第37話 高2 ・ 11月②

夜木 紗季


舞台の上で、琢磨がスポットライトを浴びていた。

衣装も似合っていて、歌声も、ダンスも申し分なくカッコよくって、

熱心な女子たちが声をからして応援していた。


兵士として金吾が出てきて、上手くない歌声を披露して、何人かにバカにされていた。

そして、琢磨にあっさりと殺されたのを見て、金吾が気の毒に思えた。


あの事件のあと、お父さん、お母さんのアドバイスどおり、

金吾に直接、謝るのとお礼を言うのを諦めた。


ただ、廊下ですれ違ったときなんかにはちゃんと挨拶をするようにしたら、

金吾から挨拶は返ってきた。

だけど、その目が私を映すことはなかった。


今も、琢磨のことは好きで、相変わらず付き合っていて、

まだ一緒にミュージック・スターを目指している。


だけど、以前みたいに盲目的ではなくて、冷静になっていた。


劇が終わって登場人物全員が挨拶のために並んだ。

真ん中で堂々と挨拶している琢磨により一層の大きな拍手と黄色い声援が飛んでいて、端っこにいた金吾は固い笑顔を浮かべていた。



突然、吐き気をもよおした。

観客はまだ拍手しているけど、トイレに走って、

洗面器に顔を突っ込んで、ゲエゲエ吐いた。


これって・・・

不安が押し寄せてきた。


最近、生理が来ていない。

クラスの打ち上げを急遽断って、家に帰った。


「・・・」

ドラッグストアで買った妊娠検査薬が陽性を示していた。


琢磨にラインを送ったけれど、なかなか電話がかかって来ず、

イライラしながら、先にお母さんに相談しようか悩みながら待っていた。


クラスで打ち上げがあったらしく、4時間後、琢磨からようやく電話がかかってきた。


「遅くなってごめん!

どうだった、俺ってカッコよかった?」


「うん。あのね、その~、妊娠したかも・・・」

琢磨は一瞬、声を詰まらせた。


「・・・そうか。明日にでも病院でちゃんと調べてみよう。

どうするか、じっくり考えておくから。」


こんな話にもすぐに、琢磨が誠実な、落ち着いた答えをくれて、私も少し落ち着いた。


でもどうしよう?

出産予定は高3の春となるのかな?高校は辞めないといけないよね。

それはイヤだな。

だけど、中絶もイヤだ。

私はどうすればいいんだろう・・・


次の日、制服を私服に着替えてから、琢磨と少し遠い産婦人科に行った。


不安でドキドキしている私の手を琢磨がぎゅっと握ってくれた。


そうして診察、検査した後、40歳くらいの落ち着いたカンジの

女性医師が私を見つめ、微笑みながら、ハッキリと告げた。


「夜木さん。いま、妊娠10週目です。

お腹の中に赤ちゃんがいます。

この赤ちゃんのお父さんと、貴女たちのご両親とまずはよく相談してね。」


それから、出産までの大まかな流れを説明されて、

その後、中絶のことも簡単に説明を受けた。


覚悟はできていたはずなのに、やっぱり衝撃的で話の半分も覚えていなかった。


待っていた琢磨に伝えると、二人っきりで話をするため、いつものカラオケに行った。


「まずはゴメン。俺があの日、ゴムがないのに我慢できなかったから。」

「ううん。私が断ればよかったんだよ。」


「ありがとう。

・・・俺はさ、紗季のことが大好きで、紗季といずれ結婚したいって思っていたんだ。

だから、赤ちゃんを産んでほしい。

そして、予定より随分早くなるけど、結婚しよう!」

琢磨は希望に満ち溢れた目で私を見つめ、両肩を優しく抱いてくれた。


「結婚!あの、嬉しいけど、高校はどうするの?」

「もちろん、俺も辞めるよ。

父が不動産会社の社長をしているって言ったよね?

