第32話 高2 ・ 8月④

熊谷 悠里


花火が終わると、雄太郎が嬉しそうに声をあげた。

「じゃあ、いよいよ肝試しだな。

俺たち、去年は途中で終わっちゃったからな~。」


男女ペアになって、1キロ先の神社まで歩くんだ。


カップルは決定ということで、

残りは私、晴子、金吾、直之の4人となった。


「去年と同じ組み合わせでいいんじゃないの?

松尾の代わりに直之が入るってことで。」

晴子がニヤニヤしながら私をチラッチラッと見ていた。


「それじゃあ、面白くないだろ?

スリルとサスペンス!

ココは恒例のくじ引きで、決めよう。

男同士、女同士もアリで!」


雄太郎がニヤニヤすると、私たち4人が大ブーイングした。


「じゃあ、カップルになったらいいじゃん!

ほら、マジで告白してみようぜ!」

その言葉に4人は萎れてしまい、結局、雄太郎が用意したくじ引きすることになってしまった。


そして、目の前に4本の糸が垂れていて、

なんとなく、雄太郎がこれを引けっていっているような・・・


そして、こういうことになった。

第一陣 須藤雄太郎、木岡ユイカ

第二陣 鮫島金吾 、熊谷悠里

第三陣 大堀直之、菅野晴子

第四陣 小笠原誠人、大塚純


「よし、行こうぜ、ユイカ。」

「うん!」

二人は当たり前のように手を繋ぎ、嬉しそうに暗闇に消えて行った。


10分後、私と金吾が出発だ。


今年も、懐中電灯は100円ショップで買った小さめのが一つだけ。

明るく照らされているのは足元だけで、やっぱり少し怖い・・・


「さあ、行こうか。」

でも、金吾が弾んだ声を出したので、私もノリノリの声をだした。

「行こう、行こう!」


真っ暗闇で、木々に囲まれた細い道を、

小さな懐中電灯の灯を頼りにゆっくりと歩きだした。


私の胸の鼓動が凄く速くなっていた。


金吾が殴られて救急車で運ばれた次の日、

私たち4人は夏休みの宿題を一緒にする予定だった。


朝の8時に、金吾が入院したから勉強会は中止してくれってラインが届いた。


金吾は大丈夫なの?

どうしよう、どうしたらいいの?

グルグルなんの役にも立たないことを考え続けていた。


だから、ユイカと雄太郎が手際よく問いただしてくれて、本当に助かった。


前の日の夜、3人の男に襲われている女の子を助けようとして、

大怪我をして、今は救急病院に入院してるって。

そして、このラインをお姉さんが打っていることが分かったんだ。


スマホもいじれないの?金吾!


金吾の入院している病院へ急いだ。


待ち合わせ場所に着くと、雄太郎とユイカが待ってくれていた。

「悠里!酷い顔だよ。ほら、落ち着いて。金吾は強いからきっと大丈夫だよ。」


「でも、でも、スマホも触れないんだよ!」

「何か事情があるんだよ。ほら、金吾にそんな顔見せちゃ嫌われちゃうよ。」

「ユイカ・・・」


「きっと大丈夫だよ。行こう。」

ユイカはそう言って、私と手を繋いでくれたので、少しだけ落ち着くことが出来た。


病院に着いたら先客がいた!

夜木さん!なんで?


ううん、それよりも、早く金吾に会いたい!

大丈夫って確認したい。


イライラしながら待っていたら、

夜木さんのお母さんが病室から泣きながら出てきた!


そんなに金吾のケガは酷いの?


金吾のお姉さんに呼ばれて病室の入るとき、お姉さんに囁かれた。

「姿は酷いけど、大丈夫だからね。」


お姉さんの目にはクマが浮かんでいて、涙の跡が残っていた。

いつもの凛々しさは影を潜め、心細そうだった。


ベッドに目をやると、もたれて座っている金吾の右の眼は眼帯に覆われ、

目から下の顔はミイラ男のように、包帯でグルグル巻きにされていた。


絶句してしまった3人に金吾は左手を少しだけあげた。

「わざわざ、ありがどう。」


「ほら、金吾。大きな声を出すな。

口の中も切っているから、しゃべると痛いんだよ。

みんな、ごめんな。」


お姉さんが金吾の傍に立って、その肩に手を置いた。

「後遺症とか、骨折とかはないみたい。

今日の夕方に、もう一度、脳の検査をして明日、退院する予定なんだ。

だけど、酷く蹴られてね、すごく腫れあがって、まだ熱が高いんだ。

さっき、解熱剤を飲んで少し熱が下がったから、面会に応じたんだけどね。」


「その、目も大丈夫なんですか?」

「目元とまぶたが腫れあがっているだけだって。大丈夫だよ。

ほんとにわざわざ、来てくれてありがとう。

金吾に怒られたよ。明日退院なのに、教えるなって。」


いつもと違ってお姉さんは金吾を優しく見つめていた。


「そんなことないです!」

思わず大きな声を出してしまった私をみんなが見つめていた。


「風邪だって聞いたら、確かに心配は少なかったでしょう。

だけど、やっぱり心配で、今日の予定は無くなっちゃったから、

お見舞いに行こうってなって結局分かったことです。

そうなったら、こんな大事なことをなんで教えてくれないのっていう

悲しみが大きいです。教えてくれて、ありがたいです。」


「ありがとう。」

金吾とお姉さん、二人とも涙目になっていて、肯いてくれた。


私は金吾のことが好きなんだ!

