第30話 高2 ・ 8月②

夜木 紗季


琢磨が殴られ逃げ出し、私は男3人に連れ去られようとしていた。

怖くて足が動かない私に男たちは罵声を浴びせ、脅かし、なだめすかしていた。


公園の出口が見えた時、ジャージ姿の若い男が立ちふさがって吠えた!

「その女の子を離せ!」


邪魔な若い男を蹴ろうとした男は逆に蹴られ倒された!

あっ!


「てんめえ~!」

それを見て、私を抱きかかえていた男2人がその若い男に襲い掛かった!


私は自由になったけど、逃げることはできなかった。

それどころか、怖くて、力が入らなくて、しゃがみこんでしまった。


若い男は一番大きい男を一発で殴り倒した!凄い、強い!

チラッと若い男の顔が見えた。


あっ!

金吾!

金吾なの?


金吾は2人を倒したものの、最後の一人に後ろから殴られ、

倒れたところをさらに蹴られまくり、動かなくなってしまった!


「金吾!金吾!金吾~!」

「うるせえ!」


男は金吾を気絶させてしまうと、気を失っている仲間の男たちを叩き起こした。


気を失っていた男たちは、目を覚ましたものの、ダメージが大きくて、

すぐには動けないようだった。


うめき声をあげ、頭を軽く振り、手や足を動かしながら、少しずつ、回復していく男たち。


なのに、私は怖くてしゃがみこんだままだった。


誰か、助けて!

琢磨!

・・・金吾!


遠くからサイレンの音が聞こえてきた!

パトカーだ!

しかも複数!


男たちは慌て始め、私を無理やり立ち上がらせて歩き始めた。


でも、その進行方向にパトカーが停車すると、

3人の男は私を放って蜘蛛の子を散らすように別々の方向へ逃げ出した!


パトカーから8人の警察官が飛び出してきて、

逃げ出した男たちを2人ずつ追いかけて行った。


一人だけ、小太りの優しそうなオジサン警察官がへたり込んだ私に駆け寄って来た。


「大丈夫か?君が被害者か?犯人はアイツらだな?」

コクコクと肯いた。


「そこの倒れている男は?」

「私を助けようとして、いっぱい殴られたんです。」


もう一人の警察官が金吾の様子を見ていた。

「この少年が110番通報したようです。

意識がもうろうとしているので、救急車呼びます!」


「了解。じゃあ、君、事情を簡単に教えてくれ。」

「こ、恋人と家に帰る途中、この公園を通っていたら、

向こうから現れた三人組の男に絡まれたんです。」


「あの倒れているのが恋人かな?」

「・・・違います。」

私の答えを聞いて、警察官はしまったって表情を消した。


「・・・三人の犯人は知っている人か?」

「三人とも知りません。」


「倒れている男は知っている?」

「幼なじみの鮫島金吾、板宿高校2年です。

同居の家族は桃子さんっていう大学生の姉がいます。」


「・・・君の恋人はどうしたの?」

答えられず黙り込んでいたら、向こうから騒がしい声が聞こえてきた。


「放せよ!俺はなんにもしてね~よ!」

「暴力を振るわれた!ポリが俺を殴りやがった~!」

金吾に倒された二人が逮捕されて戻って来た。

金吾を殴りまくった犯人には逃げられたらしい。


逮捕された二人がパトカーに押し込められた時、

ようやく救急車がやってきて、ストレッチャーに金吾が載せられた。

まだ、意識ははっきりとしていないようだ。


私は思い切って警察官に頼んでみた。

「あの、私、金吾に付き添うわけにはいきませんか?

金吾は幼なじみだし、金吾が来てくれなかったら、

私、どうなっていたか・・・」


「悪いけど、事情聴取を優先してほしい。

彼のお姉さんに連絡はついているから。

じゃあ、一緒に署へ来てくれるかな?」

「・・・はい。」


パトカーに向かって歩いていると、後ろから大きな声で呼ばれた。

「紗季!大丈夫か!」

「琢磨!」


琢磨が駆け寄ってきて、両肩を掴んで、心配そうに私を上から下まで確認していた。

「大丈夫か?ゴメンな。警察を呼ぶのに時間がかかって。」


琢磨も一緒にパトカーに乗って、警察署で事情聴取されることになった。


琢磨は駅前の交番まで走っていき、助けを求めたらしい。

それじゃあ、間に合うワケないよね。

やっぱり、金吾のおかげで助かったんだ・・・


長い事情聴取が終わって取調室を出たら、

両親が心配そうに駆け寄って来た。


「大丈夫?ケガはない?」

「大丈夫。それより、金吾がね、助けてくれたの!

でも、酷く殴られて救急車で運ばれちゃって・・・

だから、お見舞いに行きたいの!お礼を言いたいの!」


「えっ。金吾君が?どういうこと?なんで?

