第34話 高2 ・ 9月②

熊谷 悠里


意地張って、歩くなんて言ってしまったけれど、

サンダルなのですぐに足が痛くなってきた。


だけど、金吾がタクシーを捕まえてくれた。

金吾も、タクシーを呼び止めるなんて初めてだったみたいで、

運転手さんとのやり取りがぎこちなかったけど、その心配りが嬉しかった。


17時に金吾の家に着いたら、言っていたとおりお姉さんがいなくてホッとした。


金吾の家の冷蔵庫の中身と相談してから、

ご機嫌になって料理を作り始めた。


「ご飯出来たよ~!」

「わ~い、楽しみだな~!」

「なんてわざとらしい!」

金吾をジト目で睨みながらリビングのテーブルに座った。


ご飯、豚汁、オムレツ、筑前煮、サラダが並んでいて、

出来立てホヤホヤで湯気がたっていて、美味しくできたと思う。

特に、オムレツはプルンプルンで、完璧だ!


「「いただきます!」」

食べ始めようとしたまさにその時、玄関扉の鍵がガチャガチャと音がした!


まさか!


「たっだいま~!凄く美味しそうな匂いが・・・

あ~!いらっしゃい、悠里ちゃん!」

お姉さんが元気いっぱいに帰って来た!


「ななななんで?晩御飯食べに行くって・・・」

動揺した金吾がなんとか声を出すと、お姉さんは少し顔をしかめた。

「あ~、なんかドタキャンされた!」


だけど、すぐに笑って、私の隣に座って、私の腕に抱き着いてきた。

「お陰で悠里ちゃんと会えたよ~。

よく来てくれたね~。

金吾に家に連れてこいって何度も言ってたんだよ~。」


「お邪魔しています。」

私がぺこりと頭を下げるとお姉さんは食卓を見て、舌なめずりしていた。


「ねえ、これって悠里ちゃんが作ったの?

すっごく美味しそうだね~。」


「お姉さん、晩ごはんは・・・」

「まだ!」

恐る恐る尋ねてみたら、しゅぴっと答えられた。


「あの、オムレツ、すぐに作ります!」

オムレツだけは足りないので、すぐに調理にかかると、

後ろでは金吾がドアの向こうに拉致されていた。


「おい、もう恋人になったのか?」

・・・

「このチキン!あんないい娘をいつまで放っているんだ!」

・・・


オムレツが完成したので、ドアをノックした。

「オムレツ、できた~?」

抜群の笑顔のお姉さんとげっそりとした金吾が現れた。


そして、今度は三人で手をあわせた。

「「「いただきます!」」」


お姉さんはまずはオムレツを一口サイズに切り分け、口に放り込んだ。

「うん、美味しい!」


予定外に金吾の家で料理を作ることになって、少しだけ不安だった。

さらにお姉さんにまでご馳走することになって不安が増したけど、

二人とも本当に美味しそうに食べてくれた。


お母さんのように揶揄われるのかなって心配だったけど、

そんなこともなかった。


私が帰ってから、金吾はどうなるか知らないけど・・・


「ありがとうございます。いっぱい食べてくださいね。」


★★★★★★★★★★★★★


お姉さんも美味しい、美味しいと残さず食べてくれた。

「ごちそうさま!めちゃくちゃ美味しかったよ!」

「お粗末様です。」


金吾が食器を流しに持っていきながら提案してきた。

「ごちそうさま。後片付けは料理当番の俺がするからな。」

「いいよ、そんな!今日は迷惑いっぱいかけたから、座っていて。」


「じゃあさ、私とやろうよ。うん、一緒にやれば早く終わるし。」

金吾を押しのけ、お姉さんがにっこりと笑いかけてきた。

絶対に断れないやつだ!


「はい。お願いします。」

私が肯くと、お姉さんは金吾に千円札を渡した。


「金吾、これでハーゲン買ってきて。洗い物が終わるまで、ゆっくり!とね。」

「・・・ゆっくりね、わかったよ。」


私が食器を洗って、お姉さんが拭いて食器棚に片付けていった。


「金吾と仲良くしてくれてありがとう。」

「私の方が、いつも助けてもらっていますから。」


「ホントかな~?あいつ、迷惑かけていない?

悠里ちゃんは凄く可愛くて、凄く料理が上手で、ほんと、金吾にはもったいないよ。」


「そんな、大げさですよ。

本当に私の方が金吾くんに、ずっと助けてもらっているんですよ。」


「聞いていると思うけど、金吾ってアイツにフラれて、

すっごく傷ついていたんだ。

私がいくら励ましても、中々、立ち直らなかったんだよ。

それがさ、ゴールデンウィークだったか、

ある女の子を変なジジイから助けてからさ、ぐっと立ち直ったんだよ。」

お姉さんの暖かい目がジッと私を見つめていた。


「それからも、貴女たちがずっと仲良くしてくれたから、

金吾のヤツ、高校生活をすっごく楽しんでいるよ。本当にありがとう。」

真正面からお礼を言われて照れ臭くなってしまった。


「私も金吾くんを助けていたんですね。よかった。」

そう胸の中がじわじわと温かくなって微笑んだら、

我が意を得たとばかりにお姉さんが力説してくれた。


「もちろんだよ!

父親に捨てられたときだって、

殴られて入院していた時だって、

誰かさんと会ったら急に元気になったんだよ。

一緒に住んでいる私の立場を考えろって話だよ。」


「うふふ。でも、いつもお姉が、お姉がって言っていますよ。

仲がいい姉弟で羨ましいです。」

「あっ、悠里ちゃんは一人っ子なの?」

・・・

★★★★★★★★★★★★★


三人でハーゲンを食べ終わると、金吾が自転車で送ってくれることになった。

見つかったら警察に叱られちゃうけど、後ろに載せてもらった。


「なあ、お姉とどんなこと話したの?」

自転車を快調にこぎながら、金吾が尋ねてきた。


「えっとね、金吾が、小1のとき、小学校に行きたくなくて駄々こねて泣いているのに、お姉さんが引きずって連れていったとか。」


「2、3日だけだよ?あるあるだよね?」

金吾の声が上ずっていた。


「あれ~、おかしいな~。1学期はずっと、って言ってたけど?

あと、流れるプールで浮き輪に掴まっていたハズの金吾が、少し目を離したら、

浮き輪から手を離してプールの底に沈んでいてビックリしたとか、

そんな話。」


「ひでえ!俺の黒歴史に脚光を与えやがって!」

金吾はわざとらしく憤慨していた。


「クスクス。でも、姉弟愛を感じたよ?」

「それ、弟側は愛を感じてないヤツ!」

「アハハ!」


★★★★★★★★★★★★★


私の家の近くに着くと、金吾は恐る恐る尋ねてきた。

「なあ、お母さんと仲よくできる?」


「うん。たぶん、お母さん、酔っぱらっていたんだ。

それに、金吾と会えてよっぽど嬉しかったんだね、

ウザさが10倍くらいになっていたよ。」


「アハハ!

まあ、許してあげてよ。じゃあ、お休み。」

「今日もありがとう、気を付けて帰ってね。」


互いに笑顔で手を小さく振りあった。

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