そうはっきりと自覚した。


金吾が退院して今日まで1週間、一度くらい会いたくって

連絡したんだけど、お姉さんが重度のブラコンだっていうことが判明した。


金吾が一歩でも外に出ることを許さなかったし、

まだ顔が腫れてブサイクだからって、訪問することも拒まれちゃったんだ。


今日も、もしかして来ないかもって思っていたから、

来てくれてすっごく嬉しくって、顔もちゃんと治っていてホントにホッとした。


ようやく、二人っきりで話が出来る。

「・・・お姉さんってブラコンだったんだね。」


「うへえ!う~ん、お母さんが亡くなっちゃって、

親しい親戚もいなくって、父親にアレされたからね。

俺も初めて知ってビックリしたよ。」

金吾はおどけて答えた。


「相手が3人もいたんでしょ?負けるとは思わなかったの?」

「あぁ~、警察にもすっごく叱られた。

今回、人助けしたはずなのに、お褒めの言葉なんてなくって、

ずっと叱られたよ。

ふ~。なんかね、助けるんだ!って決めて行ったら、

3人もいたっていうカンジ?

警察に通話しながら立ち向かってさ、

時間稼ぎしようって思ってたんだけど、瞬殺されちゃって。

もう、次の日も体中、めちゃくちゃ痛くって、反省しかないよ。」


「もう、危ないことしちゃ駄目だよ?」

「はい。」


バサバサッ!

「キャッ!」

頭の上を何かが飛んで行った。


「蝙蝠かな?やっぱり、怖いね。

あ~、怖い。怖い。

・・・怖いからさ、手を繋ごうよ。」

金吾のセリフが途中から棒読みになっていった。


真っ暗闇で顔色なんて分からないのに、

真っ赤になっている顔を金吾に向けられなかった。


そっと手を伸ばすと、私より少し大きい手とぎゅっと繋がった。


「なあ、さっきの話なんだけど・・・」

「さっきの話って?」

「うん。危ないことはしないって話。

今度からは大事な人を守るときだけにするよ。」


それって、大事な人って・・・その中に、誰が入っているの?

私も入っているのかな?


考えてこんでいたら、金吾がぼそっと呟いた。

「・・・悠里とか。」


顔から火が噴いた!

嬉しい!嬉しい!嬉しい!


だけど、もう、入院していた日の金吾、

顔中、包帯で巻かれていた金吾は見たくない。


「・・・ケガしちゃ駄目だよ。・・・でも、ありがと。」

二人とも恥ずかしくなって、言葉を失ってしまった。


しばらく歩くと、道が左カーブになって、

真っ暗闇の道が月光で照らされた。


立ち止まって、夜空を見上げると上弦の月が静かに輝いていた。

金吾も月を見上げながら呟いた。


「・・・月が綺麗ですね。」

これって!


「・・・うん。月が綺麗ですね。」

私はありったけの思いを込めながらも、精一杯、さりげなく伝えた。


嬉しくって恥ずかしくって、またまた黙り込んでしまった。


そうして歩いている内に、ゴールの神社が見えてきた。


「お~い!」

雄太郎の声が聞こえて、私はビクッと手を振りほどいてしまった。


「あっ!」

悲しそうな金吾の小さな声が聞こえた。


私も離すんじゃなかったって後悔したけれど、

今更繋ぎなおすことは出来なかった。


ユイカと雄太郎がゆっくりと近づいてきて、

私たちを見比べると、雄太郎が金吾の肩を抱いて、暗闇に消えて行った。


ユイカが私の肩を抱いて、金吾たちと反対方向へ歩き出した。


「で、どうだった?うん?

雄太郎が君たちのためにイカサマして二人にしてくれたんだよ。

感謝してね。で、どうだった?

キスされた?抱きしめられた?告白された?」


月が綺麗ですねって告白なのかな?

ほんの少し不安になる。


「痛いって!」

「このヘタレ!ウンコたれ!チキン野郎!」

向こうで、金吾の悲鳴があがって、雄太郎の罵声が響いた。


ごめんね。頑張ってくれたのにね!

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