ああ、そんなことより、救急車って金吾くん、酷いケガなの?」

お母さんはすごく驚き、矢継ぎ早に質問を重ねた。


「偶然通りかかったのかな?

私を攫おうとした3人の男に立ち向かってくれたの。

警察も呼んでくれて、警察が来るまで頑張ってくれたの。

だけど、何度も殴られて、救急車で運ばれるときも朦朧としていたみたい。」


「ああ、無事かしら?どこの病院?どうしよう?」

お母さんは心配のあまり、見たことないくらい慌てふためいていた。


「こんな夜中じゃあ、面会はムリだよ。

どこに入院しているか警察に尋ねてみて、

朝、面会できる時間になったらみんなでお見舞いに、お礼を言いに行こう。」


「そうね。それしかないわね。」

お父さんの冷静な言葉で、お母さんは焦る気持ちを無理やり収めたようだった。


「でも、何があったかもう一度、説明して。」

「えっと、琢磨と帰る途中、公園を通り抜けようとしたら、3人の男に襲われたの。

琢磨が庇ってくれたんだけど、殴られて、助けを求めに行ったの。

それで、私を連れ去ろうとした所に、金吾が通りかかったみたいで・・・。

3人のうち、2人は倒したんだけど、最後の一人に後ろから殴られて。

そうこうしている内に、パトカーが到着して、犯人の1人には逃げられたけど、

2人を捕まえたの。」


「そう。金吾くんのお陰で助かったのね・・・」

お母さんは金吾のことが大好きで、

その金吾に助けられたと知ったら喜ぶかと思っていたのに、

苦い表情で黙り込んでしまった。


★★★★★★★★★★★★★


翌朝、面会時間の開始時間ぴったりに金吾の病室をノックした。

「・・・はい。」

桃ちゃんの、初めて聞く弱弱しい声が聞こえ、ドアを開かれた。


疲れ切った桃ちゃんが現れると、私たち3人は一斉に頭を下げた。

「紗季を助けてくれてありがとうございました。

金吾くんの具合はいかがでしょう?

大丈夫でしょうか?」


お母さんは相手が桃ちゃんだというのに、すごく丁寧に挨拶をした。

まるで赤の他人に対しているように。


「えっ、あれ?なんで?」

桃ちゃんは酷く驚き、私と目が合うと睨みつけて、

それから両親に一言断ってドアを静かに閉めた。


つい、聞き耳を立ててしまったら、ドア越しに話す声がかすかに聞こえた。

「金吾、夜木さん一家が来ているけど、助けた相手って紗季だったの?」

「ホンモノだったんだ!」

それからは小さな声になってよく聞こえなかった。


しばらくして、またドアが開いて、桃ちゃんが神妙な表情で現れた。

「まだ、金吾は少し熱があって、傷が痛むみたいです。

だからかもしれませんが、金吾は紗季さんとは話したくないそうです。

おじさんとおばさんならお会いしますと言ってますが・・・」


「嘘よ!だって私は金吾の大事な幼なじみなんだから!

通して!金吾に会わせて!」


思わず大きな声を上げた私を桃ちゃんは睨みつけてきた。

「うるさい!」


「・・・紗季、金吾くんの思いを尊重しよう。

まずはお母さんに任せよう。」

「でも!金吾は絶対、私にあんなこと言わないのに!」

「ここは病院だよ。まずはお母さんに任せよう。」

お父さんは優しく私の肩を抱いて、廊下にあるベンチへ促した。


なんで?

どうして?

恋人ではなくなったけど、私たちは大切な幼なじみじゃない!


向こうから急ぎ足の人たちが現れた。

1年のときのクラスメイトの熊谷悠里、木岡ユイカ、須藤雄太郎の三人で、

彼女らは私に気が付くと、みんな顔をしかめた。


三人は私から少し離れたところに立って、ソワソワしていた。


しばらくして、お母さんがはらはらと泣きながら病室から出てきた!

「お母さん!」


「ケガは外傷だけみたい。

今日、もう一度検査して、異常がなければ明日、退院するって。

・・・あとは、家に帰ってからね、ちゃんと全部、話すから。」


それって、金吾に会えないってこと?

この扉の向こうにいるのに!

幼なじみで、私を助けたくれた恩人なのに、

その人に直接、お礼も言えないの?

あり得ない!


「ねえ、金吾、お願い!

ここを開けて!

お願い!」


「ここは病院です!騒がないで!」

大きな声を出してしまったので、看護師さんに注意されてしまった。


ドアが開いて、桃ちゃんが顔をのぞかせた。

私をスルーして、同級生の3人に笑顔を見せた。


「陽太郎くん、悠里ちゃん、ユイカちゃん、お待たせ。

わざわざ、来てくれてありがとうね。」


桃ちゃんはこの三人のこと、知っているの?