いずれ、社長の座を引き継ぐことになっているんだ。

だから、少し早いけど、父の会社に入って、下働きをすることにするよ。」

ちゃんと考えて、私を大切にしてくれる琢磨に感激して、目が潤んだ。

「そうなんだ・・・凄いね、ちゃんと決めていたんだね。ありがとう。」


土曜日の朝、琢磨が私の両親に会いに来た。

理由を告げていなかったので両親とも不審そうだった。


「お父さん、お母さん、すいません。

あの、紗季さんのお腹の中に、僕との赤ちゃんがいます。

赤ちゃんを認めてください。

そして、紗季さんと結婚させてください。」

琢磨が一息に言ってのけ、がばっと頭を下げた。


「あ、赤ちゃんが?本当なのか?」

慌てて両親ともに私を見つめてきたので、私は大きく肯いた。

お父さんはがっくりと俯いて、髪を搔きむしった。


「本当なの?病院には行ったの?」

お母さんも酷く動揺していた。


「病院で検査したら10週目だって。」

長い沈黙の後、お父さんが俯いたまま疲れ切った声をだした。

「結婚するってことは高校を辞めるってこと?」

「はい。」


「はあぁ~。」

琢磨の返事に、お父さんは大きなため息をついた。


「・・・松久保くんのご両親は何て言っているの?」

「まだ、僕の両親には伝えていません。」

「・・・」


また、黙り込んだ両親にしびれを切らせて、

琢磨が、父親が会社を経営していること、

その会社を引き継ぐ予定のこと、

その会社で働くことを熱っぽく伝えた。


だけど、お父さんもお母さんもまだ黙り込んでいた。


しばらくして、ようやく、お父さんが声を絞り出した。

「二人とも、赤ちゃんを産みたい。結婚したい。高校を辞めたいって言うことだね?」

「・・・はい。」


両親の了解がなかなか得られないことに、琢磨が動揺し始めていた。


「中絶は無理なのかな?

結婚に反対しているわけではないよ。

ただ、早すぎると思うんだ・・・」


父の絞り出した答えに琢磨は何も答えなかった。


両親は、ともに県立高校の教師で、私の高校の先生にも知り合いが多くいる。

だから、私のことよりも、自分の子どもが妊娠して、高校を中退したことを

知られるのがイヤなんだと思って、私は両親に失望した。


また、しばらく沈黙したあと、父はようやく顔を上げて、琢磨を見つめた。

そして、諦めたような声をだした。


「まずは君の両親の考えを教えてほしい。」


だから、今度は琢磨の両親に会いに行った。


琢磨はお父さんが怖いようで、私の両親と会うときよりもずっと緊張していた。


琢磨のお父さんは恰幅がよくて、目つきのきつい人で、

お母さんは優しそうだけど、お父さんの顔色をずっと窺っているようだった。


琢磨が、赤ちゃんができた、結婚したい、

高校は中退してお父さんの会社で働きたいと伝えると、

お父さんは頭を左右に振って大きな、大きなため息を吐いた。


「琢磨、お前には失望を通り越して、絶望したよ。

スナック店員の娘と付き合った。

市内一番の元町高校に入れなかった。


そして、今度は高校生のくせに恋人を妊娠させて、

挙句の果てが高校を中退するから、私の会社に入社させてくれとは。


お前のような甘ったれで、

一時の感情で冷静な判断も出来ないような無能をなぜ、

私が面倒みないといけないんだ?


赤ちゃんを産みたいのなら産めばいい。

高校を辞めたいのなら辞めればいい。

だが、私の会社には入社させん。

この家を出て行って、自分で働き口を見つけるんだな。」

その厳しすぎる言葉に琢磨は口をぱくぱくしていた。


その様子を冷め切った目で見ながら、さらにお父さんは言葉を繋いだ。

「もし、さっき言ったことを取りやめて、今の高校を卒業して、

いい大学を卒業したとしても、もうお前が私の後継となる目は無くなったがな。」


琢磨は無言のまま、助けを求めて、お母さんを見つめたけれど、

お母さんはそっと目を反らせただけだった。


「これで話は終わりだ。どちらにしても認めてやるが、よく考えることだ。」

お父さんは冷たく言い放ち、足音も荒く部屋を出て行った。


お母さんは琢磨を心配そうにしながらもお父さんの後をついていった。


琢磨はずっと俯いたままだった。

「・・・琢磨、どうしよう。」

「・・・ごめん。」


「・・・琢磨、どうしたらいい?」

「・・・ごめん。もう一度、考えさせて。

・・・悪いけど、今日は帰ってくれないか。」


私は一人で、みじめな思いをしながら家に帰った。

そして、何度も、何度も、考えてみたけれど、

琢磨と赤ちゃんと一緒に笑っているビジョンは見えてこなかった。


次の日、琢磨から電話があった。


ぼそぼそと聞き取りにくい声で、何度も、何度も、同じ言葉を繰り返した。

「ごめんなさい。お願いです。今回は堕してください。責任は取ります。」


私は一言も発することなく、電話を切った。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


読んでいただき、ありがとうございます。

たくさんの★、応援コメントもありがとうございます。

あと3話で終わる予定です。


これからは、毎日1話だけ、12時投稿となります。

よろしくお願いいたします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る