かっている。だけど、言わずにはいられなかったの。

これで、許してもらえるとか思ってないし。

声を掛けたのは、琢磨との話を聞いて欲しかったからなの。

・・・いいかな?」


弱弱しくお願いしてきた紗季に肯きかけ、ベンチに座るように促した。


「琢磨と付き合っている時は、ずっとキラキラと輝いていたんだ。

特に最初の頃はね。

だから、金吾がずっと俯いているのを見ても気にもしなかったの。

ホント、最低だよね?これで幼なじみを気取るんだから。」


自嘲で終わった言葉に、なんと答えたらいいのか分からなかった。


「ずっと、琢磨が理想の恋人だって、あの白雪姫の王子様みたいって思っていたの。

中学までは考えもしなかったミュージック・スターっていう夢を見せてくれたしね。

でもね、この夏、金吾に助けられた時ね、

実は琢磨と二人でいる時に襲われたの。

琢磨は殴られて、ビビっちゃって、「消えろ!」って言われて、

逃げ出しちゃったわ。

駅前交番に助けを求めに行ったんだけど、

警察が来たのは金吾が呼んでくれたんだから、無駄だよね?」


3人のヤカラに囲まれたら、助けを求めるために、

逃げだすのもしょうがないとは思うけど、

松久保をかばいたくないから、ノーコメントを貫いた。


「それでも琢磨のことは好きだったよ。

琢磨も普通の男の子で、得意なこと、苦手なことがあるだけだって。」


この言葉には凄く納得した。

言い淀んでいた紗季だが、言葉を選んで紡いだ。


「それで、あの文化祭の日にね、私、・・・妊娠が分かったの。」

「マジか・・・」

紗季はお腹を優しく撫でていた。


「うん。

どうしたらいいか全くわからなくって、まずは琢磨に相談したら、

「赤ちゃんを産んでくれ。結婚しよう。高校辞めて働くよ。」

ってすぐに答えてくれて、凄く安心したわ。」


安心したといいながら、紗季の声は固いままだった。

そりゃそうだな。松久保と別れたんだし。


「先に私の両親に説明に行ったけど、

琢磨の両親の答えを教えてくれって言われた。


だから、琢磨の両親に会いに行ったらね、

お父さんからこう言われたの。

「琢磨には絶望した。

子どもを産むのも、結婚するのも、高校を辞めるのも勝手にしたらいい。

ただし、親の会社で面倒みない、跡継ぎにはしない。」


そして、琢磨は何も言い返せなかったんだ。

次の日、琢磨から子どもは堕ろしてくれって電話があったわ。

それで、両親と相談して、すぐに堕ろしたの。」


紗季の声がどんどん小さくなっていって、体も縮こまっていった。


しばらくして、紗季は顔を上げて、サバサバした口調で話し出した。


「私がバカだったんだよね。

ちゃんと避妊すればこんなことにはならなかった。

琢磨は琢磨で、自分が温室の中でしか咲けない花だって自覚が

全くないバカだったし、そのうえ、

父親に一言言われたぐらいであっさりと自分の意見を翻す弱っちい奴だった。」


ビックリするくらい松久保をバッサリと切り捨てていた。

うん、そういう割り切りできるタイプだったわ。


「まあ、それより、あんな外見だけの金メッキ野郎を運命の恋人だって

すんごい勘違いした私が一番バカなんだけど。

ごめんね、金吾。」


紗季は青空を見上げた。その目から涙が一滴、溢れた。


「・・・弱さもバカさも、みんな持っているだろ。」

「そうだけど、大事なのは、肝心なところでどうだってこと。

で、私が一番、バカってこと。」


紗季は姿勢を正して、俺をまっすぐに見つめた。

「・・・話を聞いてくれてありがとう。

両親からはもう金吾に話しかけたらダメって言われてたんだけど、

今更だけど、やっぱり直接、助けてもらったお礼を言いたかったし、

酷い目に合わせたから謝りたかったし、

琢磨との本当のことを伝えたかったんだ。

勝手でごめんね。」


「うん。まずはこのことは誰にも話さないよ。お姉にも、誰にも。

あと、お礼と謝罪は受け取ったよ。

・・・まあ、だからと言って元には戻れないけど。」


「・・・そうだよね。うん、そうだ。」

もしかしたら、幼なじみに戻れるかもって思っていたんだろう、

紗季は残念そうに肯いた。


「じゃあ・・・元気でな。」

またって言いそうになったのを何とか防いで、紗季に背を向けた。

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