なんで三人は金吾に会えるの?


「どうして・・・」

呟きが聞こえたらしい木岡が私を冷たく見据えた。

「ねえ、夜木さんに、金吾から入院したって連絡が来たの?」


「えっ?私は男に絡まれているところを金吾に助けてもらって、

そのせいで金吾が怪我して、それで・・・」


「うわぁ、マジ、それ?」

木岡はドン引きしてから、バカな子に言い聞かすように私に話しかけた。


「アタシたちには、金吾から、入院したって、連絡がきたんだけど、

夜木さんには来てないよね?

そういうことだと思うよ。」


「そんな・・・」

絶句した私の肩をお母さんが優しく抱いてくれた。


家に帰ると、お母さんはお茶で口を湿らせると、

表情を曇らせたまま話し出した。


「金吾くんが話したことを、結論から伝えるね。

紗季から直接のお礼は不要だって。

金吾くんはもう、紗季を友達でも、幼なじみとも思っていないわ。

去年、クラスがたまたま一緒だったけど、関係を持ちたくない人って思っている。」


「そんな・・・」

「入学式の日にフラれ、

新しい恋人や周りに誤解されたくないからただのクラスメイトになってって言われて、実際、同級生でいる間に話しかけられたのはたった一度、

「補修を受けたくないから、カレシと一緒に勉強教えて。」

ってこれだけなんですけど、これでも幼なじみなんですかね、友達なんですかねって。」

お母さんは涙をこぼし始めた。


「そんな!だって、恋人がいるのに、仲良くする訳にはいかないよ!

ましてや、同じクラスにいたんだよ!」


「そうね。

お母さんも、その元恋人と疎遠になりたいのなら、それが正解だと思うわ。

だけど、幼なじみの関係でいたいっていうなら間違っていたと思う。」


「そんな・・・」

私が詰まってしまうと、今度はお父さんが言葉を選びながら話し出した。


「紗季。僕は病院で同級生の男の子に少しだけ、話を聞いたんだ。

紗季にフラれた直後、金吾くんはどんなカンジだったのかって。」


「それは・・・」

「4月はずっと俯いていたって。

新しい友達は誰一人、出来なかったって。

中学の友達も近くにいなかったみたいで、ずっと独りぼっちだったって。」

お父さんの言葉に、お母さんは堪えきれず嗚咽しはじめた。


「・・・紗季、紗季はそんな金吾くんに気付いていなかったのかい?

フォローは出来なかったのかな?」


・・・そうだ。ずっと琢磨に夢中だった。

琢磨と一緒だから出来たミュージック・スターになるって夢に夢中だった。


時折、俯いている金吾が目に入ったけど、

琢磨に悪いからって全く近寄らなかったんだ。


そうだ。


ず~っと俯いていて、ボッチになった金吾を助けようとはしなかったんだ。


それなのに、勉強を、琢磨と一緒に教えてって頼んで・・・

私は、私は最低だ!


「あの子に金吾くんをよろしくねって何度も、何度も、お願いされたのに!

あの子の、最後の、最後の、お願いだったのに!

父親に捨てられた時にもなんにもできず!

あんなにケガしているのに連絡ももらえなくて!

あんな危ない状況を助けてもらったのに、お礼も直接、言えないなんて!

そのせいであんなケガしたのに、直接、お詫びすることも出来ないなんて!

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

号泣したお母さんの背中をお父さんが優しく撫でていた。


「そんな・・・

私、金吾に謝りたい!ごめんなさいって謝りたいの!

ねえ、お母さん、どうすればいい?」


涙をこぼしながら尋ねたが、お母さんは泣きながら頭を左右に振るだけだった。

「!!!

ねえ、お父さん、私、どうすれば・・・」


「父としてでなく、教師としてなら・・・

イジメの対応と同じになるね。

金吾くんが紗季に会うことを拒否しているのなら、

金吾くんの思いを優先することになる。

病室の前にいることを知っているのに、会うのを拒否したんだからね。

・・・紗季、金吾くんに近づくんじゃないよ。」


「そんな・・・もう、会えないの?」

絶望が襲い掛かって来た私にお父さんは憐憫の視線を向けた。


「・・・紗季から近づいてはいけないよ。」

振り返れば幼なじみがいると思い込んでいた。


愚かな私は幼なじみがいなくなったことに1年以上も気付かず、

そのうえ、自分が切り捨てたことにも気付いていなかった。


命の恩人にお礼すら言えないなんて!


ずっと近くにいてくれた幼なじみに謝るどころか、会うことも出来ないなんて!


そんなに金吾を傷つけていたのに自分で気付かないなんて!


私は、私は、最低だ!

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