第29話 高2 ・ 8月

夜木 紗季


夏休みに入って撮影した新しいミュージックビデオの出来は今一つだった。

三年の先輩が卒業して、バンドの実力が大幅に低下してしまったから。


去年の夏休み最初に撮影したミュージックビデオはプチバズって、

以降、4作を投稿したものの、じわじわとしか伸びていかない。


琢磨はきっと大丈夫さって励ましてくれるけど、

なにか凄いきっかけがないと難しいんじゃないかと思い始めていた。


21時ごろに打ち上げが終わって、家まで送り届けてくれる途中、

私は琢磨に少しだけ甘えたくなったので、

近くの公園に寄り道して、少しだけ抱き合っていた。


「暑い夜に、熱い二人がいるぜ~。」

「羨ましいな~。」

「おっ、めちゃくちゃ可愛いじゃね~か!」


慌てて琢磨と離れると、ガラの悪そうな男3人がニヤニヤしながら

近寄ってきていた。

「・・・行こうか。」

琢磨が私の手を掴んで、反対側へ歩き出した。


「待たんかい、ゴラッ!」

男の怒声につい、立ち止まってしまった。

逃げなきゃならなかったのに!


その間に、走って来た男3人に囲まれてしまった!


「おいおいおい、なんで逃げるんだよ?

俺たち、なんか悪いことしたか?してないよな?」


「ああ。なのに、逃げ出すって俺たちに対する侮辱だよな?」

難癖をつけられた琢磨はひどく震えていた。

「そ、そんなことないです。」

「あるんだよ!俺たちが傷ついたって言ってるんだ!」


私たちはどうなるの?

恐怖で動けないし、声も出なかった。

ただ、琢磨にぎゅっとしがみついていた。


大丈夫。

琢磨がきっとなんとかしてくれる。

大丈夫。


「す、すいません。」

「謝って済むもんじゃないんだよ。

じゃあ、どうすんだ?おら。おら。」

男の一人が琢磨の胸を何度も小突いていた。


「すいません。許してください。すいません。」

謝り続ける琢磨に三人の男のニヤニヤ笑いが大きくなっていった。


「おい、スマホだせ!」

「えっ、はい・・・」

男に脅かされ、琢磨はブルブル震える手でスマホを差し出した。


男は琢磨のスマホをひったくると自分のポケットにねじ込んだ。

「あっ。返して・・・」


琢磨の言葉が終わらないうちに、いきなり男が琢磨を殴りつけた!

「ぐわっ。」

殴られた琢磨はうめき声をあげて、しゃがみこんでしまった。


「おいおいおい、軽く撫でただけだぜ~。」

「おら、立ち上がれよ。おら。」


男二人が無理やり、琢磨を立ち上がらせると、

正面の男がドスの効いた声を出した。

「失せろ。」


「えっ?」

「失せろって言ってんだ、ボケ~!」

「ひいっ!」

琢磨は悲鳴を上げて転げるように逃げ出した。


私を置き去りにして。


琢磨!

なんで!


動けない私を三人の男が厭らしい笑みを浮かべながら取り囲んだ。


「ひひひ。お姉ちゃん、あんな酷いカレシ放っておいて、

俺たちと楽しもうぜ!」


「そうそう。あんなフニャチン早漏野郎なんかより、

俺たちの方がずっと固いし、デカいし、長持ちするぜ!なあ?」


「ああ。だから、一晩中、楽しもうぜ!最高に気持ちよくしてやるぜ~。」


「いや・・・」

「さあ、行こうか!」


男二人がニヤニヤしながら、固まっている私を左右から抱え込み、

無理やり公園の外へと進ませた。


助けを求めたいのに怖くて声が出ない!


誰か!

助けて!


中々動かない私に業を煮やした男が怒声を上げた。

「ゴラ~。優しくしたからって、調子に乗るんじゃね~ぞ!

さっさと動け、ゴラ!」


「おう、ここで、ヤリまくってもいいんだぜ!」

「ひいっ!」


誰か!

助けて!


琢磨!

どうして、一人で逃げちゃったの!


★★★★★★★★★★★★★


鮫島 金吾


日課のランニングをスタートした。


家の近くの公園の傍に黒い、大きなワンボックスカーが駐車していて、

その窓には全て黒いシートが張られていてすっごく怪しい。


すると、公園の中から、男が女を脅かしている声が聞こえた。


誤報で怒られることを覚悟して警察に通報した。

「事件です。長田区の第3公園で、女の子がさらわれようとしています。」


それだけ告げると、話中のまま、スマホをポケットにねじ込み、

声の方へ向かうとガラの悪い男3人がいて、

罵声を浴びせながら女の子を引きずって歩いていた。


ヤバい、3人もいる!

それに、暴力に慣れているカンジだ。


うん?俯いていてよく見えないけど、女の子は紗季に似ている?

お母さんの言葉が蘇ってきた。

「紗季ちゃんが困っていたら、助けてあげてね。」


俺は勇気を奮い起こして、腹の底から声を出した。

「その女の子を離せ!」


女の子に夢中だったようで、男どもはようやく俺に気づいた。

「ああん?なんだ、お前?」

「失せろ!俺たちは忙しいんだよ!」

「おら、痛い目に合いたいのか?おおん?」

女の子をかどわかすことを優先しているようだった。


警察が来るまで時間を稼がないと・・・

あと、警察にヤバいってことが伝わらないと・・・


もう一度、大声で叫んだ。

「男3人で女の子を誘拐するのか?その女の子を離せ!」


「うるせえ!」

怒鳴った真ん中の男が両腕を振り、威嚇しながら近づいてきた。

暴力に慣れている感が凄い。

体をほんの少し揺らして、待ち受けた。


「死にたいらしいな・・・死ね!」

男は意表をついて、ハイキックを放ってきたが、

予備動作で見え見えだったので、左腕できっちりとガードした。


「なにぃ!」

驚いた男のふくらはぎに右のローキックを叩き込んだ。


「があぁ!」

会心の一撃の余りの痛みにしゃがみこんだ男のこめかみに、

また右キックをぶちかますと、男ははじけ飛んで、ぶっ倒れた。


「この野郎!」

女の子を放り出して、男二人が左右から襲い掛かってきた!

ヤバい!


俺は慌てて逃げ出した。


よしっ、俺について来い!


だけど、男どもはたったの5秒ほどで走るのを止めてしまった。


根性なしどもめ!

もっと時間かせぎしたかってけど、しょうがない。


息を整えて、もう一度、ゆっくりと、ゆっくりと接近していくと、

男どももゆっくりと近づいてきた!


右側のデカい奴が右ストレートを放ってきたが

踏み込んで鋭い左ストレートをカウンター気味にデカい奴の顎にぶち当てた。


よしっ!


デカい奴の頭がグランと揺れて、マリオネットのように崩れ落ちた。


ゴツン!

後ろから殴られた!


「ぐっ!」


倒れた俺は立ち上がろうとしたものの、追撃のキックを腹に食らって悶絶した。

「ぐううぅ。」

それから、色んなところを何度も何度も蹴られた。


「金吾!」

くそっ!

立ち上がるんだ!

くそっ・・・

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